呪われ皇子に口づけを ①
元4話「異形が迫りくる画廊へ」を2話目にまとめたため、元5話を4話に繰り上げました。
次の5話目に空きができたので、同じシーンのドュレイグ側の視点を追加しました。
(2026/10/12)
成人した第一皇子へ独り身令嬢が贈り物を捧げる期間が、半年ほど前に始まった。
少しでも後回しにしようと順番を譲り合う令嬢たちに混ざり、彼の成人を祝う夜会をアリアは迷わず欠席した。
辺境の領地が帝都から遠い事、ちょうど視察と重なる繁忙期であった事など、贈り物を先延ばしにする言い訳には事欠かない。
領地経営は兄や両親の領域なので、視察と言っても彼女が確認するのは、アリア本人が発案した趣味と実益を兼ねた場所。領地の観察や住民の意見を吸い上げるのは、あくまでついで。
それでも気づけば、思った以上の時間が過ぎていた。
数分で済む用事のためだけに、帝族を辺境のド田舎に呼びつけるわけにはいかない。国外追放もごめんこうむりたいアリアは遅ればせながら、はるばる帝城を訪れた。
面会時間になると、平民にしか見えない格好の彼女は謁見の間に通された。
正面の高座の一番上では皇帝陛下がどっしり構えている。
その足元には首と背筋を伸ばした第一皇子が。同じ高さの床に立っていても、見上げるほど大きい。
彼らを中心に、向かって左側には年若い帝族が、右側には年齢層や性別はバラバラながら、一目でただ者ではないとわかる人々が並んでいる。
城で役職を担っている貴族まで勢ぞろいしていることはアリアを驚かせ、こんなにも多くの人を待たせていたのかと後ろめたさを感じた。
「エルムガルド辺境伯家の長女アリアが、遅ればせながら、第一皇子殿下にご成人のお祝いを申し上げます」
庶民姿のアリアは貴族としてそこそこ及第点の挨拶をした。
深紅のマントが映える、一見するとどす黒い血管が這っているような、黒い鱗の爬虫類系皇子に向けて。
「ありがとう。ドュレイグだ」
すべてを呑込みそうな大きな口がわずかに開き、何対もの鋭い牙が覗く。
低い声は少し渋みを感じさせるくらいにしゃがれており、ぶっきらぼうな喋り方。
先ほど眺めていた肖像画の子竜が成長した姿と声に感激したアリアは目を細める。
もっと大きく口を開いて鋭い歯先まで見せくれたら、尚うれしかっただろう。
「はい、……ドュ レイ グ、殿下」
名乗ってくれた帝族には返事をしなければと、アリアはことさらゆっくりと、発音を間違えないように皇子の名前を呼ぶ。
「発音しにくいだろう。デュレイグ、ジュレーグ、ドレイク、好きによんでくれ」
たしかに、持って生まれた異形にちなむ皇子たちの名前は、呼びづらいものが多い。
たとえ国中の令嬢がその言葉に甘えても、『名前に変なこだわりがある帝国だな』と感じているアリアは別だ。
何かしら意味があるかもしれないのだから、名前はきちんと呼ぶべきだ。
例え、ウの母音で終わる男児名は帝族か彼らに縁ある者にしか許されないなど、不思議なルールが結構あってもだ。とはいえ怒らせたらヤバイ相手の察知には、猫に付けた鈴並みには役に立つ。
名前の長さにもこだわる帝国では、なぜか女性貴族の名前はどれほど長くとも問題ない。
ただし平民は性別に関係なく、二音か三音の名を持つ決まりだ。普通の男性貴族の名前はそれよりも長く、高位貴族と帝族の名前はさらに長い。
彼らの名前も現代では短くなってきているが、それでも皇子には五音以上の名が授けられるのが常だ。
第一皇子の場合は小さな『ュ』を効かせることで一音稼いでいる体だ。
「いや稼げてないって」とツッコむのも、そこらの貴族と同程度に短くするのも、皇子の名前を噛むのも、ただの辺境貴族の娘には憚られる。
もしまた絶対に呼ぶべき時が来ても正しい発音でがんばろうと、アリアは一度目をつむって気を引き締めた。
「お心遣い、感謝いたします」
「褒美には何を?」
「ご兄弟皆様への成人祝いを本日、お先にお渡しする無礼をお許しいただきたいです」
なんてことない口調で頭を下げると、辺りはしんと静まり返った。
好都合にも全ての皇子たちが揃っている。
呼び出してもらう手間が省けたアリアは喜々として請うたのだが、静けさが耳に刺さる。
そのまま誰にも是とも諾とも言われず、困ってしまう。
――おっとぉ、成人祝いを早めに贈るのって許されないの?
あ、もしかして他の王族への無礼を許すのは第一皇子だけでは足りない? でも芋づる式に許可をねだれば大丈夫なはず。
え、それとも何が何でも帝族と縁続きになりたい節操無しな人間だとか、成長しようがしまいが好意なんて抱かないとの無礼宣言と誤解されちゃったとか?
うーん、もしかして流れ作業で済ませたいと思われたのだろうか。
いいご褒美だと思ったのに……今日でなくば、首が飛んでいたかも――。
百面相に忙しいアリアの頭には、ぐるぐると様々な考えが浮かんでは消える。
皇子が成人するたびに帝都へ呼び出されるのは手間だ。しかも個人持ちの費用がそこそこかかる。それを贈り物への褒美で補えばいいのだろうが、気が引けてしまう。
元手タダの誕生日祝いへ見返りを与えるとは、さすが呪われても世界の覇者、太っ腹。
手ぶらで来て馬車いっぱいの金銀宝石と帰る令嬢も多いと聞く。
要求される褒美が気に入らなければ皇子が贈り物を断って円満解決だ。無礼を承知であえて無理難題を言い、口づけを回避する令嬢もいる。
たかが小娘との粘膜接触。
庶民の生活費数カ月分の価値もない。
将来的に浮く費用の一部を親からもらうくらいが罪悪感がなく、丁度いい。
全皇子の異形を至近距離で観察させてもらえるなら役得だ。
そもそも呪いが解ける解けないに年齢は関係ない。
皇帝一家としてはアリアの申し出は願ったり叶ったり。将来を見据えた荒療治だと皇子たちが年上女との接触を我慢してくれれば、誰一人呪いが解けずとも損はない。
そのはずなのに――と、時間がたつほどにアリアはしょんぼりしていく。
幼い皇子たちに食指が動く変態だと、みんなに思われているのかもしれない。泣ける。
異形への接吻に嫌悪感がないアリアには前世の記憶がある。残念ながら無双するほどの何かはない。
某おとぎ話に憧れ、その辺にいた蛙にキスしてサルモネラ菌に病院送りにされた。ことあるごとにその黒歴史で親戚と近所一同に辱められた悲しい前世だ。
完全に自業自得。
だが、幼女のしたことなのだからそっとしておいてくれれば開き直ったりせず、『生きとし生けるものへはキスで挨拶』と有言実行する変人奇天烈人生は送らなかった……はず。
既に雑菌まみれの野生の両生類を筆頭に、人外へ口付けしまくった。呪いまみれの血統書付き異形人への口づけなんて、二番煎じでややリアクションに困る程度。
むしろ、彼女の彼らに対する好感度は高い。
闇落ちドラゴンのような、おどろおどろしくもカッコイイ姿の第一皇子を筆頭に、他の皇子たちもなかなか個性的で興味深い。
彼らの姿に好意的な感想を持っている。
義務であれば、触れるための大義名分は完璧。意思の疎通ができる皇子相手に返り討ちにあう危険もない。
アリアにとっては異形がどんな感触か確かめるまたとない機会。
好奇心を燃料にしたおさわり妄想は、彼女の瞳を輝かせて頬を薄桃色に染める。
生気を取り戻したアリアが顎を上げると、目が合ったドラゴンがたじろいだかのようにわずかにビクっとした。
「あの、皇子さまそれぞれに次の方への口づけ機会をいただきますので、金銭的負担になる褒賞は心配なさらないでください」
「………………………わかった。――お前たちも異論はないな?」
長兄が問うた先にアリアは鼻を向ける。
早めの成人祝いを受け取るか断る権利を得たと理解しているのかしていないのか、四番目までの皇子たち三人は顔を見合わせていた。
末っ子皇子が水浴び中の浅い金魚鉢から水が跳ねる。その台の足元に隠れようとしている溶けかけの第五皇子は落ち着きがなく、キョロキョロと周りを警戒するのに忙しい。
立ち合い人たちは少しざわついたが、誰からも静止の声は出なかった。
許しを得たアリアはなるべく楚々とした動作で第一皇子に近づく。
「まず、拭かせていただきます」
きりっとした顔で、手にはポシェットから取り出した木綿のハンカチ。
「何を……」
唐突に自身の唇を拭うアリアに、呆気にとられた声が降る。
お互いのためなのだ。菌は怖い。異物混入も怖い。
億が一にも、口づけで計画的暗殺容疑をかけられたらたまったものではない。
きちんと綺麗にしましたアピールを済ませると、今度は辺境伯家一お高いシルクの布を取り出す。
「予期せずお腹が痛くなったりしたら大変ですからね。殿下にもよろしいですか?」
面食らった顔のドラゴンは、わずかな間をおいて首を縦に振り、右の前足を差し出す。
ありがたいエスコートだとアリアはその甲に左手を載せ、玉座へと続く階段を一段上がった。
それでも目当ての顔は頭数個分高い場所の空気を吸って吐いている。
アリアが首筋を垂れる鬣を軽く撫でると、小さな手を追いかけるようにドラゴンは長い首を下げた。
遠目では真っ黒な竜の鱗は、近くで見ると黒蝶貝のごとき神秘的な銀白色の光沢を帯びている。爬虫類の鱗よりも断然硬い。
顎にそっと指を添え、厳めしい顔の角度を調節する振りをしたアリアは――優しく、けれど確実に口回りを拭う。
まるで置物になったようなドュレイグの協力的な姿勢には感謝だ。
主役の口元が汚れているとは思ってもいないが、お互い様を装うアリアの目論見通り、唯一無二の生物にたくさん触れた。
しっとりとした鱗の感触に酔い、調子にのって余計に触ってしまう。世が世ならセクハラ案件である。
されるがままのドラゴンを前に満足げにほほ笑むと、アリアが躊躇うことはなかった。
「改めて、成人、おめでとうございました」
彼女の唇が第一皇子のそれにあっさりと触れた、その瞬間、カッ――と眩い光が彼女を飲み込んだ――。
ここまで読んでいただき、またブクマや評価も、ありがとうございます!
ドュレイグ……自分ではドラゴンにちなんだ名前で気に入ってたんですが、「言い辛っ!」と突っ込まれそうなことに気づいた時には、最終話も書き終えており、もう後の祭り状態……。
どうりで、側近たちも敬称でしか呼んでなかった。
読みにくいかもしれませんが、本人の言う通り、読み手様の頭に浮かんだ発音のまま好きに読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします!




