出逢って数か月、アリアや皇子たちのことを思い出そう ①
「――以上、現場からお伝えしました~」
ごめーーーーーん!!!
画面上で手を振った元アナウンサーに、アリアは力の限り心の中で謝った。
マトの取材動画はつまらなかったわけではない。
けれど、アリアの意識を未成年の皇子たちから完全に引き離す事はついぞできなかった。
延々と流れていた魔人の長すぎる本名がお経のように眠気を誘ったのか、下の皇子二人は鑑賞途中に寝落ちしている。
起こすべきではないとわかっているのに、アリアの指や口の挙動不審な動きが止まらない。
親指をくわえて眠る金髪の末っ子皇子は、サファイア色の球体の兄を枕に天使の寝顔だ。
完璧にシンクロした寝息に、たまに現れる青い鼻ちょうちんがアクセントを利かせ、見る者を飽きさせない。
彼らの動画を登録すれば、確実にランキング上位を狙える。
「あぁっ、グラウ様がスレィアム様をにぎった時に出た鼻ちょうちん、絶対ハートだったぁ」
鼻ちょうちんと言いつつ、顔のパーツが隠れてしまっている今、スレィアムの鼻がどこにあるのか定かではない。
プルプルのスライムボディの一か所が膨らんで現れる、まん丸だったりヘンテコな形だったりするものの正体や原理は謎だ。
――ダメ。絶対に駄目よ。つつくだけで終わる自信がない。
触って摘まみ揉んでみたくなる衝動に、アリアはずっと歯を食いしばって耐えていた。
グラウクスのふくふくな桃色のほっぺも、触ってくれないのかと催促するように時々あむあむと動く。
ツンツンしたくなっても我慢だ!
気合を入れ直したとて、またも右手の人差し指は引き寄せられる。
理性が勝っている時のアリアは自分の左手で自分の指を折った。
己の甘さゆえに誘惑に負けそうになった時は、膝に陣取るクッション代わりの皇子が脚を伸ばして止めてくれた。
どっちにしろ痛くないのに、涙が出そうだ。
「ダンジョンに挑む新人冒険者たちを取材したんじゃなかったの?」
クレームをつけたそうな口ぶりなのは、ずんぐりむっくりコロンとしたクモ皇子、アラ二アークだ。
短くも毛ざわりが最高な彼のおかげで、動画鑑賞中のアリアの両手と膝は寂しくなかった。
アリアは脚をひっこめたアラ二アークをコロコロ撫でつつ、返事代わりにメモを読む。
「タイトルは『ダンジョン初挑戦の新人冒険者たちがコリドラに見守られながら長名な双子魔人から一発で愛称呼びを許してもらった方法』です」
動画の中身がわかる長いタイトルを聞き納得したのか、ひっくり返った格好の三毛色の毛玉は文句を言わなかった。
そのままカーペットの上に下ろすと、フサフサのクモのお腹に双子の片割れがすかさず顎をのせた。
「ダンジョン、夢がない……」
モフモフ皇子は眉間にしわをよせ、乾いた鼻息とともに残念な感想を吐き出した。
簡単に心を許さないフェナリスだが、強き者には従順だ。冒険者への憧れもあったのだろう。
グレーよりのロシアンホワイトの毛並みも元気がなく見える。
許可なく撫でてしまいそうな己の左手をアリアは右手で押さえ込む。
「急がば回れ。夢を掴むために、夢がない下準備が必要なんですよ」
「俺なら最初から野良ダンジョンに行く」
高を括るオオカミは鼻を鳴らした。
彼の将来のため、心を鬼にしたアリアはこれも教育と、なぜダンジョンマスターが雇われているのか思い出させる。
古代魔生物を討伐したと聞いたフェナリスはアリアへ尊敬の眼差しを向けた。
一度上がった好感度は、呼び出したアナウンサーと赤コリに任せただけだと知られ、だだ下がりした。
もはやマイナス評価を恐れることはない。
「不在の時もある野良ボスは代替わりも頻繁です。情報通りの相手でも、トドメを待ってくれません。緊急離脱用転移陣球や起死回生の一撃を使う隙をくれたり、すんでのところでお助けキャラが助けに来たりしないですよ?」
床を撫でるモフモフの尻尾に元気がない。その持ち主はシビアな現実に譲歩した。
「……兄上について来てもらう」
アリアは弟の顎に使われ抜け出せないでいるアラ二アークへ向けた視線を、武闘派というより頭脳派のウィルシェルへ移す。
「ディー様が来たら野生のダンジョンボスは蒸発しますよ?」
「……ケイリィに頼む」
余計なことを教えそうで心配だが、頼れるパーティメンバーにはなるだろう。
「残りのメンバーに常識人とツッコミ役を加えてくださいね」
メンバーを揃えたからといって、冒険を甘くみてはいけない。
野良ダンジョンに潜ったからと、なんらかの成果が出ると思うのは甘い考えだ。
「あと売店も特産品の補充もないですよ。採集物は運次第、自分より前に入った冒険者の落とし物や遺留品を漁ることになります。拾った品は自分の物にする前に持ち主の生死確認が必要ですし、場合によっては謝礼ももらえません。ほぼ無駄骨で……あ、人骨は見つけても無駄じゃないです。状態の良い一部だけでも、なるべく遺族のために持ち帰ってあげましょう」
フェナリスの両耳が力を失い、ぺたんと垂れた。
「野良ダンジョン、夢がない……」
「なので、やはり犬じ……」
繊細な一面を持つオオカミが片方の瞼を吊り上げるのと同時に、アリアは言葉を選びなおす。
「……徒労に終わらない準備と、探索中にケンカにならないパーティメンバーが大事です」
仰向けのクモが伸ばした脚でオオカミの頭を抱き込む。
「お兄様が在宅荷物持ちをやってやろう。それとも寂しいからダンジョンについて来てほしいか? ん? んん?」
珍しく牙を剥いて反論しない弟をアラ二アークは何度かつつく。
――なんって……うらやましい。
お互いを堪能しているようにしか見えない双子の両方に、アリアは嫉妬した。
「………………城から必要物資を転送してくれたらいい」
「双子皇子が双子魔人のダンジョンに挑む……おもしろいかも。私、アモンとマモン、どっちも愛称呼びできる間柄なので、その気になったら一緒に行きましょう」
「魔人母は?」
アラ二アークは意外と好奇心旺盛だ。
「オカンも呼べますけど、中ボスなので、シフトに入ってないラスボスには挑戦できませんよ?」
ラスボスが勤務中でも、息子たちを護る鉄壁の魔人母を突破できたらの話だ。
「魔人母が一番忙しそうだよねぇ」
「女手一つで双子を育て、他人の子も我が子同然と、いつでもダンジョン内外を最高の状態に整える彼女、尊敬します」
「リポーターの女性もエルムガルド嬢の友人なんですよね?」
ポンチョに似た服を頭から被った思慮深い第二皇子がリピート再生されていた映像を止める。
こげ茶色の甲虫や甲殻類を思わせる肌はつるりと硬い。
「はい、古代魔生物討伐の謝礼金で取材チームを立ち上げました。この動画が審査に通れば、『動画を飛ばそう』のサービスに初登録する予定です」
「編集でどれだけ変わったのでしょう? 元の素材をいじりすぎると審査に通りにくくなりますよね」
「放送事故になりそうな部分を抜いただけで、今日のように早送りは視聴者に任せると聞いてます」
「短すぎても中身がなさそうと思われるかもしれませんが、新人さんの長い動画は需要があるんでしょうか?」
ウィルシェルが顎先と唇下のくぼみに指を当てる。純粋に動画配信サービスの現状が気になっている様子だ。
彼はアリアより数歳年下の同年代だが非常に博識である。
「私はコリドラたちが無邪気にじゃれ合っているだけで、視聴者の心を鷲づかみできると思っているのですが……」
アリアの親ばか発言に皇子たち三人は口を開きかけたが、視線での会話で事足りたのか、そろって口を閉じた。
コリドラの魅力が浸透していないのかと、アリアは世間との認識のズレが心配になる。
「彼女も手探り状態みたいです。収録前は『動物・ペット』カテゴリー一択の予定だったのに、愛称を許可されたので『やってみたらできた・ハウツー』ジャンルなどと迷いだしたとか。ターゲットとする視聴者層の選定と、彼らに気づいてもらうのに最適な登録日時をリサーチするのに忙しいみたいです」
「新着動画としてアップされても、タイミングが悪ければ、後から追加された作品に押し流される……。視聴者の目に止まらない限り、どんなに内容が面白くても人気は出ません。供給者が少なくとも、限られた視聴者を奪い合う形ですから、そもそも競争が激しい……」
専用の魔道具を持っていれば、動画を転送してもらい視聴できる。
ただ、個人が一日に視聴可能な時間は厳密に決められている上、魔道具は高価だ。
文明の利器で生活が豊かになるのは願ったり叶ったりだが、便利すぎても新しい問題が生まれるのは地球の例でも明らか。
少し不便で文句が出るくらいが、落としどころとしてちょうどいいのかもしれない。
「投稿されたら、僕たちも匿名でお気に入り登録してみましょうか。呼び水になるかどうかは動画の出来次第なので本人が頑張るしかありませんが、少なくとも製作者のモチベーション維持は期待できますよね」
「ありがとうございます、彼女も喜びます」
夢を追いかける国民を応援する姿勢に感激したアリアが、ダークブラウンの手を握った。
甲に添えていた方の手で、硬い肌を軽く叩いたり擦ったり、どさくさに紛れてエイリアンにも似た外殻の感触を確かめる。
不意を突かれ動揺する第二皇子の口から音がいくつか出れど、意味のある単語にはならなかった。
――拭いた布が摩耗すると聞いたけど、前世の鮫みたい。撫でる方向によって、なめらか肌かやすり肌か変わる感じね。
「頑張っているからと、ただ甘やかすわけではない。まさにウィル様は仏ですね」
アリアが手を離そうと思っていた矢先、黒い塊がオレンジがかった茶髪の男を従えて現れた。
凶悪犯でも腰を抜かすか、おとなしく首を差し出すと言われる黒竜はカッと目を見開き、ずかずかと割り込む。
無言でアリアとウィルシェルのつなぎ目にポスンと顎を置いた。
――サイズは大きくても、顎のせドラゴンの上目づかい可愛すぎる!
アリアの細めた目尻は下がり、唇の端は上がる。
手をほどき、鬣や顎下を撫でた。
「ディー様もかまってほしいんですよね~」
弟に。
第一王子は弟皇子たちにちょっかいを出す相手に嫉妬心を覚えがちだと思う。
目に見える愛情表現が乏しくとも、弟たちに尊敬され愛されているというのに。
長兄の矜持か、素直になれないのだろう。
堂々として凛々しい竜なのに、不器用なひねくれ具合が愛くるしい。
アリアの胸が締め付けと高鳴りを併発する。
自身を餌に差し出すことはあれど、力づくで邪魔者をどうにかしようとしたことはない。
もし握っていた手が勢いよく割られていたら、アリアの手のひらは皮膚が削れていたかもしれない。
今回も安全を考慮してくれたとわかる。
しかし、得意げな笑みを浮かべ、弟にも褒めてもらおうとするのは大人げないと感じる。
赤の他人の新参者が、呪いを分かち合う家族の絆に勝つのは難しい。
ウィルシェルから距離をとらせようというのか、竜は頭をぐりぐりと押し付けてくる。
アリアは嬉々として迎え討ち、鬣をわしゃわしゃの刑に処す。
ここまで読んでいただき、またブクマや評価もしてくださり、ありがとうございます!
すでに読んでくださった読者のみなさま、申し訳ありません。
1~9話目を割と修正しました。
大きな違いは5話目が、キス(成人祝い)を受け取る際のドュレイグ視点の話になったことです。(2026/10/12)
https://ncode.syosetu.com/n8884mr/5/
また恋愛要素が薄すぎて、恋愛ジャンルでいいのか心配になりまして……
第1話の頭に「こんな関係になります」と予告みたいな、仲睦まじく暮らす未来の一部シーンを足しました。(2026/10/2)
https://ncode.syosetu.com/n8884mr/1/
どちらも読まないと困る追加情報はないです。
もし興味があれば、チラ見してくださるとうれしいです。よろしくお願いします!




