ダンジョンに入ろう ③ ~~ダンジョン初挑戦の新人冒険者たちがコリドラに見守られながら長名な双子魔人から一発で愛称呼びを許してもらった方法~~
「OO君、あ~そ~ぼ。――僕、OO君の隣の席の◇◇です。お邪魔します」
誰にどんな要件があるのか伝えて、自己紹介と挨拶をした後、家に入れてもらう。
練習すれば、テストが零点の子供でもできることだ。
ダンジョン挑戦権をもらう際にボス役の魔人のフルネームを言うのは、腕試しにきた冒険者にとっては当たり前。
数時間にも及ぶ挨拶中の新人たちをよそに、隣の建物から聞こえた「ごはんよ~」の声へ一番に反応したのは赤コリのシュカだった。
『もきゅぅん?』
「今日の晩飯はスパイスたっぷり溶岩ライスだな」
ダンジョン管理バイトの一人、アモン。
双子のマモンだけが指名を受けている最中なので、このまま赤コリを連れて夕飯を食べに行っても業務違反にならない。
「……本物の溶岩は俺たちだって食わねえぞ」
『もきゅ⁉』
がっかりしたシュカはヒレというヒレを畳んで、肉付きの良い煮干しになった。
「コトコト煮込んだ野菜とホロホロ崩れる魔獣肉の旨味が染み込んだスープは、魔香辛料のハーモニーの中でピリッと辛味を効かせる、あっつあつの餡となった。高魔力で一気に炊き上げ、絶妙な火加減で蒸らした、一粒一粒がふっくら艶っとしたモチモチ白米にかければ、その頂上で輝くマグマのごとき真っ赤に染まったポリポリ食感の甘辛酸っぱいふぐっ……」
赤コリの食欲を刺激し続けていたアモンの頬に、すりこぎ棒が押し付けられた。
「やめて。腹へった……」
手荒なマモンに代弁されたシュカはヒレだけでなく目と口も大きく開き、涎と震えが止まらなくなっている。
ぼやいたマモンにアモンがすかさず世話を焼く。
「人数分持ってきてやるって。――ほれ、取ってこい」
アモンが火の玉を適当に投げ捨てると、目を爛々とさせた赤コリは華麗な空中キャッチを決める。
そのまま飲みこめば、両方のエラから紫の炎が一瞬だけ吹き出す。
おやつを食べたところで、シュカの胃袋は待ってくれない。むしろお口直しを済ませ、溶岩ライスを吸い飲む準備が整った。
「昼飯の弁当箱も持って帰っといて」
「ほいほい」
二人分にしては多い容器たちのせいで両手が塞がったアモンは何も考えずに、足でドアを蹴り開けた。
一番左端に並んでいた右利きの剣士に扉がぶち当たる。
正しくは、彼の利き手と反対側の腰に装備していたアイテムポーチに、外側に向かって勢いよく開いたドアがクリティカルヒットした。
「あ、わりぃ」
アモンが詫びを言い終える前に剣士の姿が消えた――と思った瞬間、彼は間髪入れずに現れる。
救護テント脇のデッキチェアに寝転び、仲間の挑戦を見守っていた少女に平伏する格好で。
「お、俺のおつかい報酬、十五年ぶーーーん……」
剣士の魂からの叫びが響く。
未成年者に許されたローリスクの仕事でコツコツと金を貯めた彼は、危険な仕事につく者の生死を分ける緊急離脱用転移陣球を中古で買った。
ミニチュアが攻撃に耐えきれずに割れれば、中から出てきて自動発動する転移陣のおかげで勝手に戦線離脱できる。時に意識不明の冒険者をも救う高額アイテム。
「ちょっとぉ、なんで回復魔法使えない私のとこに転移してくるわけ? あっ、誕生日にくれたこのパールペンダントに出口を仕込んでたのね。もぉ、病院に設定しなさいよ、ばか」
「俺……死ぬならお前の顔みてからか、お前の腕の中がいいもん……」
「はぁ? なによそれっ」
素っ気ない態度のわりにまんざらでもないのか、少女の頬は、にやけかけている。
「甘酸っぱいようでいて、血みどろだったりトイレ休憩中だったりしたらなんてはた迷惑な……あ、失礼しました。ここはカットで」
本音を漏らしてしまったマトは気持ちを切り替えるために一息ついた。
「――あちらで見守っております女性は、冒険者チームの在宅荷物持ち兼会計士さんです。確定申告と節税対策もばっちりな縁の下の力持ち。リーダーとは道を挟んで暮らす幼なじみだと聞いています。彼らの今後が気になりますね」
マトは裏方メンバーの情報も用意済みだった。
収録に登場する予定の無かった本人は手早く髪の毛や服を整える。
地べたに座り込んだままのリーダー剣士の肩が叩かれた。
「ちびの時から十五年分は痛いよなぁ。詫びだ、今度から俺の愛称で入っていいぜ。アモンだ。リコール球の買い直し目指して、好きなだけダンジョン潜りに来いよ。特産品担当のオカンにもしばらくは多めの製作量でがんばってもらうゎ」
『おっしゃー!!!』
大人の対応をしたアモンに、舌と喉を傷めていた脱落組が野太い歓声を上げた。
「リーダーの命に係わる犠牲があったとはいえ、初挑戦でダンジョン挑戦権どころか愛称を得た彼ら、かなり将来有望ではないでしょうか………………と、ハプニングに気をとられていましたが、まさかの事態が発生中かもしれません。急いで魔人名簿を確認いたします」
真剣な顔のマトは虫眼鏡ごしに一冊の本を覗き込む。
「エルムガルド辺境領、魔の森29丁目7の2、ダンジョン・レジデンス・ヒラヤの……アシュタロストさん家の双子……」
ハイリスクデータを載せた叡智の書には魔人たちの住所・氏名に加え、好感度アップや維持のためのお役立ち情報として誕生日や地雷ワード、家族構成や初恋相手、魔人によっては健康診断結果までも記載されている。
風評被害が出るくらいなら個魔人情報をさらしたほうがマシ――という魔人たち本人が了承した範囲の情報が随時更新される。
権利を得た者は読んでもいいのだ。ただ、人間相手にやらかした彼らの黒歴史コーナーはマトにはチラ見すら怖すぎる。
「……なんと狩人のかた、冷静沈着。淡々と最後までペースを崩さず、見開きページ数枚に渡る、途中の一か所だけがアかマか一文字違いの名前を片方、もうすぐ呼び終わりそうです」
「……ヒラニカシプシャイターン」
狩人が口を閉じると、ダンジョンへの扉がひとりでに開いた。
ため息を吐いたマモンが立ち上がり外へ出てくると、ちょうど狩人も光と音を取り戻す。
「これから入る? 予約する?」
「明後日の朝、このメンバー五人で来ます」
親指で背後の扉を指し示すマモンに、狩人は礼儀正しく綺麗な角度にカチッと頭を下げた。
「せ、成功です。実は取材班の誰一人、今日成功するなんて思っていなくて、視聴率を稼ぐためにコリドラたちを呼んでしまったんですが――なんと、狩人さんが初挑戦でダンジョンへの入場権をもぎ取りました」
「一回で成功するなんて、やるな」
アモンが狩人の肩に腕を回す。
「返事するのも面倒くさいし、あんた登録しとく」
ぶちっと無許可でむしった狩人の髪の毛を、マモンはドアホン横に吊るされている筒状の食虫植物に似た魔生物に食べさせた。
「次はこれに指つっ込んで、勝手にダンジョン入って。入場料は他と一緒で、転移陣が同日でも一回一回勝手に徴収するから、扉をくぐる前に忘れ物ないか確認して。オカンの売店で大体の物は売ってるけど、ダンジョン価格だから」
「お礼の名分けには何音お渡しすれば……」
ぶっきらぼうだが至れり尽くせりな魔人に狩人は恐縮する。
「契約するわけじゃないし、いらない。もう名前長すぎるし」
「お前そういうことするから俺より狙われんだぞ」
「……壊れた俺のリコール球、マジで意味ないじゃん」
仲間の偉業を素直に喜べないリーダーに、食欲を刺激された状態でお預けをくらいキレやすくなっている赤コリがガンを飛ばす。
『もぎぅ』
「ツンデレ幼なじみの膝枕つきデッキチェアで横になりつつ何かを透視しニヤニヤしながら休めたのだからお釣りがくるじゃないか甘い物でも買ってよこせと、おっしゃってます」
そんなに長いセリフだったのかと、息もつかずに通訳したヒ・キャリア以外の全員が疑問に思った。
通訳だって間違うこともあれば、聞き手のために都合よく意訳することもあるだろう。そういうことにしておこうと、各自で納得した。
一方、目を吊り上げた剣士の幼なじみの少女は立ち上がり、反射的に胸元を両手で隠す。
彼女の膝から転げおちたリーダーは冷たい視線にあたふたするが、弁明のために起立する。
「ぃや、違う。誤解だ。俺は魔人の詰所がどうなってるのか気になっただけで、そしたらなんかカワイイ花柄の布が見えて……」
「見てんじゃないわよっ」
少女は見事な平手打ちをリーダーの頬にお見舞いした。
「ぶふっ……」
細マッチョ剣士がふっ飛ぶ。
ゴロゴロと転がってきた――在宅職の尻に敷かれる未来しかない――剣士を、アモンが足裏でピタリと止める。
「それカーテンとかテーブルクロスとかでしょ。うちのオカンの趣味だゎ」
「えっ……、本当に誤解だったの? ごめんっ、労災おりるかわかんない、立ってぇええ」
魔人に足蹴にされる剣士は、罪悪感と羞恥で泣き出しそうな幼なじみの声に応えた。うつ伏せ状態から肘と膝を使って徐々に起き上がる。
「俺は……人が隠してるモノを勝手に見ない。セクハラなんて最低だ! 見えなさそうで見えてしまうチラリズムも邪道。見えそうで見えない時にこそ、妄想がはかどる。自給自足のご褒美が心の中にあれば、ちゃんとOKが出るまで待てができるっ。俺は、絶対に、違法な形では、欲望に負けない!」
自分自身の言葉に鼓舞された剣士はゆっくり体を起こし、ふらつきながらも立ち上がる。
まるで何度やられても魔王に立ち向かう前時代の勇者の雰囲気だが、言っている内容の半分はくだらない。
「ま、まぁ、お詫びに今度ちょっとだけなら……って水着よ、水着。新しいの買ったけど、今年は海行かなかったし……ひっ」
指で髪の毛をいじる幼なじみの足元に――また転移したかと思われる高速移動で――正座した剣士は欲望に屈した。合法的に。
「夏まで待てないので混浴温泉でお願いします!」
文字通り踏んだり蹴ったりなリーダーだったが、無茶ぶりに思えたお願いが了承された。
幼なじみとの仲がなにやら進展しそうな予感に、彼はダンジョンマスターを攻略したかのごとく雄叫びを上げる。
じれったい二人にヤキモキしていたのだろう仲間たちも一緒になって喜んでいた。
我々は何を見せられているのかと思いつつも、編集でどうにでもなると放っておいた面々を代表し、マトが締める。
「喜びに沸く冒険者一同。次回は愛称か指パスで挨拶を短縮し、とうとうダンジョンへ足を踏み入れるのでしょう。そんな彼らの雄姿も、ぜひリポートしたいものですね。狩人さんへの個別インタビューは別収録が決定しております。――以上、現場からお伝えしました~」
ミタノの前でマトが手を振ると、撤収の声が響く。
二人は取材データを保存する箱庭球を、手早くミタノの髪から外す。
アイマスクを着用し休憩モードに入ったミタノを、マトがミニチュアに収納した。
人がリラックスして過ごせる別空間を内包しているので、ミタノはすでに帰宅したも同然。
マトは全てのミニチュアを耐久性の高い保護ケースに収めた。
「マモン、飯だ。帰るぞ。ヒ・キャリアとランも食ってけよ。――取材のお姉さんたちはどうする?」
「ありがとうございます。せっかくですが編集作業が残っていますので。また今度、誘ってください。後日、放送予定の映像を確認いただく際に改めてご挨拶に参ります」
誘いを断ったマトは救護班や冒険者たちと一緒に魔人兄弟にお礼をし、元気に帰っていった。
ダイニングルームで双子を出迎えた赤コリのシュカは、青コリのランと並んで、ちゃっかり晩ご飯を魔人宅でいただく。
取材班の分まで用意していた魔人母のおかげで、ぶちキレた赤コリが出現せず、辺境の平和は今日も守られた。




