ダンジョンに入ろう ②
生い茂る木々が光を遮る魔の森の端に、まるで巨神がもぎ取って来た月を突き刺したかのように岩山が現れる。
双子魔人のダンジョンはその岩肌をくり抜いて造られ、地下へと伸びていた。
冒険者たちが中へ入るための岩の扉は分厚く、ダンジョン前に居座る全員で力を合わせて動かそうとしても、蟻が入れる隙間すら作れるとは思えない。
簡単に入れないということは、ダンジョン内から出てくるのも困難だ。
ここに棲む魔人たちを恐れて魔の森の魔生物もダンジョンには寄ってこない。
万が一の場合は、ダンジョン管理者が使用する詰所に逃げ込める。
安全なエリアに取材班は陣取っていた。
身の危険を感じていなくとも、日が落ち下がっていく気温はどうしようもない。
震える身体をさすっていたマトたちは取材に影響がでないよう、タイミングを見計らって防寒着を重ねていく。
途中リタイアした盾持ちの男も回復し、仲間の健闘を祈るばかり。
窓のそばを離れた魔人が何をしているのか、マトには想像もつかなかった。
◇◆◇
パチパチと爆ぜる炎が薄暗い部屋の中を照らす。
ダンジョン攻略のために忙しい冒険者たちや、彼らを心配している取材班をよそに、ダンジョンマスターの一人は暇を持て余していた。
左目を前髪で隠していても夜目が効く魔人は、息が上がり落ち着きがなくなっている魔法使いたちに気づく。
時折頭を抱える剣士も、冷静さを保とうとする狩人も、疲れが隠せていない。
苦境にあえぐ冒険者たち。
彼らを右目で眺める魔人は唇の端を吊り上げ、生気が薄いもう一人の魔人に声をかけた。
「どっち狙いだと思う?」
「アモンで……」
問われた片割れは低いトーンの平坦な声で、興味なさそうに答えた。彼は慎重に事を運びつつも手を素早く動かしている。
落ちていた魔生物をちぎってドロドロの中身を荒々しく絞り出す。
至近距離で人間が嗅いだら胃の中を空っぽにするだろう、鼻につく異臭が立ちこめる。
魔人のアモンでさえ鼻の前で手を振った。
「まったく、マモンは陰気だな」
印象は違えど、見た目がそっくりな双子は隠している目と性格だけが真逆だ。
「待機中は何したっていいだろ」
「だからって道具まで持ってくるか?」
「アモン狙いなら奥に引っ込む」
今にも奥のボス部屋に引きこもりたい様子がありありと見て取れる。
片眉を上げたアモンは皮肉気に「お前狙いだと思うけどなあ」と肩をすくめた。
「イ、息が続かない……」
「アタシも、もう覚えてないし、無理ぃ」
ことごとく息継ぎに失敗してしまった白服の魔法使いに、黒服の魔法使いが抱き着き、そろって脱落した。
残るは剣士と狩人の二人だけ。無の境地にたどり着いた雰囲気のおかげで、見守る一同の中に成功への期待がかろうじて残る。
『……マモンデ……』
「いぇ~い、ご指名やっぱお前じゃん」
指をピストルの形に伸ばした笑顔のアモンはチッチッと照準を合わせて舌を鳴らす。
「全員失敗すればいいのに」
首を真横に傾けたマモンは恨みがましく白目を剥く。
「そんなこと言うなって」
「無理、また時間が無駄に奪われる……」
「時給上げてもらえよ」
「その分小遣い減らされるから無意味。アモン狙いじゃないなら、俺の週末、終わった……」
内職中だったマモンは調合材料が顔や髪にくっつくのも気にせず、机に突っ伏した。
「おいおい、いつものドアホン越しと違って、今日は収録あるからわざわざ詰所で顔見せしてんだぞ。不特定多数の人目がある時くらいシャキっとしろよ。――見ろ、あの能力者の前でポーズを決めるコリドラたちのキレとあざとさを」
マモンの背骨を伸ばし、髪や顔の汚れを取ってやったアモンは、ボケとツッコミの力関係にある二匹のコリドラたちを指さす。
二人の視線はマモンのフルネームを呼んでいる最中の人間たちを通り過ぎた。
数時間が経った今も、冒険者たちは胸を借りるダンジョンマスターの名を言い終わっていなかった。
有料とはいえチャレンジマッチを挑み、ボス部屋で戦う前に何かあったら救出してもらうのだから、フルネームを呼んで挨拶するのは当然だろう。
言い間違えたら最初からやり直すのが鉄則だ。
人間と契約を結んできた歴史ゆえに、魔人たちの名前はだいたい長く覚えにくい。この双子はトップクラスだ。
それでも冒険者たちは事前にがんばって暗記しトイレも済ませた。脱落者は出たものの、基礎が高く作られた詰所の前から動かず、記憶した名前を絞り出し続けていた。
時々アモンは中座して、備蓄している種を炒って煮出した飲み物を作る。
「ほれ、これでも飲んで瞼をあと一センチおっぴろげろ」
アモンは暖炉に入れた小さな火が揺らめくのを一服ついでに味わい、退屈しのぎに詰所の掃除もしたが、弟のマモンは我関せずと、ずっと内職の調合に勤しんでいた。
「ちゃんと間違えないか聞いててやれよ。――人間に有害な手順は終わったみたいだし、暇なオレはちょっと遊んでやるか」
窓を開けたアモンが手のひらに紫色の炎を召喚し、もう一方の手を挑発的に動かす。
「なにやら動きがあったもようです。魔人の一人が淡い高貴な色の火の玉を持っています。名前が呼ばれ終わり次第、冒険者たちを攻撃しようとでも言うのでしょうか」
心配するリポーターのマトをよそに、手招きされた赤コリが喜びの声をあげる。
『むきゅぅんっ』
「おもちゃ兼おやつの炎らしいです」
ヒ・キャリアは、仕事を放棄して駆けていった解説の通訳と化していた。
彼の相棒の青コリは両方の胸ビレを天に向け、息を短く吐く。興奮した赤コリを見送っただけで、炎に興味を示していない。
「猫にマタタビならぬ、コリにカリウムなのでしょうか?」
紫の炎色反応と筋肉の凝り予防にカリウムという名の物質が関係する。
コメントするには知ってて良かった、ただし視聴者が知らなくとも困らないトリビアをマトは披露した。
一転、ひきつった顔を映像係のミタノから隠した彼女はマイクに拾われると知りつつ、小声でエキスパートに確認する。
「保護者のコリドラ使いさまから『悪食のシュカが変なモノを拾い食いしたら止めてくれ』との一言をいただいておりますが、あの炎は食べても大丈夫なのでしょうか?」
現実逃避したいヒ・キャリアと青コリはそろって遠い目になる。
「シュカさんは食生活に関して注意されるとキレます。実際、注意しても無事に済むのは保護者の人たちくらいですが、彼女たちが注意したところで聞きません。――おやつという言葉を信じましょう……」
「触らぬコリに祟りなし、ですね」
脱落者が出たおかげで、窓の前には空いたスペースができていた。
摘まみ取った小さな火をアモンが雑に投げれば、俊敏な動きのシュカが口ですべてキャッチする。
炎の欠片を飲みこむ度、赤コリは短い鳴き声を何度も何度もあげた。それこそ笛付きシューズさながらに。
すぐそばで繰り広げられる妨害行為にも等しい触れ合いにも、目を閉じ耳を押さえている剣士と狩人の二人は微動だにせず、口だけ延々と動かす。
名前を呼ばれているはずの魔人は彼らを軽く無視して、調合を再開していた。ゴリゴリとすり鉢で何かを細かくしている。
外で見守る誰もが無謀な挑戦だったかもしれないと思った時、隣の建物から聞こえた「ごはんよ~」の声により事態が動く。




