ダンジョンに入ろう ① (お城のキャラたちは出てきません。世界観や道具をお伝えできればと書き始め……足りない恋愛風味をかさ増し……しようとした結果がこれです)
画角いっぱいに映る、どこかで見たことがある垂れ目顔。
少女がやや上目遣いに見えるのは、映像係との身長差によるものだ。
「こちら、注目の的になりたく放送係からフリーのリポーターに転職しました、マトです。映像はミタノさんの高速まばたきで記録し、パラパラ漫画方式でお届けします」
マトは手に持った、そこそこ大きな手鏡に相棒を映した。
数えるのが追い付かない速さで瞬きをする少女ミタノの頭は、髪飾りに見せかけた映像保存用の箱庭球で彩られている。
「あれ、もしかして、これってミタノは目つぶるか半目になっちゃう? 次からは静止画を持つね」
いまさらなことに気づいたマトに、一定のスピードで瞬きを続けるミタノが無言で親指を立てる。
「失礼しました。――本日はダンジョンに初めて挑む新人冒険者たちの最初の一歩に密着。安全には十分に配慮し、我々もヘルメット着用、緊急離脱用転移陣球も装備しお伝えします」
コンプライアンス無違反のアピールを終えたマトは、隣に立っていたゲストたちを紹介する。
「青コリ便のヒ・キャリアさんと名分け相棒の青コリ、ランちゃんも駆けつけてくれました。こちらのダンジョンの最奥、ボス部屋まで到達した経験をお持ちです」
照れながら挨拶をする素朴な青年ヒ・キャリアの前に影が割り込む。
「私の持てるコネをフル活用しましたところ、なんと、解説として赤コリのシュカさんもお越しくださいました」
赤い魔魚は、房が猫じゃらしに似たヒ・キャリアの髪を味見しようと、ずっと付きまとっている。
「何でも焼けば、何でも食べる。焼いてなくてもとりあえず食べる腹ペコさんです」
どうにか髪を口に含もうとする節操なしの赤コリを、青コリがヒレを駆使して転がし追い払う。
そちらの撮れ高はすでに十分だと知っているマトは、完全武装で最終確認中の面々に近づく。
「ダンジョンへの扉は固く閉ざされ、開けるのさえ至難の業。相手は双子の魔人ですが、勝算はありますか?」
マトはリーダーに話しかけた後、彼に音声転移陣つきの棒を向ける。
データの保存先が別なので、万が一マイクの先を握りつぶされてもダメージが少なくてすむ。
「はい、俺たち五人で片方に的を絞ればイケるはずです」
努めてハキハキと答えるリーダーは緊張した様子を隠しきれていない。
メンバー全員の胸元には、揃いの小さなアイテムがさりげなくついている。
離れた場所からでも彼らの声を転送するピンマイクが、きちんと稼働していることをマトは確認した。
「双子の魔人たちはベテラン冒険者でも名前を言えないと避けるほど。彼らが守るこのダンジョンを選んだ理由はおありですか?」
「調べたところによると、中ボスにすら勝てた冒険者はいません。しかし、このダンジョン、一度入ってしまえば中ボスエリアの手前までは初心者にもやさしく、得られるアイテムや経験値が抜群にイイんです」
「ダンジョン踏破よりも出稼ぎ目的なんですね。勇者に近づくには、強さだけでなく知力と記憶力も試されます。今回は時間短縮のため、みなさん同時に仕掛けるとのことですが……」
「はい、みんなで協力し、でも周りの失敗に引っ張られず、誰か一人でも目的を果たし次につなげたいと思います」
「ミタノさん同様、みなさんは祝福を受けし者なのでしょうか?」
幸か不幸か、帝国民の中には魔法を含め人知を超える能力や特徴を持って生まれる者がいる。
がっつり異形になって能力値が底上げされまくる帝族の呪いと比べれば、たいていが大したことはない。使いどころが見つからない能力もたくさんある。
しかし護衛や絵師など立身出世につながる能力を得ることも多く、こちらは祝福だと喜ばれてきた。
「もし今後の活動に差し支えなければ冒険者スキルを教えてください」
「実用的なのは透視能力と連続斬り、ダメージを負えば負うほど幸せになる能力でしょうか」
「お~と、深堀りしては危険な臭いのする、能力かどうかも怪しい祝福があった気がしますが、触れないでおきましょう。どれも、ダンジョンを攻略する時に役立ちそうですね。――では出発前に意気込みをお願いします」
「いいか、みんな。絶対に成果をあげ、手ぶらでは帰らないぞっ」
『『おぅ!』』
「我々、取材班も全員で応援しています。がんばってください」
ねじれた角をこめかみに生やした双子の魔人たちは、余裕しゃくしゃくで窓から冒険者たちを眺めている。
彼らに見下ろされても恐れることなく、横一列になったメンバーは左から順に名乗りをあげていく。
「冒険者一行は、リーダーの剣士。防御の要の盾持ち。攻撃と回復をそれぞれ担当する魔法使いがお二人。そして弓や罠の扱いに長けた狩人。駆け出しの新人さんたちとはいえ、とてもバランスのとれたチームですね」
『もきゅぅ……』
置いていかれた哀愁を漂わせる赤コリはその場でビチビチと身をよじった。
尾ビレを青コリの胸ビレに踏まれている。
「シュカさんもダンジョンでの食材探しに参加したくて、うずうずしているようです。――シュカさん、シュカさんも彼らもまだダンジョンに入れないよ」
赤コリを落ち着かせようとするヒ・キャリアが理由を言う前に、冒険者たちは自己紹介を終えた。
「我ら五人、挑むは――」
『『アシュタロ……』』
リーダーの掛け声に合わせ、一行は相対する魔人の名前を同時に言い始める。
マトは解説係とゲストに話を振った。
「名乗りをあげずにダンジョンには入れません。シュカさんの場合は保護者の許可が必要ですね。ヒ・キャリアさんとランちゃんもダンジョンにはよく潜られますか?」
「いえ、僕たちは転移陣で運べないモノをあつかうニッチな運び屋です。ダンジョンの中への依頼は滅多にないですね」
「それでは、こちらのダンジョンへ入られた時はドキドキでしたか?」
「はい、それはもう。半日で出てくるはずの息子さんたちが三日三晩経っても出てこず、七日七夜になりそうだと心配されたお母さんからお弁当を預かり届けました」
「数が多くなれば、お弁当とはいえお母さん一人だと運ぶのも一苦労。なのに、お弁当に対応した転移陣やミニチュアはなかなかないですからね」
「お弁当の中身がひっくり返ったり片寄ったりしないよう、とても神経を使う荷運びでした」
道中の苦労を思い出してしまったのか、疲れたような鳴き声を漏らした青コリを、明るい鳴き声の赤コリが励ます。
「この世になくてはならない転移陣ですが、転移先での衝撃吸収にまだまだ伸びしろを感じま……」
「ぐふっ……」
「あ、一人脱落したもようです。あっ、戻ってきた盾持ちの男性の口から血が出ています。我々が用意しております救護テントに自力で向かっているので、深刻なケガではありません」
そのまましばらく事態は動かず、瞬き回数が労働基準法に抵触する前に、ミタノは目休憩に入った。
ドライアイ対策の目薬をさした後に医療用アイマスクを付けて横になり、眼精疲労に効くツボを救護班の一人に押してもらっている。
さらに時間が無情に流れ、何度かの目休憩の後、空の青が薄まり茜色を帯びた。
夜間に根を凍結させるとよく育つ魔植物の水やりに勤しむ時間帯だ。
せっせと水を運ぶ主婦の「お疲れ様ね~」という労いが温かい。
彼女の家から夕飯になりかけの匂いが流れてきた。赤コリのお腹が鳴っても、冒険者たちの挑戦に終わりは見えない。
武器どころか魔法がぶつかり合う音すらせず、彼らがどこまで進んだのかも待っている取材班には不明だ。
いや、間違いがあってはならないと、マトの持てるコネを酷使し某公爵家から借りた『叡智の書』をもってすれば、把握できる。
だとしても、欲望に負けがちな人間が軽々しく知ってはいけない情報が載っているのだ、気になるからと何度も開いてはいけない。
持ち主を考えたら、破損や汚れも怖い。
ただ待つしかない取材班一行は、ミタノの前でコリドラたちが愛くるしくじゃれ合っていなければ、不安で押しつぶされそうになっていただろう。
とっぷりと日が暮れても、ダンジョン前に設置されている人感ライトのおかげで明るさが十分確保できているのも助かる。
胸の前で両手を組むマトは誰も入ることができない扉へと目を向けた。




