コリドランドへようこそ ③
「わっ……」
急に手を白コリに咥えられ、ウィルシェルは反射的に声を漏らした。
双子の兄たちによって口を塞がれたスレィアムは『ピャぁあっ』と響きかけた悲鳴を飲みこむ。
じゃれ合っているようにも見える三人の皇子にアリアは微笑んだ。
「口でモフモフするだけなので大丈夫。むしろご褒美ですよ」
「……かわいいですね。飼えないのが残念です」
「毎日でも会いたくなりますよね」
ひょいっと移動したアリアはウィルシェルの顔の横から白コリを確認する。
「ウィル様のことが好きみたいです」
照れもしないで顔をほころばすと、ドラゴンから表情が抜け落ちた。
耳元でささやかれ、至近距離で無邪気な笑顔を直視したウィルシェルはというと、木彫りの像と化す。
ここから数十秒、彼には記憶がない。
アリアが「白コリの初恋の人になったかもしれませんね」と続けていたのも、不穏なオーラを垂れ流す実の兄が「告白されたと錯覚できるタイミングや手腕を弟君たちから学べばよろしいのでは?」とユーリウスに諌められていたのも、後から、笑いこけるケイリィに教えられた。
「――みなさんも挨拶してみますか? どんな形であれ、コリドラたちから触れて何事もなければ、敵じゃない判定完了です。もっと気ままに過ごせますよ」
魔魚を刺激しないよう気配を消していた一同にも、アリアは手伝いを申し出る。
実は待ちきれなかった双子に続き、勇気を振り絞ったスレィアムも無事、コリドラとの初接触を終えた。
グラウクスを抱っこしに戻るアリアを一匹のコリドラが追い抜く。
「あっ、クラ」
アリアをいつも乗せてくれる、鞍がトレードマークの青コリがドラゴンの周りをくるくると回る。
クラと呼ばれた青コリの、皇子たちを観察する目に、隙はない。
「私にも寄って来るのか」
好奇心旺盛なコリドラに鬣や鱗を吻でつつかれるのには、さすがのドュレイグも驚いた。
頭からモフられたグラウクスはくすぐられていると感じ、きゃっきゃと笑い声をあげる。
「ディー様がとんでもなく強くても、殺気を向けなければ大丈夫ですよ。たいていのコリドラは無害な強者に慣れているので」
「そうか。コリドラたちはここを気に入っただろうか?」
「また来たいはずです」
「では、この箱庭球と転移陣たちはこのままにしておこう。アリアのお墨付きが出た者は、好きな時に来ればいい」
歓声を上げた誰よりも、アリアの里帰りを潰せた自分が喜んでいるとは、ドュレイグはおくびにも出さなかった。
◇◆◇
最初は遠慮がちだった皇子たちも、今では大声を出して機敏に動き回り、問題なくコリドラと交流している。
ウィルシェルは各コリドラへの挨拶回りに忙しい。
双子皇子は鬼ごっこやかくれんぼなのか、色とりどりのコリドラたちを相手に走り回ったり隠れたり。
彼ら三人のお目付け役を任された側近二人は、絶妙な位置取りでつきそっていた。
竜のそばでエプロンを脱ぎ、アリアは重くなったポケットの中身を年少組と一緒に確認する。
「あねうえ、おくりもの、うれしい?」
「とぉぉ……っても、幸せな気持ちになりますね。――この種も、なんてミステリアス! どんな芽が出るか楽しみ」
アリアは取り出した一つ一つを頭上に掲げ、大げさなリアクションで遅ればせながら感謝する。
送り主が帰宅していても、コリづてに伝わるように。
飲みこめるサイズの物は別のポケットにしまい、潰れる食べ物もよける。
チェックを通過した物は乾式洗浄用の転移陣に通して、皇子たちの目の前に置いていく。
汚れや人体に害のあるモノは出口の陣からゴミ処理場に直行だ。
次々現れる目新しい物体に小さな歓声が上がる。
「きぇー」
「なに、これぇ~?」
今回の贈り物は石が多かった。
コリドラの鱗にできた希少なものや、出先で拾ってきたもの。
葉っぱや貝殻、不思議な見た目の羽や正体不明の骨もある。
何でも口に入れたがる年頃の皇子たちですら、兄たちの気配りと教育の賜物で誤飲の経験はなかった。
本能的に舐めれど、食べ物ではないと判断したら飲みこんではいけないと、グラウクスですら学んでいる。
もちろん念のために誤飲しそうなサイズは事前に弾くが。
食べ物ではないと知っていても食べたがるのは、特定の赤コリくらいだ。
「食べちゃダメよ」
背後から覗きこんでいたシュカはアリアの言葉にビクリとし、目を泳がせる。
皇子三人に見つめられた赤コリは吻をとがらせ、そそくさと離れていった。
吹けもしない口笛を吹くマネで、平静を装ったつもりなのかもしれない。
「あにうえ、おとしもの」
スフィンクスの体勢で伏せるドラゴンの大腿骨に、スライムが黒くて平べったい石を置く。
質感や色、形も違うが、鱗に見えないこともない。
「ありがとう、スレィアム」
ままごとに付き合ってくれたとわかっていても、強くてカッコいい長兄にお礼を言われ、照れたスレィアムの頬が赤紫色に染まる。
唐突にグラウクスがドラゴンによじ登った。
両手両足をついた竜の背中で幼児は「うんしょ」と体の向きを変える。そのまま向こう側へ下りるのかと思えば、足を投げ出し竜の背と半身に抱きつく。
ウミウシ由来の吸着力は侮れない。
「すぅ、ちゃい」
グラウクスは伸ばした手で、ぺしぺしと鱗を叩いて催促する。
みょんと腕を伸ばしたスレィアムは石を一つ、小さな手だけになった弟に渡す。
グラウクスは石を両手で挟んで受け取り、竜の背中に置く。
無情にも、鱗と筋肉の隆起に沿って、石は転げ落ちた。
「ちゃぃ。すぅ。もっ、ちゃぃ」
違う形の石を渡す、置く、落ちる。
違う色の石を渡す、置く、落ちる。
アボカドの種もどきはもちろん転がり、鱗にくっつかない。
置けたと思った骨は次に置いた貝殻の落下に巻き込まれた。
ことごとく置き場所が悪く、足つきの石や平らな石でさえ、ずずずっと滑っていった。
簡単にめげないグラウクスも、これだけ失敗が続くとさすがに瞳がうるむ。
伸び上がって様子を伺うスライム棒は、弟の膨らむ頬に焦って激しくぐらつく。
「あ、あぅ、あぁぁ……。ど、どうしよ」
「ディー様、いい具合に鱗を逆立たせたりできません?」
「……無茶を言うな」
「こんなに綺麗に並んでたら、支えになるものがないですよね……」
つつつ……と指で首元の鱗をなぞられると、ドュレイグの背をゾクゾクとした何とも言えない感覚が走る。末っ子がくっついているのに。否、くっついていたからこそ、変化せずに済んだのかもしれない。
竜はその正体を深く考えたら人型に戻りそうだと本能的に察した。背と腰の筋肉が勝手に伸縮したのは恐怖による緊張だと、まったく違う可能性で押し通す。
「考えてはいないと思うが、鱗を剥いで窪みを作ろうとはしないでくれ」
「そんな、まさか。……自然な生え変わりで剥がれたら、ください」
ドュレイグは現金なもので、一枚くらいなら今すぐ剥がしてプレゼントしたい気持ちになった。
二人の会話中に、何かを思いついた様子のスレィアムは散らばっていた物を拾い集めている。
準備が済むと拳を二つ握って気合を入れた。
ドュレイグの頭をよぎる、弟がやりかねない解決策――尖った石で兄を殴打し石を突き刺そうとするのではないか。
彼の鱗はそんなにやわではないので、試しても傷すらつかないだろう。
しかし、次に失敗したら機嫌を損なうであろう弟が二人に増える。
その場合、どうやってなだめるべきかわからない長兄は少し身構えた。
己の高すぎる防御力が憎いドュレイグを尻目に、スレィアムはもう一度、末っ子に石を手渡す。
「もっかい。このへん」
今度は伸ばした腕をすぐにひっこめず、グラウクスに置く場所を伝えた。
素直に従うと、端っこに置いたはずの石が転がり落ちない。グラウクスは感動の声を上げる。
「きゃぁ~。すぅ、ちゃぃ、ちゃい」
「ここ。――つぎ、ここ。……こんど、こっち」
舞台裏でがんばる青い兄の姿を知る由もないグラウクスは、夢中でドラゴンをどんどん飾り付けていく。
長い腕と手がこっそり下からそれぞれを支えている。
黒竜の側面に青い縞模様が増えるたび、アリアの胸は締め付けられる。
手のひら付きの腕をたくさん伸ばしたスレィアムは、まるで過密状態で育てられた豆苗。
しかし、本数が増えるごとに細くなる腕たちがプルプル震え始めた。
弟のために帽子が脱げてもがんばるスライムだが、限界は近い。
状況を正確に把握しているアリアとドュレイグは「ここは大人が悪者になるべきだ」と、目線だけで完璧に意思疎通する。
アリアはエプロンをドラゴンの前脚付近に移動させ、ポケットの口を空に向けた。
「上手に全部のせられましたね、グラウ様。スレィアム様もお手伝いがんばりました。二人ともカッコいい」
アリアがご満悦な末っ子皇子の背後に回りこむと、尾を脇腹――スレィアムの頭上――に付けたドラゴンが立ち上がる。
当然、苦労してのせた飾りは支えを失う。竜の尾を滑り降り、アリアのエプロンのポケットに転がっていった。
「にぃーっ!!」
ドラゴンを責める声に隠れて、元の球体に戻れたスレィアムが安堵の息をつく。
「すまん、グラウ」
「にょぉおおお……」
エビぞりになり剥がれ落ちるグラウクスをアリアが危なげなく掴む。
ぐずりかけたが、一度は満足したおかげか、泣き出しはしなかった。
「少し散歩します?」
頷いたドュレイグの背にグラウクスを戻そうとすると、「にぃ、や、やぁっ」と珍しく拒絶する。
もう一人の足……間違った、もう一人の兄が疲労困憊となっていても、次に跨るのはアリアの背ではない。
「クラ、おいで~」
慣れた様子で足を確保したアリアは、グラウクスを抱えたまま青コリに跨った。
彼女の顎下で、帽子を被り直したスレィアムが弟の頭に顎を置くように座る。
アリアと魔女っ子スライムと金髪皇子のトーテムポールができあがった。
「ではディー様、どっちに行ってみましょうか?」
「あちらに湖があるはずだ」
コリドラと仲を深めるのに夢中な他の皇子たちには誘いを断わられた。
アリアが「みんな仲良くね」と声をかければ、コリドラたちは揃ってヒレを使いビシっと立った。
「ゆっくりお願い」と頭を撫でられたクラがヒレを使って歩き出すと、ドラゴンも並んで大人しく歩いていった。
長兄に乗り慣れているとはいえ、いつもと違った揺れや進み方を楽しむ幼い笑い声が響く。
それぞれ離れた場所から主を見送った側近二人は、特に大声を出して会話したわけでもないのに、意思の疎通がばっちりだった。
「アリア嬢に跨ってもらえるチャンスだったのに嫉妬しないなんて……、大人の階段昇らずに大人になったのな……」
「末のお二人が楽しんでいるおかげでしょう」
「しっかし、アリア嬢がまさかの貢がれ女子とは……殿下、魚に貢ぎ負けしてて、ウケる」
貢ぐ頻度と期間で完敗。人間にとって希少な珍品を何気なくあげている様子からも、総額でさえランキング入りを果たした確信はない。
ケイリィの言葉が聞こえていたドュレイグも反論の余地はなかった。




