コリドランドへようこそ ①
そこは広大な土地だった。
目の届く範囲の平地だけでもさまざまな植生が見られ、耳の良い皇子たちには川のせせらぎも聞こえている。
パンツスタイルのアリアは、カンガルーも二度見するだろう大きなポケットが付いたエプロンを身に着けていた。
髪もポニーテールにまとめ、ガーデニングでもするのかと思えど、彼女が手にしているのは首にかけた特殊な笛だけ。
アリアが力強く笛を吹くと、ぼやくフェナリスが地面に転がり、不快げにオオカミの耳を押さえた。
「ごめんなさい。領地に散っている彼らを一度に呼ぶとなると、この笛が一番効率的なんです」
申し訳なさそうな彼女の言葉はそんなに待たずに証明された。
ぴょんぴょんと、複数の転移陣から大きな魚が次々と飛び出したのだ。
マストの帆のようにピンっと立った背びれ、口元にはナマズに似たヒゲが六本揃っている。
丸みを帯びた体に、クリっとしたつぶらな目がチャームポイント。
胸ビレと腹ビレで交互に体を支えれば腹筋しているようにも見え、愛嬌は尽きることがない。
癒しの天使と呼ばれることもある白コリから、歩く時限爆弾あつかいな斑コリまで、多彩な歩く魔魚たちが現れた。
これほどの数のコリドラが集まると、人によっては世界の終わりだと震え上がるかもしれない。
ほとんどの個体がキョロキョロと辺りを見渡している。
見慣れぬ場所や集団にパニックになりかけた個体もいたが、アリアを見つけると一転、落ち着くか喜んで駆け寄って行く。
◇◆◇
「領地に歩く魔魚がいる」
そう聞いた幼いアリアは「まさか魚に人間の脚が生えているのでは?」と心配したが杞憂に終わった。
一時、絶滅が危惧されたコリドラは水陸両棲・魚型の、基本的には大人しい部類の魔獣である。
が、仲間のために我を忘れると、なだめるのが難しい。
止めようと中途半端に反撃しても、討ち取っても、人間はコリドラの恨みをさらに買うだけ。
かといって興奮状態で放っておけば、自然災害よりも大きな被害を一匹で引き起こす。
いろいろな意味でロシアンルーレット要素が多く、『大人しい奴がキレるとコワい』を地で行く存在だ。
アリアの実家の辺境伯領では、代々、魔獣の討伐と使役を生業としてきた。
その土地柄に前世の生き物好きな気質が加わり、アリアは奇しくもコリドラたちと特別な縁を結んだ。
そんな彼女にとって、彼らのご機嫌伺いはライフワークの一つである。
コリドラが暴走しそうだと報告を受けたアリアの口から、当然の流れで飛び出したのが「実家に帰らせていただきます」発言だった。
「城に居てもコリドラに会えるようにしよう」
アリアが正式に長期の里帰りを申請すれば、ドュレイグは光の速さで代案を出した。
結婚するかどうかの瀬戸際に城を出ていれば、もちろん婚約破棄の意思表示とみなされる。
第一皇子はアリアに逃げられないよう、わずかなリスクも排除したいのだ。
あと単純に、コリドラに嫉妬している。
「魔獣の群れを城に引き入れるのはどうなんでしょう……」
「専用の箱庭球を用意すれば、厳密には城内ではない。城と辺境からそれぞれが落ち合う形のみで転移陣を設定する。ミニチュアが壊れても、中の生き物たちを元の場所に自動転送させれば、なお安全だ」
「すん……ごぃ、お高いですよね。辺境への転移陣を用意してくださるだけで十分ですよ?」
それでも値が張ると知っているアリアは、個人的な理由で頼む以上、転移陣一つだけでも心苦しい。
「私の個人資産で事足りる。古代魔生物の討伐に出たアリアをただ待つしかなかったのは精神的にきつかった」
たった半日、されど半日。
アリアの不在に気づいた年少組に、双子たちは悪気なく嗅ぎ回って知った内容を伝えた。
グラウクスはアリアが城から消えたことにショックを受け、スレィアムは彼女が魔獣討伐に向かったことを理解しパニックになった。
赤コリが敵を瞬殺していなければ、同行したユーリウスが帰城をうながしていなければ、ギャン泣き皇子二人にさすがの帝族男児たちもお手上げだっただろう。
「アリアが城を留守にせずに済むなら、私財が空になっても安いものだ」
なんて兄弟想いなんだと思っているアリアの頭に、ドュレイグが彼女を恋しがる可能性など微塵もない。
そんな思考回路にも慣れてきたドラゴンはわざとらしく、いじけてみせる。
「私たちとは……コリドラほど一緒にいたいと思ってくれないのか?」
「まさか! ディー様やコリドラたち両方に会えるのが一番うれしいです」
「それは何よりだ。たった数日アリアに会えなかったとしても、私たち兄弟は寂しさに耐えられない」
それでは数か月は耐える魔魚のコリドラたちより、異形の皇子たちのほうが堪え性がないではないか。
しかし、本当にそうであるなら、アリアは彼らに寂しい思いをしてほしくない。
弱いところを的確に突いたドュレイグは説得に成功した。
アリアにとっても、時間と旅費の節約ができるのはありがたい。
「一度に全種類のコリドラが集まるのは貴重だ。弟たちも立ち会えば勉強になる。初めて見る魔獣がアリアに懐いているコリドラなら、最高だろう」
長兄の判断は正しかった。
読書家の次兄は魔獣に関する本も多数読んでいる。
彼より年下の皇子たちも、コリドラに関する授業中からワクワクが止まらない様子だった。
炎を噴く赤コリの動画は、ぶっきらぼうを装っていたフェナリスにすら、珍しく尻尾を振らせたほど。
オオカミ皇子は前足をピンと伸ばしてお尻を高く上げ、今にも遊びたいと興奮した様子が隠せていなかった。
当日になって年少組は少し緊張していたが、コリドラよりも強い竜のおかげで、城に帰りたいとは言い出さない。
「気難しい子やちょっと危ない子も来るかもなので、みな様まずはお静かに。しーっ、ですよ。――驚かせない、怒らせないのお約束を守ってくださいね」
アリアが立てた人差し指を唇に添えると、皇子たちと側近二人は揃って首を縦に振る。
初めての場所で取り乱すだろうコリドラたちを迎えるためにも、アリアだけ皇子ご一行から離れていた方が都合が良い。
予定通り一人だけ、城へとつながる転移陣から出ていく。
他人のフリができる程度には離れているが、決して遠いわけではない。
ただ、いつもの距離間との差に、どこか居心地の悪さを感じた――のは彼女だけではない。
万が一、興奮したコリドラが皇子たちへ向かって行った場合は、直ちに城に戻る段取りになっている。
笛を握りしめるアリアと目があったドュレイグはしっかりと頷いた。
「それでは呼びますね。念のため耳を塞いでください」
ドュレイグに目くばせされた次兄が、竜の背に座る末っ子の耳を優しく覆う。
「スレィアム、大きく口あけて、耳おさえて」
クモ皇子の指示に従った素直なスレィアムは袋状になり、ビヨンと伸ばしてカールさせた両手で耳の辺りを抑える前衛的なポーズをとる。
そんな弟の口の中へ、いそいそと隠れたアラ二アークは中から口をぴたりと閉じた。
クモが閉じ込められた青琥珀が完成する。
スライムの口の中はどうなっているのか――気になるアリアはアラ二アークがちょっと羨ましい。
忠告にもどこ吹く風のフェナリスがそっぽを向くと、アリアは笛を思い切り吹く。
毛が逆立ったオオカミは微動だにしなかった兄二人の足元で倒れ、遅ればせながら耳ごと顔を覆った。
人間の耳には聞き取れない、特定の魔生物だけに届くはずの音は、オオカミの耳では不快に感じたらしい。
「ごめんなさい。領地に散っている彼らを一度に呼ぶとなると、この笛が一番効率的なんです」
◇◆◇
地に転がったままのオオカミはアリアの弁明に反応しない。
スライムの口から出てきたクモが、複数の手足で自身の片割れをつつく。
「耳に異変はありませんか?」
フェナリスを気遣うアリアの背をめがけ、いっせいに駆け寄って来る色柄違いのコリドラたち。
振り向いた彼女は、おもむろに、注意事項を大きな声で告げた。
「ここでは危ない魔法と喧嘩は禁止のお約束!」
コリドラたちはほぼ同時に動きをとめる。
胸ビレや腹ビレで誇らしげにピシッと立つと、軍隊並みの整然さで、声をそろえて『もきゅっ』と了承の意を示す。
が、早々に違反者が出た。
「――はい、そこ、アウト。帰るか大人しくして」
ヒレがぶつかったと取っ組み合いを始めた二匹を、毅然とした口調のアリアが指さす。
黒い水玉模様のコリドラはすごすごと遠くの木の裏に隠れ、恨みがましい視線を相手に向け続ける。
怒りの収まらない赤コリは『ギュゥッ』っと威嚇音を斑コリに飛ばし、突進の勢いでアリアの周りを一周すると、鼻息を荒げながら故郷へ戻って行った。
仲間意識が強くとも、一か所に集まりすぎれば喧嘩くらいするだろう。
しかし、皇子たちにトラウマを植え付けてはならないとアリアは目を光らせる。コリドラの顔を一巡すると、彼女は背後を振り返った。
「さて、辺境の一員、どの子も個性的なコリドラです。お勉強したこと覚えてますか?」
コクコクと頷くちびっ子二人は、いつの間にか最強の兄に抱きついていた。
復習もかねて、予備知識のない成人たちのためにも、アリアはコリドラの基本的な説明を買って出た
る。




