古代魔生物 ③
さっそくアリアはファンガイを仕留める腕利きを呼び出した。
事情を伝えると、文句ひとつ言わず箱庭球に入ってくれた秘密兵器。
「戦力はこの手に。十分な長さの呪文も完成しました」
準備万端のアリアは、城に残るドュレイグやハルムたちにしばしの別れを告げ、戦闘能力がどっこいどっこいのユーリウスと辺境へ旅立つ。
唾を飲みこみ喉を鳴らしたのは、彼らに渾身の呪文を授けられた一般女性だ。
「こんな難しい呪文……未だフリーランスになれない私が噛まずに言えるでしょうか?」
地元の若い女性放送係の原稿を持つ手は震えていた。
安全な場所――音声用転移陣の向こう――から防災放送を届けていたら、最前線に呼び出されたのだ。当然の反応だろう。
「呪文にスピードはなくて大丈夫。それよりも噛まずに、ファンガイを聞く気にさせ、きちんと内容を伝えて、考えさせることが大事です」
つとめて明るく話すアリアは震える女性の背をさする。
「おびき寄せも足止めも、気になる餌場情報を与えるのが一番だと理解しました。とはいえ、この長さと複雑さは……」
「するっとわかる情報だと、さっさと次に行かれてしまい足止め効果が薄くて……あ、でも、途中でイケそうだったら、早めに秘密兵器を呼んで終わらせます」
申し訳なさそうなアリアに、失敗を恐れるアナウンサーは弱々しい声を出す。
「チャンスは、一度しかないですよね……?」
「いいえ、今回失敗したって違う呪文を考えます。討伐の最初の一歩をあなたに託すしかない私たちを許して。身の危険を感じたら、遠慮なくこの転移陣で逃げてくださいね」
手元の呪文を読めば、作るのも大変だと一目でわかる。
腹を括ったアナウンサーは、何度も何度も舌を噛みそうになりながら呪文を練習した。
◇◆◇
もぞもぞ、もやもや、ふわふわ。
輪郭が定まらない塊は、雲にも霞にも、近づけば綿毛の集まりにも見える。
遠目で見えたと思ったブヨブヨ感はない。
幸運にも、ちょうどいい場所に、ちょうどいいタイミングで生まれたファンガイ。
新しいコアは生まれたばかりでも、生き残るために必要な情報は体が覚えている。
物陰に潜んだ小さなファンガイは周りを見渡していた。
《エサ、アル。ナカマ、ナイ》
《麦、コッチ。アカ、ヨロコブ》
数えきれない細胞をつたってきた仲間の声はくすぐったい。
《麦、スキ。アッチ》
アカと呼ばれた生後まもないファンガイにも、情報をくれた仲間のいる方向はわかる。しかし、別の体へ瞬間移動するには今の小さなコアでは力不足だった。
怖い人間に出くわさないよう気をつけながら、あふれる餌をたらふく食べる。
腕や根を伸ばすようにして、体はどんどん育つ。
距離があっても視認できる大きさまで、あっという間だった。
『最近あの子くたびれてきたねぇ。病気しなきゃいいけど』
『町はずれの獣人たち、物が捨てられない、タメコミ病だってさ』
『この前、街道で潰れとったんじゃ。あれ何て魔獣かの?』
ちょっとした餌場とはいえ、行く先々で手に入る情報に魔物はご機嫌だった。
当初めざしていた麦畑への道を外れ、いつの間にか、平原に挟まれた遮蔽物のない街道にまで体が伸びていても、気にならない。
ファンガイの腹は常に満たされ、何度も身体を切り離すほどの育ちざかりだ。
コアの瞬間移動もできるようになった今、好物を最後まで残しておく派に急ぐ必要はない。
膨れ上がる体の中を自由気ままに行き来し、気づかれないよう人間に近づいた。
白や緑、青や黒など、色とりどりの仲間が喜ぶ餌場情報を集めるためだ。
欲をいえば特別な仲間を喜ばせる大物の情報がほしい。そう思っていたところに、おあつらえ向きな単語が聞こえた。
「……で、鹿がい……ま……」
《鹿! ミズタマ、ヨロコブ。鹿、ドコダ?》
貴重な情報を小耳に挟んだファンガイのコアは村を離れ、遠くで成長を続けていた体の先端に移動する。
忍び寄った先には、隠れて盗み見るのにうってつけな岩群があった。
組んだ岩と岩の間から、人間の雌がなにやら会話を楽しんでいる様子が見える。
鹿という単語が何度も出てくる一方で、肝心な居場所の情報がなかなか出てこない。
ファンガイは無意識にどんどん身を乗り出していた。
「そんなにたくさん? どこにいたか覚えてる?」
「はい。――しかしシカ市には鹿しかいない。しかもカシカシとしカモシカはしかと死海をシカトし菓子しか敷かずし……」
「シュカ」
細胞に染み込む声が、気合を入れて重要そうな情報を紡ぐ。
ファンガイの頭はフル回転していた。
《シカ市、カシカシ都市、ドコダ? 鴨鹿、ドッチ? 死海、キケン、シカト。菓子、ミンナ、ヨロコブ。ドコ? シカ市? シカズ市? ――ア、モヒトリ、カンダ》
アナウンサーの早くない早口文に続いたアリアは、決して噛んだわけではない。
その証拠に、名前を呼ばれた歩く魔魚がミニチュアから飛びだした。
希少な情報に食いついたファンガイは、岩を覆いつくすほど前のめりになり、無防備にコアをさらしている。
とはいえ、昔、コリドラに体をブチ破られ、ブチ壊されても問題なかった。
かじられた経験もあるので自分からは近づかないが、コリドラに近づかれても、怒らせなければブチ殺されないと知っている。
弱い人間が赤コリを召喚したなど思いもしないファンガイは焦らない。
《マ魚、キタ。ウタ、ナイ。……肉。ミンナ、ヨロコブ。コッ……ン?》
せっかくならと、アリアはコアに向けた人差し指を横に振り、指揮官の快感を味わおうとする。
右を狙って、左を狙って。
「コアを狙って!」
アリアの指示が聞こえた途端、キョロキョロしていた赤コリがファンガイに向けて炎を噴く。
《アッ――……》
胞子が燃える。
細胞が縮む。
コアも瞬時に焼き尽くされた。
「赤コリが負けるはずなし」
『モキュッ』
勝ち誇った目つきのシュカがお決まりの胸張りポーズを決め、どや顔のアリアに駆け寄る。
平和な生活を脅かし、終わりなき鬼ごっこを始めるかと思われたカビの魔物の、あまりにもあっけない最後。
討伐に一役買ったアナウンサーも、感想を述べるのに十数秒は必要だった。
「――す、すごいです。なんというか、こんな討伐になるなんて……驚きを隠せません。まだまだ呪文の残りがありましたが、早々に倒してくださって助かりました」
言葉を選んでいる様子の彼女に、アリアは的外れな励ましを送る。
「ちょっと考えるけど、考えたらわかる微妙な言い回しで、餌場の把握に時間をかけさせるのがコツ。職業柄くわしそうだし、次のファンガイが現れても、討伐できますね」
「いえ、コアが壊せな――はっ、赤コリ。今からでもコリドラの歌を歌うべきですかっ?」
辺境で生まれ育った彼女は慌ててアリアの腕に抱き着く。
「この子は人懐っこいので大丈夫。アナウンサーさんも、えと、マトさんもご協力ありがとうございました。緊張していても、聞くモノにしっかりとニュアンスまで伝わる口調。ファンになりました」
「コリドラ使いさま……」
注目の的になりたいアナウンサーには、まだファンが少ない。
キラキラした目で見つめられたアリアは、危険が潜む場所で輝く現場リポーターの素質をマトに感じていた。至近距離の赤コリに驚きはしても、彼女は転移して逃げなかったのだ。
「――さ、残りの赤カビを皆で消毒しましょう。ちょっと早い大掃除だと思って……」
コアを倒しても、残された体を放置しては元の木阿弥。
膝や腰どころか指まで、体中のほぼ全ての関節が悲鳴をあげる時間が、これから始まる。
腕まくりをするアリアの横に、映像転送係と一緒に隠れていたユーリウスが現れた。
「お疲れ様です。あとは現地の者に任せてください」
ファンガイよけで近隣の集落を囲んでいた腕自慢たちを筆頭に、十分な人数へ後片付けを依頼済み。
ユーリウスは遺跡の組石に似た岩たちを、さっさとミニチュアに収納していく。
まくった袖を元に戻したアリアは、気ままに燃やしたファンガイの残骸をモフモフ食べている赤コリに眉をひそめる。
「あぁ、もう、また。変なもの食べて。ぺっ、して。ペッ」
心配して止めるアリアの前で、なおも続くモフモフ食い。
眉をつりあげ凝視するアリアに、『もきゅぅ』とあざとく、上目づかいの赤コリが鳴いた。
食べているのは、カビの魔物。
百害あって一利なし。
口に入れたモノを片っ端から出口に直行させてもマイナスでしかない。
「もう、お腹痛くなったら我慢せず白コリに治してもらってよ」
アリアが説得を諦めると、赤コリは顔を上げてビシっと胸ビレで立ち、すかさず食事を再開した。
エラからポロポロでるはずの、口に入れ過ぎた餌や砂などの不純物が見当たらない。
「返事だけが優等生で、砂こし忘れてない? ……心配だわ。やっぱり一緒に里帰りしたほうが……」
「砂こし忘れ、それはただちに問題を引き起こす状態でしょうか?」
素人目にも魔魚は元気に見える。
「食欲があってヒゲの状態もいいので、そこまででは……」
頷く仕草をする赤コリが、わざとらしくヒレと名の付くすべての部位をピンと張る。
不調のコリドラはヒレを畳む傾向があるので、まるで子供の病院いかなくて大丈夫アピールだ。
赤コリの行動は意味不明でも、ユーリウスは城に住む竜に関しての知識が深い。
帝都に大雨を降らせた不穏な雲が遠くから近づいてくる。
それすら、しびれを切らしたドラゴンの催促に彼は感じられた。
「殿下と準備中のミニチュアが完成間近でしたよね? コリドラ勢ぞろいでの再会は、もう間もなくです。今日のところは立役者の赤コリに免じて、城へお帰りください。殿下たちが心配しているはずです」
そうして、役目を果たしたアリアたちは解散した。
*** あくまでファンタジーの話です ***
本物のコリドラス(熱帯魚)が好んでカビを食べることはないと思いますが、古いエサによる体調不良や水質悪化にはお気を付けください。




