古代魔生物 ②
「やくたたず……」
アリアを魅了する気満々だったドュレイグの心を、初耳の評価がえぐる。
「強くてカッコよすぎるからダメなんです」
肩を落とす竜の鱗を撫でたアリアは、偶然にも落として上げる高等テクニックを使った。
初めてゆえの相乗効果により、ドュレイグの中で彼女への好感度が跳ね上がる。
「この魔生物の討伐に関してだけは私の方が役に立つくらいで……」
「しかし野戦に持ち込み、一気に焼き払ってしまえばいいだろう?」
「強い人や魔法使いはコアに近づけません、よね?」
アリアのパスを受け、まだ緊張した様子のハルムが申し訳なさそうに続ける。
「生命維持が困難になりそうだと感じたら、核は一瞬で逃げます。魔生物狂いと呼ばれる我々でさえ、殿下がたに近づくには相当の覚悟と勇気が必要ですから……」
魔生物をあつかう部署の人なら、呪われた皇子たちにも普通に接してきただろうと思っていたアリアの思考が一瞬、止まる。
けれど、好きなカテゴリーに属していても受け入れが難しい例外はいるな、と納得して話に戻った。
「きっとディー様たちに気づいた瞬間か、遠距離攻撃が届く前に逃げます。そうなると倒せるのはコアがなくなった部分だけで」
「相手を削っていくのも立派な戦略ではないか?」
「ファンガイの場合はキリがありません。ね? ハルムさん」
「逃亡先どころか全体像がつかめません。魔の森に逃げてくれたとしてもその事実はこちらでは確認できず、延々と別の区域へ逃げられた場合、追うこちらがジリ貧する可能性が高いです」
「新しいコアが生まれるには、それなりの時間が必要ですよね?」
「その通り。コアなしの体は、浄化効果の高い光や水で後から一気に個別対応したほうが取りこぼしも少なく、二次被害も防げるかと」
自身に気後れしないアリアを経由してドュレイグが疑問や提案を投げ、彼女の答えに補足する形でハルムが知識を披露する。そんな流れが自然とできあがっていた。
「そういえば、ファンガイは人間の会話に興味があるのか、人間生活をのぞいてません?」
知っていそうな、または推測できそうな内容でも、アリアは専門家の顔を立てながら会話を回す。
未だにドラゴンの前で尻込みしてしまうハルムは、彼女の気遣いに感謝している。
「それは次の潜伏先や獲物に関する情報を得るためですね。討伐する気のない無害な人間には、いつの間にか忍び寄ります。奴らは敵を見た目で判断しつつも、見た目だけに惑わされません」
アリアが興味深そうに相づちを打つ。
「例えば、刃物と網を装備した厳つい顔の大男が、虫も殺さぬ花屋だと理解できる知能と情報収集能力があります」
ドラゴンや帝国の双璧は、外見も能力も桁違いにコワい。ファンガイが逃げないわけがない。
「……ですので、緑色のコアを討伐した経験のある私のほうが、ディー様たちよりも戦えます。……足止めの呪文は完璧に言えませんでしたけど」
「呪文はご自分でお作りに? トドメは何で刺しましたか?」
うなずくアリアの手を取ったハルムは興奮した様子で身を乗り出し、自身の顔を彼女の顔に近づける。
「度数が超高いお酒をぶっかけました」
「……その呪文は魔法ではないのか?」
唐突に、ハルムは目線の鋭さが増した竜に低い声で話しかけられた。
なんとか体が固まる前にアリアの手を離したが、すぐには口が動かず声も出ない。
「コアの気を引き、足止めするための呪文なので、魔力は不要です」
「足止めできたとして、肝心のトドメはどうする? 箱庭球に閉じ込めて球ごとコアを廃棄してみるか?」
転移陣と並ぶ、この世界を支える偉大な発明品。
球体の中に物を縮小して入れたり、生き物が住める別空間として使用したり。ピンからキリまでの値段ごとに、使い道はたくさんある。
「無害判定を受けた人でも、ファンガイに触れるのは難しいでしょう。投げたところで……」
転移陣を組み合わせない限り、球が収納する対象に触れなくては無意味。
コアの硬さによっては、ミニチュアのほうが壊れてしまう可能性も高い。
「そもそもミニチュア内からも、ファンガイ・ネットワークで逃げられますか?」
「未知数です」
問いかけのおかげで正気に戻ったハルムは、男たちが思いついた討伐方法をアリアと阿吽の呼吸で精査していく。
ファンガイ討伐のため、転移陣を介して遠距離攻撃をする方法が提案されると、
「地面に設置するなら、踏ませる必要がありますよね……」
「あれ程のビビりが相手では、我々研究者でも動きやタイミングを読むのが難しいでしょう。転移陣が大きすぎても、多すぎても警戒されると思います」
携帯型の転移陣でターゲットに照準を合わせる案では、戦闘経験のない人間が先鋒に選ばれる可能性が高く、却下まで早かった。
「陣の角度がズレて攻撃がヒットしないかも……」
「大きな炎などは所持者にもダメージが……」
水魔法での攻撃は、効果的な量と勢いの調整が困難だろうという判断で没になった。
「水量が少なすぎれば逆効果。多すぎれば、暴れる消火ホースに翻弄される素人の出来上がりね……」
ハルムがアリアの言葉にきょとんとする。
「消化のための水をホースに通すんですか?」
「防火水槽に転移陣がない場所では」
「当然、消化用の水が入ったミニチュアなんて……」
「ない場所です」
「……私、帝都生まれで良かったです」
ドュレイグとユーリウスを置いてけぼりにした議論の結果、少女二人は結論に至った。
「――やっぱり、逃げ隠れできないよう奴らを足止めしつつ」
「警戒されない人が直接攻撃して、コアを破壊するしかないと思われます」
「しかし、そんな能力者からは一目散に逃げるんですよね?」
冷静沈着なユーリウスの確認に、室内がしんとなる。
八方ふさがりの一同をよそに、アリアは得意げに微笑む。
ファンガイを追い払わず、コアを破壊できる腕利きに心当たりがあるのだ。
「ディー様、転移陣とミニチュアの使用許可をいただけるなら、私が適任者を召喚します」
「ファンガイの前でか? 私以外を転移させるつもりなら許可できない」
竜を召喚するなら許すと言いたげだ。
「すいた鬣持ってるだけでも、脊髄反射で逃げられますって。諦めてください」
「弱い者なら守れないどころか、自爆もありえる。アリアが傷つく可能性が少しでもあるのなら、ファンガイを世界の果てまで追いかけ、少しずつ削りながら討伐した方がマシだ」
見たくもない光景を想像してしまったドュレイグは目を閉じ、アリアの存在を確かめるかのように首筋にすりよると、額を押し付けた。
年頃の娘でもある魔物の権威は食い入るように見つめる。
ドラゴンの行動が求愛なのか所有権の主張なのか気になる彼女とは違い、肝心の婚約者は鈍感きわまりない。
ぽんぽんと竜を撫でるアリアの手つきは、人参を催促する馬の横面を優しく叩く気安さ。
「絶対に私に当てない子なので、心配しなくて大丈夫です」
「……そうか」
ドュレイグはアリアが討伐に向かうことを渋々受け入れた。
けろっとしたアリアに竜が何かを諦めた響きの声を出すと、先ほどまでハルムを悩ませていた威圧感がほとんど消える。
「アリア嬢、念のため新たに長めの呪文を作った方が確実です。既存のものには耐性がついている可能性も捨てきれません」
「捻り出します。任せてください」
「詠唱者にも完璧が求められますね」
「ハルムさん言えそうですか?」
「いえ、絶対に噛みます。途中で自分でも何を言っているのかわからなくなり、ファンガイも興ざめして逃げてしまうはず……」
アリアは難しい顔で同意する。
「私に手配できないモノは、ほぼ無いが?」
少しでも活躍したかったドュレイグは、今度こそアリアに尊敬する目で見てもらえた。
「人畜無害で活舌がすばらしい、魔力のない人を探してください」




