古代魔生物 ① (セリフ少ないな、主人公たち碌に会話しないなと思い、やらかしました……)
どんどん背を伸ばす白い塊が、地上をのぞき込んだ。
行き場を失った頭が風に流され、広大な城の敷地を飲みこむように影を落としていく。
光が届かなくなった雲の根本は早くも不穏な灰色に。
「失礼しますっ、辺境エリアで緊急事態発生です」
「もうコリドラたちが暴れ始めたんですか⁉」
「そんな天災レベルの魔獣害の予定が⁉」
息を切らせて不測の事態を知らせに来た役人のほうが目を見開き、唇の端が切れるほど大きく口を開けた。
窓越しに落ちた雷が人影の間に亀裂を生んだ。
はっきりとできた陰影が役人の顔の凹凸と表情を際立たせる。
勢いよく降りだした雨でも、誰かの耳に届いた言葉は水に流せない。
「……違うならいいんです。続けてください」
執務中のドュレイグの鬣を梳いていたアリアは櫛を置いた。
「アリア嬢の故郷へ続く街道の一つに古代魔生物が出現し、いくつかの村や町を飲みこみ始めています」
別途連絡を受けたユーリウスが本題を切り出すと、コリドラ暴走の予感に気を取られてしまった役人が現在進行形の事態を思い出す。
「殿下っ、被害は刻々と拡大中です。ある村では食料が尽き、病人の数も増え続けています。進行方向にある農地も壊滅のおそれが……」
「もちろん解決や支援への尽力は惜しまない。ただこういったことは皇帝陛下の管轄だろう?」
城内で働くために雇われた者は異形への耐性が元々高めか、業務を重ねる間に自然と身に着ける者が多い。
それでも、ただそこに存在するだけで、人間を本能的に畏怖させてしまうドラゴンには、用無き人はまず近づいてこない。
解呪されて久しい皇帝とその側近たちの陣頭指揮で解決したほうが、緊急業務に当たる者たちの精神的ダメージも少なくて済む。
「辺境伯家との協力の必要性を鑑み、ご令嬢と共にある殿下に任せるとのことです」
共にある――。たとえ物理的な距離が近いというだけの意味だとわかっていても、支え合う心理的つながりの意味に脳内変換したドュレイグにとっては心をくすぐる良き響きとなった。
「辺境伯へすぐに連絡を。専門家と現場の映像も回してくれ」
◇◆◇
魔物に詳しい人間と一抱えもある箱庭球を届けた伝令は、第一皇子の指示を伝える役割をユーリウスに託し去っていった。
ドュレイグの隣で、現場から転移させた映像を保存し映し出す球を覗き込んだアリアは顔色を変える。
「こ、こいつは……コア持ちのファンガイ。厄介なのが出ましたね」
名前から受ける印象とは裏腹に、見つけた人をたいてい楽しくない事態に陥らせる魔生物だ。
遠目ではブヨブヨにも見える赤い塊はゆっくりと進み、その輪郭を逐一変える。
「そうとう手強いのか?」
「はい、白・青・緑ならまだしも……赤はけっこうヤバイです。いえ、黒や斑でないだけマシとも言えますが」
ファンガイの色ごとのヤバさ判定は、ほぼコリドラの色別危険度と同じだが、魔魚と同様、人間に喜ばれる個体もいる。
といっても、状況次第でどいつもヤバイ。
野生のモノには近づかず、つつかずが鉄則。舐めてはいけない。
「基本はコリドラ同様。色に関係なく怖い存在です。小型のヤツが視察先で出た時は、私も叫んで泣きました」
「そんなにか……」
異形や魔獣に動じないアリアのものとは思えない反応を聞いたドュレイグは事の深刻さを噛みしめる。
遅かれ早かれただ去っていくコリドラとは違い、餌を食べて育ったファンガイは身体の一部を本体から切り離して置いて行く。
それが第二、第三のファンガイを生む。
もしも自分たちの生活圏で発生してしまったら、人類は逃げずに立ち向かうしかないやっかいさ。
「幸いなことに、民間療法からプロの技まで、奴らを寄せ付けない、もしくは早期討伐する方法は伝わっていますので、早めの対処が肝心です」
「今回の規模だと最悪の場合、死者が出かねませんが、今ならまだなんとか……」
希望を失わないアリアの返しに、黒い花の一件で面識ができた魔生物の若き権威、ハルムの深刻な表情がやや緩む。
第一皇子に説明する間も、ハルムはアリアを一心に見つめた。
聞いてくれる相手を前にした高揚感も手伝い、熱中しすぎた彼女は一気にまくしたてる。
「餌を食べ、大きくなっていく魔物なのですが、体の一部を切り離して分裂したとしても、新たにコアが発生するまで増殖したとは定義されません。では何故せっかく育った身体の一部を置いていくかというと、切り離した一部とコアにはなんらかの繋がりが残っており、他の個体とコミュニケーションをとったり、緊急時の避難場所に使用しているのです。コアのある別個体に移動した事例も報告されており、そのテレポーテーションや転移に通ずる原理はぜひとも研究してみたいのですが、コアの多くは魔の森に隠れ住んでいるせいで我々では手が出せず、残念でなりませ――」
「ハルムさん」
ファンガイ情報から愚痴になりかけたところで、アリアがストップをかける。
「――はっ、えぇと、その逃げ足の速さでファンガイは生き残り、古代魔生物と呼ばれるようになりました」
様子を伺うハルムにアリアが頷き、続きをうながす。
「……複数世帯に被害をもたらすような個体は、人間の生息エリアでは滅多に確認されません」
「そうなると、追い立てて魔の森に逃がすことも選択肢に入りますね。一度森に逃げ込んだら他の個体同様、基本的には出てこないのでしょう?」
ユーリウスの案にハルムは難色を示す。
「コアが移動する先は予測不可能です。うまく歩かせたとしても、魔の森までの道中に人家があれば、食料や家財どころか、家すら諦めることになりかねません」
「替えのきく財産や寝床は後から補填することが可能です。あえて餌を辿らせ魔物自身に森まで移動させては?」
淡々とユーリウスは合理的な案を出す。
「いや、情緒的価値は一度失ってしまえばどうしようもない。民のためにも被害は最小にとどめるべきだ。何とか次の集落へ行く前に討伐しよう」
「それがいいです! すでに被害にあった住人にはアフターケアも必要です」
為政者として民の心情にも配慮するドュレイグの姿勢は――皇帝選びが投票制ならアリアからの票をもらえるほどに――彼女の心に響いた。
「最適な討伐方法は?」
『足止めし、コアごと燃やすべし』
古書から抜き出したセリフが完璧にそろったアリアとハルムは、手を取り合ってお互いの知識を褒め称える。
魔生物に関してさほど詳しくないドュレイグとユーリウスは討伐隊の選抜を始めた。
「辺境伯と南の将軍にも声をかけ、二人で討伐に向かってもらいますか?」
「そうだな、場合によっては私も出よう」
帝国が誇る最高戦力たち、誰か一人でも投入すればたいていの討伐地で過剰戦力になる。
どっしり構えて簡単には動かない皇帝も、ドュレイグの機動力と戦闘力が必要となる場面を考慮したのかもしれない――とか考えていそうな第一皇子を、アリアは歯に詰まった物を舌で取ろうとしている時の顔で見ていた。
アリアと同様の心境ながら、魔物のエキスパートには表情に出す度胸はない。
「あのぅ。よろしいでしょうか? なんと言いますか、お三方にはご遠慮いただきたく」
首をすくめて体を縮こませたハルムは目をつぶり、申し訳程度に右手を挙げている。
「なぜだ?」
ドュレイグは水をさしたハルムではなくアリアに疑問を投げかけた。そうでなくとも居心地が悪そうな専門家に代わり、アリアがばっさりと解雇通知を出す。
「ファンガイ討伐が目的ならお兄様たちは役に立ちません。ディー様ともどもむしろ足手まといです」
生まれて初めての評価に耳を疑い目を見開いたドラゴンは、アリアにいいところを見せる気満々だっただけにダメージが大きい。
「私たちが、役立たず……」




