城へ ひとっ飛び ~~異形が迫りくる画廊へ~~
ドサッ――。
ガヤガヤとした中でも何かが床に落ちた音は、目の前で次々と姿を消す人々よりも、よっぽど人目を集めた。
「持ち込み違反物です」
制服に身を包んだ役人が事務的に袋の中身を確認する。
「発酵させた魔獣肉は、衛生面の観点から、持ち込みに特別許可が必要です」
淡々と告げられた初老の女性は焦った様子で説得を試みる。
「えぇ……? お肉がダメだなんて知らなかったのよ……。息子に郷土料理を食べさせてあげたくて。今日中には全部食べちゃうから。それなら大丈夫でしょ? ね?」
すがる女性ににべもなく、このままでは入都不可だと役人は違反物の入った袋を返し、無情にも出口へと手を向ける。
「念のためお伝えしておきます。不法投棄には罰金刑ですので」
円滑なエスコートのためか、これ見よがしに武装した別の役人が二人に近づく。
「そんなっ、入れないと困るわ。絶対に」
女性は二人分の圧で押し返されそうになっていたが、実際に体を押されているわけではないので踏み止まり、渋々お肉を諦めた。
「では没収後こちらで廃棄します。――はい、進んでください」
意気消沈の女性は同様の検査を通過した人々の波に交じる。けれど後ろ髪を引かれるのか何度も振り返りながら奥へと向かい、一瞬で姿を消した。
前世の空港での一幕に似ているが、セキュリティチェックに使っているのは機械ではない。
床に描かれた大小の転移陣たち。
転移させるモノの可否を細かに設定可能なため、移動手段としてだけでなく荷物検査にも最適だ。
体内に隠された違反物をも検知し、入口の陣に残す優れもの。
千年以上の歴史を誇る帝都はぐるりと高い塀に囲まれている。
城郭都市に入るためには入国審査並みの手続きが必要だ。
塀の各所をくり抜いた袋小路の門は見上げれば首が、歩き回れば脚が痛くなる大きさで、まず通り抜けできない。
待ち時間短縮のためなら金を積むのを厭わない貴族用の門もあるが、しがない貴族のアリアは一般市民御用達の列に加わった。
入り口付近に並ぶカウンターのどれかで入都を認めてもらい、中央で保安検査をパスすれば、最奥に設置された大きな転移陣で帝都内へと移動できる。
基本的には流れ作業であることと、門が開いた直後なおかげか、列の進みは思ったよりも早い。
前世では海外旅行中に立ち寄ったなんの変哲もないスーパーでさえ、数時間は潰せるフォトスポットだったのだ。
消えては一瞬で数歩先に現れる人々を眺めたり、漏れ聞こえてくる会話を聞いていると、待ち時間も気にならなかった。
「次!」
順番が回ってきたカウンターを担当するのは愛想のない中年男性だ。
頬杖をつき、ペンを回す彼はちらりとアリアの顔を見ただけで視線をカウンターの死角部分に移した。
「何の目的で?」
「お城に呼ばれてます」
疑しげな目つきで見てくる役人が手を無言で差し出す。
望む物はこれだろうと身分証明書と召喚状を重ねて渡すと、すぐに彼は目を瞠った。
「こ、これは……」
彼は確認を終えた書類をすぐさま背後の同僚に渡す。書類が転移したのを見届け、一拍置くと、くるりとアリアに向き直る。
「帝城への直通転移陣がご利用可能でございます。いかがなさいますか?」
渾身の笑顔の役人は、別人かと思うくらい態度と口調が丁寧になった。
あまりの変わりようにアリアは眼を上向きに弧を描くように動かしたが、文句はない。
「お願いします」
「現在の、城への持ち込み禁止物は、こちらに記載されております。何かお荷物になる物があれば、お預かりすることも可能です」
持ち込み不可なのは、許可のない――危険物(刃物類・火薬類・毒薬類)、魔石、盗品、生き物、腐敗物および死体、鱗……。
念のため、一個一個リストにある物を確認していくが、アリアは該当する品を持っていない。
「問題ありません」
「では、ここからは私がご案内いたしますね」
いかにも仕事ができそうな雰囲気の妙齢女性が、没収されたかに思えた身分証と召喚状を持って職員専用の扉から出てくる。
二度と通されることがないであろう別室へとアリアは丁寧に案内された。
◇◆◇
「ようこそ。アリア嬢。臣下一同、貴女様のお越しをお待ちしておりました」
皮肉だろうか、定型文だろうか。
どちらにせよ一応は歓迎してくれている。
声と表情に感情が乏しい男性は、若いながらも見るからに身分か役職、またはその両方が高いとわかる服装と雰囲気だ。
自己紹介の際に聞こえた名字と、そんな彼の旋毛を下に見たことに戦慄しつつも、頭を下げて挨拶を返したアリアは何とか動揺を隠す。
城への転移時にチェック済みとはいえ、これから至近距離で帝族に対面するアリアの携帯品は目視確認も必要だった。
帝族に縁続ぎの公爵家嫡男が迎えに現れると、ちょうどトレーに乗せられた所持品たちが返された。
「失礼ですが、それらは?」
感情の読めない目線の先には複数の白い小さな布切れ。
個人用にしては数が多いし、プレゼントにしては質素につきる。
「念のための備えです」
にっこり笑って財布と一緒にポシェットへ収めれば、それ以上つっこまれることはなかった。
「殿下との面会予定を早めることも可能ですが……」
「いえっ、お気遣いなく」
「お時間までお部屋でゆっくりされますか?」
「できればお城を見て回りたいです。面会場所への移動ついでに……あ、画廊は絶対に外せません」
快諾し踵を返した案内人の後ろを歩く。
成人祝いのための登城時は、侮辱罪が存在せず、どんな服装や言動でもつまみ出されない。
そのはずだが、アリアは「さすがに市井に馴染むワンピースはダメかも」と少し心配していた。
城を出た足で帝都をぶらりと楽しむ予定だ。二度も三度も着替えることは時間と体力の無駄でしかない。
万が一着替えを求められた場合に備え、侍女服を貸してもらう魂胆で早めに入城した。
約束よりもずっと早い到着時間にも服装にも文句一つ出ない。
すれ違う人たちも、アリアに気づくと立ち止まり会釈をするだけで話かけてはこない。
「本当に今日は気楽に構えて大丈夫なのね」
「はい。皇帝一家とも気兼ねなくお話ください」
呟いたアリアは別段返事を求めていなかったが、確認事項だと思われたのか、御咎めなしの言質を個人的に得た。
「例え、贈り物の前後で取り乱して帝族へ罵詈雑言を吐いても、罪には問われません。もし女性にあるまじき粗相をしたとしても、そもそもそんなことはなかったとされ、噂にもなりません」
ただの例えなのか、本当にあった話なのか詳細が気になる。
斜め後ろから凝視してみても、仕事を放棄している表情筋が相手では梨の礫。
アリアは潔く諦め、散策に集中した。
塵一つなく整っている城には花殻さえも見当たらない。
風が舞い花が歌う庭園に、何かが香ばしく焼ける匂いが漂ってきた。
朝食を済ませたアリアでさえも思わず厨房を探しそうになったが、正体を突き止めたところで購入できるわけでもなし、と頭を振る。
「お昼は奮発してデザートも食べよっと。それよりも初志貫徹よね。――ユーリウス様、呪いが解ける前の姿絵が拝見できるのは画廊のみでしょうか?」
アリアはスカートの裾をふくらませ、くるりと振り向いた。
高貴な案内人は気を使ったのか、いつの間にか彼女の一歩斜め後ろにいる。
勝手気ままなアリアが背後で急に立ち止まろうが、速足になって追い越こそうが、声もかけずに庭先へ出ても、彼は無反応だった。
「その通りです」
「全てを見るのに数日はかかると聞きました」
「そのくらいは必要でしょう。呪われた皇子たちの数が絵の数ですので」
「楽しみです」
城には貴重な絵がたくさん飾られている。
お目当ての作品を堪能して帰る気満々のアリアだが、減るばかりの自由時間への焦りはない。
目指す金山は目的地の手前。
一点ずつじっくり見れたら最高だが、一瞬でも記憶に残れば後で何日でも眺める方法がある。
少し我慢すれば大丈夫と、謁見の間へ伸びる回廊をのんびり歩く。
今日を過ぎれば帝城を訪ねる予定はない。絵だけでなく城を眺めたくなるのも当然のこと。
「早めの面会断った私、英断だった」
自画自賛中の彼女の足取りは軽やか。呪われし存在への怯えはない。
むしろ口元が少しニヨニヨしており、人目がなければ鼻歌でも披露しているところだ。
表情を引き締めるのに苦戦中のアリアの頭は、城を彩る様々なものと、城を去った後のことでいっぱいだった。
帝都を初めて観光でき、寄り道して帰れば珍しい生き物も探せる。
自分の領地が大好きなアリアだが――重い腰を上げさえすれば――旅も好きだ。
皇帝一家とはもちろん初対面。
数分会っただけでは好意を持たれようがなく、これほど贈り物を先延ばしにしたのだから心象も悪いはず。
贈り物を待たせて申し訳ない気はするが、アリア本人は自分が助けになるとはこれっぽっちも思っていない。
慣例とはいえ待った方が悪いと、心の中では開き直っていた。
「ふふふ、足止めされる要素は皆無」
そう自信たっぷりに呟いたくせに、舌の根も乾かぬ内に歩を止めた。
「ぁ、ぁああ……目論見が甘かった。ここに泊まりたい……」
ため息混じりに本心が漏れる。
画廊の両壁にびっしりと飾られた異形の絵たち。
歴代の皇子数に対して明らかに壁のスペースが小さい。
期間ごとに展示している絵が変わるのなら、今日見られなくともまだ諦めがついた。
もっと早くに来ていたら、もっと多く見られたという事実が辛い。
絵の展示は回転式だった。
天井と壁の境目から現れ下へゆっくりと移動し、見やすい位置まで降りてくる。
ただ、そこで止まりも、床の上に残りもしない。
順番を待つ他の絵に場所を譲るため、無情にも床と壁の隙間に入るようにして消えていく。
いつまた同じ絵が現れるかわからない。
これなら確かに数日かかるのも納得。数時間で全部を見るなど、無謀というより物理的に不可能だった。
床に這いつくばりかねない体勢のアリアは、姿を消しつつあった異形たちを見逃さないよう注視し、壁に沿って画廊をぐるり。
確認し終わり一息つくと、目線の高さの絵たちをじっくり観る作戦に切り替える。
技巧をこらした芸術作品を眺める瞳は輝き、一体一体をしげしげと眺めるほどに口元が自然と緩む。
ここに飾られる歴代帝族の絵には、いかなる手心も加えられていない。
歴代帝族の中には、身内でも目を逸らした容貌の者がいた。
彼女にとっては宝の山でも、見る者によっては地獄の入口もかくや。化け物に追われる感覚を味わい、トラウマを抱えて帰る者もいるらしい。
「現皇帝一家の絵が出てきましたね」
静かに見守っていた案内人の声と視線を追いかける。
幼い竜の姿を見たアリアの胸は高鳴り、口づける瞬間が待ち遠しくなった。
「か、かわいすぎる……あれは何才頃の――」
無意識に背伸びするアリアの口からは、思いつく限りの質問が飛び出す。
皇子たちの従叔父は律儀に答え、絵の中の親戚や先祖に関して時間の許す限り解説をするはめに。
ユーリウスの案内から解説まで、アリアには身に余る光栄だ。
当然、訳がある。
元々4話目で書いていた画廊での内容をこちらにまとめました。(2026/10/11)




