幸せの青い魚と帝都へ 《←←←進展がゆっくりなので、仲睦まじく暮らす未来シーンの一部を頭に追加しました。2026/10/2》
恋愛ジャンルでいいのか心配になりまして……「こんな関係になります」と予告みたいなシーンを足しました。
◇◆◇ 以下は大きな変更なしです。
数刻後、初めて逢う皇子に口づけを贈る。
異形に会える喜びに心躍るアリアは、幸せの青い魚にまたがり風を切って帝都の門をめざしていた。
……はずが、通い慣れた森にいると気づく。
「幸せの青い魚って、どういうこと? 魔の森がなんの臭いもしないのは、うれしいけどおかしい。もうすぐ逢えるはずだったのに――」
違和感の理由はわかっている気がするのに、肝心なところで雲をつかむようになり、その正体をはっきりさせられない。
もどかしさを振り払おうと周囲を見渡している間に、こじんまりとした北欧風の家を通りすぎる。
いやに顔だけがはっきりとした人影が、室内から手を振った。
城で待つ夫だ。
一瞬 顔を見ただけで愛しさがあふれ出し、どんどん遠ざかる距離にアリアの胸が切なくなる。
「……様っ」
名前を呼べど、声になった気がしない。彼女の胸は締め付けられた。
――口角がわずかに下がるだけで、夫なら理由を聞きに追いかけてくる。
旅の相棒も、いつもなら異変を感じとって気遣ってくれる。
「止まって。家に帰りたいっ、家族が待ってるっ」
どんどん不安になるアリアは叫んだ。
すると、先ほど通り過ぎたはずの家が、ぼやけた光の中に現れた。
逃げる青いボールを追いかけ、大きな魚たちと庭を駆け回る楽しそうな犬の姿も見える。
「違う、フェナリスはオオカミ!」
大事なことなのでしっかりとツッコミを入れると、急にアリアの意識がはっきりとした。
まどろんでいた彼女は静かに息を吐く。
混じり合った記憶が支離滅裂だったおかげで、瞬きを一つする間に夢だったのだとわかる。
夢の始りは、一人で帝都にやって来た日。
アリアと皇子が結婚するとは、当人たちでさえ思ってもいなかった。
思い描いていた未来とは違っても、今はこれ以上はないというほど、幸せだ。
夫だけでなく義理の兄弟たちの呪いも解け、義両親にも可愛がってもらっている。
新種の生き物探しの旅は出来ずとも、絵に描いたような毎日に文句のつけようがない。
夢への苛立ちを消すように指で眉間をなぞるアリアの隣で、複数の寝息が聞こえる。
握りしめたモフモフの丸いクモをしゃぶる金髪の子に、優しい顔立ちのよく似た茶髪の子が寄り添い眠っていた。
くわえてきた青い球を二人の頭のそばに置いたオオカミも、隙間を見つけて丸くなる。
「みんなで集まっておねむ、可愛すぎる――」
片っ端からキスしまくりたいアリアだが、寝た子を起こすな、である。
つば広帽子をボールにかぶせ、二人分のおでこに影ができただけで満足しておく。
休憩がてら様子を見に来た夫がアリアに声をかける。
「二番目が昼寝なんて珍しいな」
「思いっきり走れなくなった私の分まで、ずっとみんなと遊んでたから当然よ」
彼は静かに、寝ている集団とは反対側に座ると、足をさするアリアを抱き寄せ、流れるように、こめかみに口づける。
「……眉が寄っていたみたいだな。どうした? 日差しがきつかったか?」
ささいな変化も見逃さない夫に顔を覗きこまれたアリアは、やはり、夢はおかしかったと再確認した。
彼の精悍な美貌には優しい雰囲気がなく、多くの者は近寄りがたいと感じるらしい。
しかし、無防備な彼の笑顔や寝顔は、そばで眠る愛らしい二人にそっくりだとアリアは知っている。
夫に安心してもらおうと、目と鼻の先にあった頬の反対側へ手を伸ばす。
キスを贈ったアリアの唇は頬を離れても彼の耳元を離れない。
「うたた寝中に見た、贈り物をしに来た時の夢が変で、気疲れしちゃった」
「ではベッドでしっかり休むべきだ。――フェナリス、みんなを頼んだぞ」
家に入れば妻を独占できると知っている夫は、寝たふりをしていたオオカミの頭を撫でた。「またか」と言いたげに開いた片目もなんのその、嬉しそうにアリアを抱き上げ寝室へと急ぐ。
ベッドの上でアリアが横向きになると、背中を支えていた逞しい左腕が上に移動する。薄めの枕が彼女好みの高さになった。
そのまま後ろから抱きしめる形で夫も寝転ぶ。
彼のもう片方の手はアリアの髪を軽く梳かし首筋を撫でていった後、お腹の上に落ち着いている。
無意識に息をゆっくりと吐いたアリアの体から自然と力が抜けた。
「そういえば、アリアが私に逢いに来た日のことは、詳しく聞いたことがなかったな」
「そうだった?」
彼ならアリアを出迎えた役人たちや側近たちに、彼はとっくの昔に聞き出していそうなものなのに。
その推測はあながち外れていないのかもしれない。
アリアの肩口で何事かしゃべる夫はきまり悪げな声をわざとこもらせる。
「あの時は普通に帝都入りして、観光したら帰るつもりだったし、話すほど特別なことはなかったけど」
「そんなことはない。アリアに関することは永久不変なことでも、何度でも詳しく聞きたい」
指で大きな左手に触れれば、待ってましたとばかりに右手ごと捕まえられた。
「婚約者に興味がなかった誰かさんとは違って、私はワクワクと城に向かってました」
「本当か? 眠くなるまででいい、聞かせてくれ」
手を握ったまま薬指を優しくさすられ、おねだりに負けたアリアは「あの日以降に起きたことに比べたら退屈かもしれませんよ」と予防線を張って話し始める。
「あの日の始まりはさっきの夢と同じで……」
◇◆◇
数刻後、成人祝いとして皇子に口づけを贈る。
貴族令嬢としての義務を思い出す度に、アリアはドキドキしていた。
年端もいかない子供や、愛くるしい動物相手とは、さすがに勝手が違う。
才気と威厳が溢れる、次期皇帝の呼び声高い漆黒の皇子。
夜闇を凝縮したような黒髪と、鉄壁の黒い鱗鎧を持つ。
その赤瞳の鋭さに、腹に一物ある者は震えあがり、泣く子も黙る魔獣でさえも、彼の牙爪の前に跪くという。
噂をまとめると、呪われし第一皇子の風貌はドラゴンを彷彿とさせる。
ドラゴン――。
地球にはいなかった。
科学的調査と想像力を駆使して復元された恐竜に似ているのだろうか。
それとも漫画やゲームに登場したファンタジー系の竜だろうか。
どのような姿であれ、魔法や魔獣が存在する世界でも、唯一無二の存在に違いない。
口付け相手の姿や感触を想像すればするほど、期待に胸が膨らむアリアは身もだえしそうになる。
否、実際に上半身を何度か不用心に捻っていた。
弾むように前進中の、魚型魔獣に跨っているにもかかわらず。しかも、三つ編みの髪をなびかせるくらいには全身で風を切っている。
使役獣として移動の足を担っている歩く魔魚も、乗り手の異変を感じたのかスピードを落とす。
スタートダッシュの勢いだった一歩一歩が、蹴り出す力が弱くなり、目に見えて滞空時間が増えた相棒が上目遣いで様子を伺ってくる。
ほぼ逆さまになりながら魔魚の頭に抱き着いたアリアは、エラ蓋付近を撫でて謝意を伝えた。
『きゅっ』
短く返事をした魔魚は風魔法を使ったのか、ヒレで強く踏み込むことなくスムーズに加速した。
帝都へ続く道幅が広くなると、遭遇する人間の数や種類も増えてくる。
身軽な一人旅から冒険者を護衛に雇った商人の大所帯まで。
ほとんどの人がコリドラに驚いて身構えるが、頭に人が乗っているのに気付くと、多くが手を振ってくる。
一人と一匹は都市壁が見えてからもしばし走った。
程よい距離まで迫ると、道端の木陰でコリドラの装備鞄に入れていた朝食を仲良く食べる。
――と、清々しい朝の空気に不似合いな悲鳴が聞こえた。
「きゃー、たいへん! あんな所にまさかの斑コリかも。こんな時どうすれば……」
わざとらしいセリフを棒読みで叫んだ女性がアリアにウィンクをよこす。
ちょうど通りかかった家族連れはどうやら辺境に縁があるらしい。
緊張した面持ちで手を握り合った子供たちが、おっかなびっくりしつつも両親に背を押され、お守り代わりの魔除け歌を歌い出す。
『斑コリ、ブチ切れ、ぶち破る。破られたくなきゃ、近づくな。
斑コリ、ブチ切れ、ぶち壊す。壊されたくなきゃ、突っつくな。
斑コリ、ブチ切れ、ぶち撒ける。殺されたくなきゃ、怒らすな。
斑コリ、良いコリ、頼もしい。怒らせなければ、大丈夫。
あのコリ、このコリ、どのコリも、機嫌が悪けりゃ、逃げなさい。』
何をぶち破り、何をぶち壊し、何をぶち撒けるのか。
コリドラになじみがない通行人たちが、ぎょっとした顔で子供たちと魔魚を見比べている。
教育的指導の観点から物申したくなるツッコミどころ満載の歌詞に驚いたか、コリドラを怒らせるのではないかと心配しているかのどちらかだろう。
少々物騒な歌詞ではあるが、コリドラの怖さをすりこむための教育ソング。辺境付近では必ず子供に覚えさせるのだ。
恐れおののかれるのを喜ぶやや中二病感漂う斑模様のコリドラをはじめ、『この歌を歌う者に敵対心なし』と判断するくらいには、多くのコリドラが気に入っている。
ご飯に夢中だったコリドラも、すぐにハの字に広げた胸ビレで体を支え直して聞き耳をたてた。リズムに合わせ、まるで機首を上げたプロペラ機のように、ビシっとシャキッとポーズを取っていく。
「上手に歌えたね。この子も気に入ってるよ」
コリドラの楽しそうな様子とアリアの拍手に安心した子供たち。達成感たっぷりの顔は明るい。
「上出来、上出来。ただ、あの個体はヤバめな斑コリじゃなく、比較的友好的な青コリだな」
褒められつつも父親に真実を教えられた子供たちは「練習できてよかったでしょ?」と悪びれない母親に責めるような目を向けた。
子供たちの静かな攻めは長く続かない。仲良くそろって会釈をした彼らは一足先に帝都へと急ぐ。
ほっこりしたアリアは朝食を終えると、ご機嫌な青コリの横で手早く身支度をする。
帽子とゴーグルを外し、髪をほどいて梳かすと、ブーツから歩きやすい靴に履き替えた。
さすがに野外で服を着替えはしないが、野宿後の朝駆けだったため、清潔さをもたらす魔道具の使用も忘れない。
最後に取り出した肩掛けポシェットの代わりに、使用済みの荷物と貴重な魔道具を装備鞄へ無造作に突っ込む。
コリドラを襲う命知らずは皆無に等しい。アリアにとっては歩く金庫だ。
最後の一口を飲みこんだ青コリはアリアをじーと品定めする。
ゆっくりその場でターンすれば、姿勢を正して『もきゅっ』と一鳴き。及第点がもらえた。
「ふふっ、ありがと。それじゃあ、ちゃっちゃと皇子にキスして、のんびり観光してくる。その後は新種を探しに行こうね」
再会の約束を添えた軽い別れの挨拶に合わせ、アリアは首にかけていた笛を振った。
お決まりの決めポーズで返事をした青コリは来た道を戻っていく。
アリアが呼ぶまでどこかで気楽に過ごすのだろう。鞍を付けていれば、人里付近をうろうろしても通報される心配もない。
青コリを見送ったアリアは歩いて都市壁を目指し、入都のための列に加わった。
歌詞、あとがきではなく、本文に入れてしまった…… どうかさらっと読み進めてもらえますように。




