スレィアムと黒い花 ②
「んじゃ、ご指名いただいたんで~、殿下の仕事中に殿下の婚約者とお子様デートしてきま~す」
定期的にドラゴンの神経を逆撫でしないと息ができない恐れのあるケイリィ。
幼なじみ二人は彼の頭を心配するのも、行儀よくさせるのも、かなり昔にやめた。
ドュレイグは右前足を何度か振って追い払い、アリアからの連絡を取り次いだユーリウスは無反応。
冷たい反応にめげないケイリィはスキップしながら黒い花捜索隊に加わった。
広大な庭の一角にいたターゲット。見つけるのは苦労したが、捕獲は簡単だった。
子供に狩りを覚えさせる捕食動物の気分で、ケイリィは花を捕まえては逃がすを繰り返す。
捕まればバタバタと全身を使ってひと暴れするが、花は攻撃してこないとわかった幼い皇子たちも追う側にまわっていた。
帝族にとって兄はだいたい跨るもの。
サファイア色に輝くスレィアムもとうとう弟の移動手段として認められた。
とんがり帽子が目印の上半身は椅子の背板のようにグラウクスの背後を守る。
L字の横線にあたるボディの下では、たくさんの短い突起がちょこまかと動いていた。
青いレバーを握るグラウクスが兄を操縦する感覚を味わえる進行方向。
真顔のアリアはスレィアムの雄姿から目が離せない。
――人体の構造でいうと、この体勢の突起たちは足なのか腕なのか。
スレィアムはお尻歩きをしているのだろうか、それともブリッジ歩きに近いのだろうか。
いや、黒子の頭巾スタイルで顔をベールで隠しつつ、のけ反るアシカ状態で後ろ歩きという可能性もあるかもしれない――。
つらそうな様子は微塵もなく、本人はいたって元気にわくわく冒険中。
訊いたところで、もし無自覚な体勢であれば、スレィアムには説明が難しいかもしれない。
興を冷ますのもアレだと、謎は謎のままにしておくことを決めたアリアだった。
有能な護衛の監督のもと、無邪気な幼児が謎の花と戯れる。
ほっこりできる安心感がありつつも、そこはかとなく残るハラハラ感。
その舞台裏で、茎を掴む度に少しずつ意図的に強められていくケイリィの握力が、確実に花の戦意を削いでいた。
手が離され、逃げる前に息を整える花を、そばで律儀に待っている皇子たち。
しゃがんだ体勢のままのケイリィがよろける花に向かってちょいちょいと指をさすと、グラウクスと見事に通じ合う。
「すぅ、ぴょーん」
末っ子の的確な指示に応えスレィアムが跳んだ。
力強く、それでいて優雅な、一歩分の低空飛行。
捕らえた獲物を二人分の体重で地面に押さえつける。
生殺し状態に嫌気がさしていた黒い花は、ついに大人しくなった。
「きゃぁああ、うぅ~う」
「ぃぁあああ、とれたー」
勝利の雄叫びをあげ余韻に浸る二人の成長した姿は、アリアとケイリィの胸を温かいもので満たした。
「親離れしても立派に育てよ、我が弟子たち……」
「まだ早いでしょ」
アリアの言葉に反論するタイミングで、花が葉っぱで皇子二人をペシペシと軽く叩く。
一瞬の隙をつき自由を取り戻した花は、アリアの足首まで隠すロングスカートの中に潜り込んだ。
「きゃぁっ……」
「あっ、ずりぃ、そこはドュレイグ殿下でもおいそれと手が出せない聖域っ……」
一騎当千の護衛が青ざめる。
そんな立ち入り禁止エリアにも臆さないのが皇帝一家の末っ子である。
「あぃーっ。めっ、めぇー」
驚いて短い悲鳴を上げたアリアのため、怒ったグラウクスが花を追いかけ、スカートの中に頭を突っ込む。
「ダメっす、殿下。怖い兄貴に八つ裂きにされたくないでしょ、出てきて出てきてぇ。――どんな感じっすか?」
グラウクスの腰を掴んでスカートの中から引っ張り出したケイリィが、意味ありげな視線でアリアを見上げる。
「大人しくふくらはぎにくっついてるわ。このままディー様の所まで行きましょう」
「なぁんだ、エロ展開じゃないのか。まぁ蔦なしじゃ縛……ぁ、いてっ」
幼い皇子たちへの悪影響を懸念し、アリアはケイリィの二の腕にさりげなくグーパンをお見舞いした。
◇◆◇
さっそく用済みになったケイリィを返却しに来たのだと推測したドュレイグとユーリウスは、すぐに異変を感じ取った。
入室許可を得た一行が普段なら開けたままにしておく扉を閉めたためだ。
「どうした?」
「あのぉぅ……、未発表の、まさかの……その……知られざる皇子様がもう一人いたり……します?」
「隠し子がいないか確認したいそうっす」
両手にスレィアムとグラウクスを抱えたケイリィがズバっと切り込む。
「誰にだ? 陛下の隠し子か? それとも俺のか?」
ギロリと細められた竜の目が室内の体感温度を下げる。
身の危険を感じない代わりに罪悪感を覚えてしまったアリアは思わず、ユーリウスの机に王子たちを座らせているケイリィの背に隠れた。
「どっちもっす。念のため隠れ本命のウィルシェル殿下も入れましょう」
「おいっ」
傍から見れば自滅願望でもあるのかと思われる通常運転のケイリィ。
他人のフリをする必要のないアリアが数歩離れると「失礼します」と言い置いた。
退室の挨拶ではない。
彼女の目くばせを受けたケイリィは、床に這いつくばるほど身を低くして「いつでもどうぞ」と返す。
「おい、何を――見るなっ」
スカートの左裾をゆっくり持ち上げるアリアに焦ったドュレイグは、自分以外の男に命令を飛ばす。
睨みつけるオレンジブラウンの髪がふわりとわずかに動いた。
独占欲強めのドラゴンは苛立つ。
スカートの布地が生んだわずかな風が他の男の髪をあおった気がするだけで。
腕を伸ばしても触れられない程度には離れている二人の距離的にありえないのに、だ。
職権乱用も辞さない皇子は、護衛の髪の毛は丸刈りか五厘刈りに規定する案を瞬時に起草する。
「なんか毛根が寂しがる未来を感じる……。最初からずっと目つぶってるんで、八つ裂きもなしでお願いしますよ」
「薄目すら開けるな。後で嘘かどうか確かめさせるぞ」
「それって城の嘘発見官に嫌われてたら冤罪に……せめて指名可能な外部の能力者にしてください」
「見る見ないよりも、嗅がないのが思いやりよ」
「鼻をつまめケイリィ」
「それはそれで、心がえぐられるジェスチャー……」
アリアの小さなボヤキを聞き逃さなかったドュレイグはすぐさま命令を訂正した。
「ケイリィ、息をするな――って、なんだそれは?」
スカートの裾がしずしずと、膝辺りまでたくし上げられた。
ドュレイグの視線は黒いレギンスに包まれ――不自然に膨れ――たアリアの片足に釘付けになる。
左ふくらはぎに巻き付きカモフラージュ中の黒い花を引きはがそうと、アリアは前屈姿勢で右手を伸ばす。
花はたいして抵抗せずに、彼女の手をよけ、静かに脚から離れた。
両目を閉じていても、ケイリィはその気配を察知する。目にもとまらぬ速さで腕を伸ばし、逃げる気のない正体不明の生き物を掴んだ。
アリアの指示よりも先に。
「ケイリィ、逃がさなぃ……かったわね」
闇夜色の花が一輪、宙ぶらりん。
ドュレイグの執務机の上に降ろせば、足のような又根でちょこんと立つ。
器用にバランスを取っているが、アリアたちが見つけた時は普通に歩いていた。
「なんだこれは?」
「秘匿された皇子様じゃないならやっぱ魔物っすかね? 第一発見者のスレィアム殿下が、グラウクス殿下と一緒に捕まえちゃいました」
ユーリウスにもらった――口の中でシュワっと消える――菓子を大人しく食べていた皇子たちに、ケイリィは花を持たせた。
「研究対象として送りましょうか?」
「おっ、ドュレイグ殿下のみに敵意ありっと」
花は逃げるどころか――身の危険を感じさせる発言をしたユーリウスではなく、なぜか――ドュレイグの顔をバシバシと葉で叩く。人間同士であれば頬を往復ビンタしている形。
窮鼠猫を噛むにしても、相手が悪かった。
竜の鱗には風で飛んできた葉が当たったほどのダメージもない。
花は攻撃の手を早め強めていくが、一向に勝ち目は見えず、すぐにハァハァと息を荒げることになり諦めた。
フンっ――と、ふて寝なのか両方の葉を組んだ花は、雑食竜の目と鼻の先で横になる。
「スレィアム、これをどこで見つけたんだ?」
「こわい絵のとこ」
「画廊か」
「がおぉって、おっきなのに、ついてた」
「おそらく初代皇帝陛下ですね」
「ぎゅっ、すぽん……にゅるん、して、にげた」
スレィアムはアリアにしたのと同様の説明をした。
長兄にも、絵に生えていた花が抜かれて逃げたことがなんとなく伝わる。
「そうか。一連の確認を取り、問題なければ解放でいいだろう」
黒い花はケイリィによって、魔生物に関する業務を一手に引き受ける部署に連行された。
後日、狩りには不参加でも花に興味津々だったアリアは転移陣に負けじと報告書を託されに行く。
『正体不明の新種の、まぁ、なんかよくわからないものですね。回復能力には長けてますが驚いたことに魔力なし。どうなっているのか気になりますよね。毒も持たず、攻撃能力も低く無害……え、新種なのになんで毒がないってこんなに早く断定できるかですか? いやぁ、お恥ずかしながら好奇心が暴走してしまいました。花も意外と協力的で、素直にサンプルを渡してくれたんです。――人員補充ですか? お腹壊した人もいないので大丈夫ですよ』
身体を張って調べた研究員たちの一人と話したアリアは、生き物好きにも、上には上がいることを改めて実感する。
報告を受けたドュレイグと皇帝が話し合い、とりあえず様子見でいいかと黒い花は画廊付近で解放された。
ちなみに、めしべだけを持っているので、皇子ではない。
そのおかげで花は八つ裂きの刑を免れた。
ここまで読んでいただき、またブクマや評価もしてくださり、ありがとうございます!
更新頻度を減らしますが、コツコツ連載を続けていきます。
投稿済みの分の手直しもしていきます。主に誤字や表現・後書きの修正、セリフや描写の追加などの予定です。
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よろしくお願いします。 (2026/9/14)




