スレィアムと黒い花 ①
「ポ、ポゥ、ポ、ポォゥ」
偶然にも、楠の木に棲むぽっちゃり精霊もどきを彷彿とさせるリズム。
そのことに気づきうる唯一の存在は、残念ながら傍にいない。
ご機嫌なスレィアムは拾った木の枝を上下に掲げるように動かしながら、一人で城を探検していた。
枝先にいい感じに付いている葉たちが揺れ、遠目には行進旗のように見える。
「ポ、ポゥ、ポ、ポォゥ」
スレィアムがずっと唱えているのは、機関車の汽笛の音でも鳩の鳴き真似でもない。
先日、ポポゥ取り名人として収穫しまくった果実の名前だ。
次に実を見つけるには来年まで待たなければならないと知りつつも、あの時の達成感が忘れられずいつの間にか冒険ソングになっていた。
ボール型でポンポン跳ねる時も、下に伸ばした二本脚で歩く時も、兄に負けじと大量に生やした足で移動する時も。歩を進めるための調子を取っている。
使わない時は目や口も完璧に隠してしまうほぼ球体の弟が、手足を生やすどころか身体の形を自由自在に変えられると兄たちが知ったのはつい最近。
プルプルしている五男坊は、兄弟たちの前でもビクビクオドオドしている皇子だった。
基本引きこもりで、体力も少なく、病弱と思われていた。
それがどうだ、アリアにもらったベール付きの帽子を被り始めた途端、何かにつけて物陰に隠れようとすることも、急にぺシャリとつぶれることもない。
人見知りはそのままでも、話す時のどもりが改善し、時間があれば今日のように一人でも城内の散歩や探検をすることも多くなった。
アラ二アークと厨房に潜り込んでお菓子をつまみ食いするなど、様々な冒険もできるようになっていた。
アリア曰く、
「野生のスライムの多くが薄明薄暮性で日陰を好み、隠れ家が多い場所によく生息しています。日なたに居すぎると、熱が籠って弱ります。好奇心は強いんですが、群れ以外の生き物に囲まれると潰れて死んだふりみたいな行動をするので、仲良くない人の視線もストレスになるかと」
日光や視線を遮るベール付帽子はスレィアムにぴったりの贈り物だった。
ポポゥ狩りでの成功体験も彼に勇気を与えた。
行動範囲は徐々に広がり、見知らぬ人間が現れても潰れずにやり過ごせるようになった。
画廊に並ぶ先祖の絵も、この通り、もう怖くなくなっている。
そんな駆け出し冒険者は見つけてしまった。
決して素通りできない、一本の花を。
何重にも重なる千重咲きの丸い花びらだけでなく、茎も茎の左右に一枚ずつの葉も全てが真っ黒。
太めの茎は、子供の顔ほどもある花の直径の割には短い。
美しさがありながら、偽物感が漂う花。
幼いスレィアムでも違和感を覚える見た目は、普通の花と違いややデフォルメされた感がある。
スレィアムと黒い花はしばし微動だにせず、無言で見つめ合う。
花なので目はない。
動かないのも喋らないのも不思議ではない。
しかし、生えている場所がおかしい。
歴代の異形を描いた絵の中でも一際大きな一枚。存在感抜群な漆黒の魔獣の傍から黒い花は飛び出している。
まるで抜け出す最中かのように、親指ほどの直径の茎は絵の中に描かれている茎と繋がっていた。
絵はいつも通り、ゆっくりと下がっていく。
このまま床と壁に挟まれたら花はどうなってしまうのか。
ちょん切られてしまうのか、絵の中に戻るのか、スレィアムにはわからない。
伸ばせる限り長く伸ばした腕と指で、スレィアムは離れた所から花をつついてみる。
反撃してこないのを確認すると壁に近づき、ぎゅっと茎を握りしめた。
花が画布につくまで曲げてみるが、茎は折れない。
諦めないスレィアムはもう一本腕を伸ばして、今度は両手で斜め上に引っ張ってみる。
――と、思ったよりも簡単に、下の方が二股に分かれた根が抜けた。
バランスを崩したスレィアムの手から黒い花はにゅるんと逃げた。
アリアが見ていたらまるでウナギの逃げ技だと評しただろう。
後ろ向きに何度か転がったスレィアムの視界の端には、スタコラと二本の根で去っていく黒い花の姿があった。
◇◆◇
グラウクスに絵本を読んでいたアリアの足に、しょんぼりとしたスレィアムがすがり付いてきた。
「あねうぇ……、はな、にげた」
「風で飛んでっちゃったんですか?」
スレィアムを抱き上げたアリアの腕と手のひらは湿り気を感じた。
「ぅうん、くろいの、にげた」
「黒い花が逃げちゃったんですか?」
「うん」
「走って?」
「ぎゅっ、すぽん――できたのに……いっちゃった」
身振り手振りをまじえ、スレィアムは採取を試みた時の再現をした。
急に手荒く掴まれた猫が人間の手から身をよじり逃げ出した風景がアリアの頭に浮かぶ。
「捕まえられるかわかりませんが、探してみましょうか」
「うん!」
スレィアムが掴めて捜索にも乗り気ということは、花の危険性は低いと推測できる。
動き回る花なら、グラウクスを残していったとしても、あちらからやって来られたら元も子もない。
総合的に考えたアリアはケイリィの力を借りることにした。
本来はドュレイグの護衛であるが、護衛対象の方が強いため、どちらかというと万が一の場合にドラゴンの手が回らないことを手伝う要員としての役割が強い。
これまでにも、アリアのお使いや皇子たちの遊び相手としてもたびたび活躍している。




