令嬢突撃(ほのぼのと真逆? 恋愛・溺愛要素UPの布石 できるだけ【ほのぼの】オンリーを希望される場合は読み飛ばし推奨です)
図書室で本を借りて戻ってみれば、一般エリアと帝族専用エリアの境目付近に人垣ができている。
来客に心当たりがないアリアは軽く会釈をして通り過ぎようとした。
「お待ちなさい!」
呼び止めた令嬢の後ろには同じ年ごろの令嬢たち数人と、その家族と思われる大人たちが控えている。
「なんでしょう?」
「平民同然の三音令嬢のくせに……。その態度はなんですの?」
初対面の相手を怒らせた覚えはないが、田舎者と呼ばれる領出身でも、近隣貴族との付き合いはある。
幼い頃に聞き慣れた、この世界独特の悪口はアリアにはまったく響かない。
素敵だなと憧れる名前に長さは無関係。
前世のおかげで短い名前の良さも知っている。二・三文字の名を付けることが多い日本人たちを敵に回す気もない。
「ご用件は?」
「殿下が贈り物のおかわりを拒んでいらっしゃるわ。あなた、殿下を説得なさいませ」
「ほしければ喜んで受け取るでしょう――としか私には言えません」
幸いにもアリアの両足は安全地帯と言えるプライベートエリアに着地していた。
多勢に無勢でも、彼女たちの家柄がどれほど良かろうとも、物を投げられたり取っ組み合いになる可能性はかぎりなく低い。
「あなたねぇっ」
その証拠に、カッとなった一人が反射的にアリアを掴もうと伸ばした腕を、他の令嬢たちが慌ててひっこめさせていた。
理不尽なクレーマーに対処する時こそ、心と体のバリア、大事。
帝族の棲み処で、竜の威を借るアリアは一人でも安心して反論できる。
「まさか口づけを受け取らないでと、泣きついているんじゃないでしょうね?」
「……なぜでしょう?」
「他の誰かがデュレイグ殿下の呪いを解いて、皇后の座を取られでもしたら困るのではないの?」
きちんと名前すら発音できないくせに、事情も知らずに扇子の裏で嗤っている。嫌味な顔が想像できる声にアリアはカチンときた。
「ドュレイグ殿下は、いらないものを持ち続ける必要はありません」
帝族との婚約関係では、どちらかが結婚を望んだとしても、破棄する権利は双方平等にある。
「呪いを解きたい。別の婚約者がほしい。それなら誰が何と言おうと、あの方はそのように行動するはずです。そもそも、どうして急に殿下の解呪に積極的になったんですか?」
「人型でないとご不便でしょう。執務にも……」
「現在まで公私に問題なく、執務も十分なされていると聞いています。同じ仕事量でも人の姿の時、今以上に負担になる可能性は考えました? まさか働き足りないと鞭打って、ドュレイグ殿下に体調を崩してほしいんですか?」
「そ、そんなわけないじゃないっ。ヂュレグ……んんっ、ジュ……」
帝族の不幸を願っているという濡れ衣をきせられ、焦った令嬢にはドュレイグの名前を早口で言うのは難しかった。
咳払いしたところで、思いっきり名前を噛んだのはごまかせない。
「第一皇子殿下だって皇帝になるのであればお世継ぎが必要でしょう?」
いやいや、異形のままでも帝位は継げる。
相手がいれば子作りもできる。
跡継ぎなしでは兄弟皇子たちが直系から外れず、甥まで呪いが広がるだけ。
「お言葉ですが、どの皇子さまも素晴らしい人です。呪いや子の有無で、その人本人の価値は変わりません。希望者がいるかどうかはさておき、後継者は素質がある方がなればいいのでは?」
「皇帝候補が跡継ぎを作る努力すらしないのは問題でしょう」
「探したうえで希望する子作り相手がいないなら仕方ありません」
「あ、あなた、仮にも婚約者を名乗っておきながら……」
令嬢たちそれぞれに冷たい視線を向けたアリアは首を傾げた。
「それともディー様が子供を欲しいと おっしゃったんですか? ――あなた方と?」
ここぞとドュレイグの愛称を出し、わざと一拍置いて、嘲るように繰り出すトドメの一撃。
「なっ……」
そんな状況なら皇子も喜んで彼女たちのキスを受け入れている。
令嬢は挑発目的の明らかな嫌味に言葉を失った。
握りしめられ悲鳴をあげている扇子。
それでの殴打は勘弁してほしいアリアが扇子の骨組みを心配し始める頃、貴族らの背後で重い着地音とともに砂煙があがった。
飛び散る砂を体積の多いドレスで受けた令嬢たちが、すっきり見えるワンピースを装備しただけのアリアの盾となる。
人垣が振り向いた先には、鬣をなびかせる一匹の黒竜が降り立っていた。
どっしりした体躯というより筋肉質で引き締まっている体つき。
軍馬の目線の高さから下界を見下ろす無慈悲な眼の色は、血を思わせる。
大地を踏みしめる逞しい四肢には引き裂けないモノなど無さそうな鋭い爪が。強靭な顎に生える牙も負けてはいない。
しなやかな尾の先までびっしりと生えた鱗が、どんな攻撃でも跳ね返すのは容易に想像できる。
「竜の降臨……かっこいぃ……」
惚れ惚れする登場姿に感極まったアリア。
彼女の言葉を拾ったドラゴンは思わず相好を崩しそうになった。
「標本は無理でも、フィギュアがほしい……」
標本になればずっと一緒にいられる気配を感じ、竜は前向きに検討しそうになったが、本末転倒な運命を回避した。
聞き慣れない言葉を絵の収集に役立つなんらかの魔法だろうかと考えることで、ドュレイグは自身の気をそらした。
三階の廊下にユーリウスを残し、飛び降りた主にケイリィもひらりと続く。
『きゃっ……』
『ひぃっ――』
同じような悲鳴を上げ、互いに縋り付くようにして震える貴族たち。
無表情の竜は彼らには一瞥もくれずに、通りすぎた。
アリアの視線を独占できて口元が緩むのを我慢できないドュレイグは、すり寄った先で翠眼の奥を覗きこむ。
彼には会話のほとんどが聞こえていた。
「愛しの婚約者との子はほしいな」
「なっ――」
アリアの中では、ドュレイグの婚約者イコール自分ではない。愛しのなどと形容詞が付いたことで、希望の子作り相手を婚約者に据える気だと解釈した。
場の流れに合わせただけとわかっていながらも、意表を突かれた声が漏れた。
白昼堂々、閨事の話をしていると知られ、固まってしまったアリアは顔が火照るのを感じる。
人生二回目でも、下ネタで盛り上がっていると思われるのは何故か恥ずかしい。
ドュレイグは珍しく赤面したアリアを食い入るように見つめ、彼女の珍しい反応を新鮮な気持ちで楽しんでいる。
竜の顔色をうかがい、機嫌がいいと判断した親たちがしゃしゃり出た。
「殿下、もう一度だけ娘に口づけのお許……」
「断る」
「ですが唇を合わせれば、今度こそ呪いが解けるかもしれません」
「なぜ義務でもないのに、そんなことをしなければならない? すでに最愛の相手がいると言うのに」
首で巻き付くようにしてアリアを抱き寄せる。
ドュレイグにとっては煩わしいことこの上ない輩ども。
しかし人前でアリアに堂々と触れる機会をくれると考えれば、わずかに溜飲が下がった。
「このまま呪いが解けなくともよろしいのですか?」
ドラゴンの人となりを知らない貴族たちは、前より人の姿を渇望しているか、味を占めたはずだと思い込んでいる。
「別段かまわないが?」
さしあたり問題もない上に、アリアにはドラゴンの姿が好評だと彼は知っている。
けろりとしたドュレイグの言葉を聞いたアリアは遅ればせながらに、子だくさん初代皇帝も『モテすぎで苦労し呪いを受け入れた説』に思い至った。
「贈り物の義務があ……」
「既に果たされている」
「娘に機会さえ与えていただければ、ちゃんとした婚約者を迎えられます」
「その機会を無駄にしたのは本人たちだろう。なにより、私にアリア以外の伴侶は必要ない」
はっきりとした意思表示にケイリィが口笛を吹く。
悲しいかな。肝心の相手の反応は『ディー様、ここぞと偽装工作がんばるなぁ』で終わった。
「さあ、帰ろう」
普通に階段を降りてきたユーリウスが到着したこともあり、ドュレイグはアリアを伴い家路につく。
「殿下っ、お待ちを――」
なんとか足止めしたい令嬢の一人が駆け寄りかけ、怯んだ。
「わかっているな? 許可なくこちらに入れば、幼い迷子でもこの男は処罰するぞ」
「いやだっ、そんな血も涙もないみたいにっ」
嘆きつつも、先んじて身を翻していたケイリィはいつでも抜刀できる恰好。
「職務に忠実だと言ったつもりだ」
「あれまー、もっとわかりやすく褒めてくださいよ~」
◇◆◇
一時間足らずで、今度はウィルシェルが待ち構えていた親子らのターゲットにされた。
「おお、第二皇子殿下、お会いできて光栄でございます」
以前出くわした時は、顔を引きつらせて逃げ対応だった貴族たち。
令嬢たちは城に近づいてさえいなかった。
そんな人間が喜色を浮かべてすり寄ってくる様子をウィルシェルは冷ややかに見る。
「まったく、田舎育ちのあんな生意気な小娘ごときが我らに楯突くとは」
「名前の短さからして、どうせ家でも疎まれておるくせに」
「より良いご縁をと。ぜひ兄君に口添えをお願いできませんか」
第一皇子は難攻不落。
諦めの悪い面々は、将を射んとせば先ず馬を射よ、もしくは馬が将を振り落としてくれ作戦に切り替えた。
「意味ないと思うよ」
「しかしですな」
「兄上が自分で選んだ令嬢と毎日一緒に寝起きして、家族ぐるみで過ごして婚約破棄する気がこれっぽっちもないのに?」
あのドュレイグが全力でアリアを城にとどめおこうとしているのだ。
生半可なことでは諦めないし、他に目を向けることもないと弟は確信している。
威勢を失った人々の中で、扇子とドレスを握りしめている令嬢がウィルシェルの目についた。
服装から高位貴族なのは明らか。恨みがましい目が淑女の雰囲気を台無しにしている。
「……帝族の婚約者に敬意を払わない者や家と縁づきたい皇子はいるのかな? 僕は嫌だな。兄上も問題を起こす余計な妃は増やさないでしょう。一度見切りをつけた相手ならなおさら」
皇太子妃と皇后の椅子は一つずつでも、帝族は複数婚が可能。
ドュレイグが次期皇帝の本命とはいえ、その他皇子は五人もいる。
幼い娘を持つ貴族は、一度失敗した年頃の娘を押し付けるよりも、今回贈り物をしていない若い世代に期待した方が利があると今更ながらに気づいた。
「短い名前が気に入らない人には、僕の愛称も呼ばせたくないよ」
書くのも読むのも面倒くさい帝族の名前にも愛称は許される。ただし、呼べるのは恋人や家族。少なくとも本人が許可した者だけ。
第一皇子に続き、第二皇子からも事実上のお断り表明。
顔色を悪くした貴族たちはそそくさと去って行った。




