食欲・運動・読書の秋 ポポゥの実が全て叶えます ②
椅子の上のスレィアム。
周りがハラハラする思い切りの良さで、ミニサイズのラグビーボールを思い出させる楕円球を取り出す。
「慎重に……、ゆっくり、ゆぅ~くり置くんだよ。そう、その板の上に。崩れたそうに揺れる積み木の塔に、最後の一個を載せた時みたいに。そっと、そぉぅ……と置いてみて」
アリアが見逃したほのぼのエピソードで、ウィルシェルがポポゥ爆弾の餌食になりかねない弟をナビゲートする。
無事、まな板の上に着地させると、実が鎮座するまで固唾をのんで見守っていた一同が揃って息を吐く。
除けておいた皇子たちそれぞれが座りやすい形状の椅子を、ケイリィが慣れた手つきでガーデンテーブルの周りに戻す。
厨房から呼び出された料理人は、生まれて初めて食材として見る黄色い果実に感動していた。
されど城の料理番。希少なポポゥの扱い方も知識としてきちんと知っている。
彼にはポポゥに関する図鑑も絵本も必要なかった。
絶妙な距離と火加減で一点を炙れば、割れた水風船が一気に縮むように、皮は一瞬で全て燃え、剥ける。
皮がなくなる瞬間に浮いたように見えた実がまな板にぶつかっても心配ない。もはや爆薬が抜かれた手榴弾。
第一皇子の婚約者と弟皇子たちが見ている前ということもあり、ややおっかなびっくりな手つきの料理人だったが、失敗しないよう慎重に点火具の火種を近づけ、無事に皮を取り除いた。
皮さえ剥けば、残る心配事は味が落ちるまでの時間だけ。
料理人は鮮やかな手つきで実を六等分に切り分け、それぞれに小さなフォークを刺す。
功労者に捧げられた皿から、スレィアムは一つを無造作に選ぶとアリアの口元まで、びょんと腕を伸ばした。
「はいっ、あねうえ、たべて」
「いいんですか!? ありがとうございます」
変に遠慮して時間を無駄にすれば、それだけ鮮度が落ちる。
スレィアムの持つフォークに刺さったポポゥに、アリアはパクリと素直にかぶりつく。
咀嚼の度に口の中で広がるジューシーで濃厚な果実のうまみ。
鼻腔をさわやかな香りが抜けていく。
「わぁ、こんな美味しい果物、はじめて。頬っぺた落ちそうっ」
頬を抑えて喜ぶアリアに気を良くしたスレィアムは、フォークに残ったままの食べかけポポゥを彼女の膝に座る唯一の弟にあげた。
こちらもパクリと食いつき、グラウクスはふくらんだ両頬を両手で抑え、もちゅもちゅと噛む。
「んんんんっ…………――。きゃぁあっ」
文字通り身もだえしながら、嬉しい悲鳴を上げる。
あまりの可愛さに、スレィアムがもう一切れ追加で目の前に差し出すと、喜色満面のグラウクスは両手で掴み取りかぶりついた。
アリアは欠片を落としても取り戻せるよう、受け皿となる手をグラウクスの胸辺りに置く。
スレィアムは兄たちにも一つずつ分けていき、アラ二アークは不器用な弟のため、フェナリスの分のフォークも持ってあげた。
「……ぉじさ、んも」
人見知り発動中でありながらも、最後の一つは切り分けてくれたお礼にと料理人に差し出す。
スレィアムの優しさとかわいらしさに、ずきゅんと胸を撃ち抜かれた六十路の彼は、感謝の言葉を述べ、面取りの要領でちょびっとだけ角を切り取った。
幻の果実の欠片をありがたく味わった料理人は感動に口元を抑え、目には涙を浮かべた。いろいろと感極まった彼は言葉をなくしたが、何度も何度もスレィアムに向かって頷く。
「はい、スレィアム様も食べてください」
みんなに感謝されて満足げなスレィアムの口に、ケイリィが最後の一切れを突っ込んだ。
「お、ぉい、しぃぃぃ……」
「今の気持ち以上に、スレィアムは僕たち皆を幸せにしてくれたんだよ」
美味しさの余韻と、褒められ照れでモジモジしていたが、――はた、とあることに気づいたスレィアムは動きを止めた。
「……ケイリィない。あにうえも……。……もっと、取るっ」
「すぅ、もっ、もっ」
再度のポポゥ狩りを決意した兄を、グラウクスがテーブルを拳で叩いて応援する。
もっともらって食べる気満々の末っ子の涎はとどまるところを知らない。
「でしたらこのケイリィにおまかせを。根こそぎ収穫も夢ではありませんよ。さあさあ、億万長者目指して、目を瞑ってください。――受け入れ態勢ばっちりっすね。では行きます」
スライムを抱えて走るケイリィの反射神経と身体能力はやはりすごかった。
枝を離れた果実を片っ端から察知し、素早く駆けつけ、落下中の実の下にスレィアムの体を滑り込ませる。
二人はどんどん実を収穫していった。
「よっ、ポポゥ取り名人!」
ケイリィの掛け声通り、スレィアムはたくさんのポポゥの収穫に成功した。
執務に励んでいたドュレイグとユーリウスだけでなく、既に賞味した一同や偶然居合わせた大臣から役人、警備や使用人まで、運が良かった者たちは一生に一度味わえるかというご馳走に舌鼓を打った。
◇◆◇
以前アリアと絵画鑑賞に訪れたことで、画廊でうごめく見覚えのない異形はご先祖さまだと理解した魔女っ子スレィアム。
完熟前のポポゥは食べられた物ではないが、蹴っても爆発しないと本で知る。
未熟果を一つケイリィに獲ってもらった彼は画廊へ向かい、その端っこから身を乗り出した。
全身をほぼ腕状態にまで伸ばし、片方の壁の真ん中へ、そろㇼっと実を転がしてお供えした。
ポポゥは完熟の前後で外見上の変化がない。違いは枝から自分で巣立つかどうかのみ。
それは未熟な実を捥いだ場合も同じ。酸化し変色するのは内部だけ。
いつもであれば永遠の不発弾だと子供でも見抜けた。
しかし、幻の果実が結構な数収穫された情報が出回った後では話が違う。
完熟ポポゥ爆弾が廊下の端に転がっている可能性に、通りがかった人々は恐怖した。
突つけば中身をぶち撒けられ、歴代帝族の顔にポポゥを塗った者として、社会的に殺されかねない――ある意味、斑コリと並ぶ――危険物と化す。
未熟だろうが完熟だろうが、負け戦。
一縷の望みや怖いもの見たさで、食べてみようと手を出す者もいなかった。
それでも数日後には忽然と姿を消していた酸っぱ苦いポポゥの実。その行方は誰も知らない。
ポポゥの家出を知りしゅんとしたスライムは、日が経ち緩くなった水っぽい卵白状態になりかけた。
「ご先祖さまにまでお裾分けしてあげたなんて、スレィアム様にも何かいいことが起きるかもしれませんね」
運に丸投げした感が漂うぬるめなアリアの励ましの言葉を、幼いスレィアムは素直に受け取り、温泉卵の黄身くらいの弾力を取り戻した。
【あとがきに小話っぽいものは大丈夫なのかどうか、どきどきしつつ……】
「はい、はーい、お互い被らないよう並んで、こちらに視線をお願いします」
汚れ具合に関わらず、ポポゥ狩りを楽しんだ一同を転移陣に乗せ、集合写真のように並ばせたアリア。
彼らの姿を目に焼き付けると、その足元に敷かれていた転移陣を起動させる。
………………はた目には人数オーバーを疑う転移失敗状態。
しかし、地面に落ちていた実だけでなく、毛に絡まり繊維の奥にまで潜り込んでいたポポゥや、蟻ががんばって運び出そうとしていた欠片まで、余すところなく肥料小屋へと転送された。
――片付けにも使える転移陣、超便利!!
(布面や体内で分解・消化・吸収され始め、性質が変わってしまったものはポポゥとみなされず、転移されません。転移陣で取り切れない汚れには個別のお手入れを推奨します)




