食欲・運動・読書の秋 ポポゥの実が全て叶えます ①
――ぼぅんっ、べしゃりっ。
「ぃゃぁぁあああ……」
イソギンチャクのように何本も細い腕を上に伸ばしていたスレィアム。
頭と上半身にあたる部分を割いたのか、まとまった体積のある部分はいつもの半分ほど。
スライムの弾力で衝撃をいなせたと思ったのも束の間、黄色い果実は形を保ったまま跳ねた後、空中で爆発すると果肉と果汁の雨を降らせた。
まともに被ってしまったスレィアムは悲鳴をあげ、もったいないことに、ぶるぶると体を動かして汚れを振り落とす。
トレードマークとなった魔女帽子を先に脱いでいたのは英断だった。
がっかりしたスレィアムはアリアに泣きつく。
「あねうえぇ……」
「痛かったですか?」
「んーん」
「あら、いい匂い」
ふんふんと鼻を近づけて嗅げば、トロピカルフルーツに似たおいしそうな匂い。
アリアの真似をしたグラウクスも思わず兄を舐めて齧ってしまった。
ダメージがないのか、そんなことを気にする心の余裕がないのか、スレィアムは弟の好きにさせている。
城に植えられている木には収穫できるものも多い。
栄養価が高く、ねっとりジューシーな果肉のポポゥもその一つ。
美食ハンターが狙うほど美味な幻の果実。
幻と言われながら、見つけるのはたやすく、主に畑の土壌改良剤として使われている。
収穫がこの上なく難しいのだ。
熟す前にもぎ取るとこれでもかと酸っぱ苦くなり、熟して落ちるとわずかな衝撃でも潰れてしまう。
酸化が超高速で進むこともあり、潰れたものを食べようにも、賞味期限はとてつもなく短い。
皮が混ざっていようが気にしない市井の人間は落ちてくる実をバケツなどで受け止め、ジャムの状態で可能な限り食べる。
一番おいしいとされる果物の形で食す機会は身分にかかわらず、ほぼない。
自然に落ちるのを待ちかまえ、奇跡的に潰さずに収穫し、鮮度を保ったまま買い手に渡すことができれば、庶民なら一生遊んで暮らせるくらいのお金になると、まことしやかに信じられている。
他所と同様に土壌改良剤として活用している城では落ちるに任せ、地面に設置した転移陣で「落ちたポポゥ」を肥料小屋へ瞬時に届けていた。
それでも果物の貴重さを知っているので、皇子たちも気が向けば転移陣を一時解除し、今日のように腕試しならぬ運試しをする。
「スレィアム様が一番おしかったですね」
運動神経が抜きんでて良いケイリィですら、掴むタイミングと入れる力が調節できないせいで、ポポゥまみれ。
フェナリスとアラ二アークの双子は、もはやどちらを多く転ばせてポポゥの地に沈めるかを競い合っている。
「今度は腕なしで、体の中で包むようにキャッチしてみてはどうでしょう?」
スレィアムの身体が、ばいんっと物を弾くことも、ずぶずぶと体内に取り込むこともできると知っている。
漁夫の利を得たアリアが撫で撫で、もにゅもにゅしていると、スレィアムはもう一度やる気になった。
――ぼぅんっ、べしゃりっ。
結果は同じ。
取って返って泣きつく場所も同じ。
「できないぃ……みる、こわかっ……」
「ぶつかっても痛くないけど、見えると怖いんですね?」
「うん……」
「わかりました。私にお手伝いさせてください。――ウィル様、グラウ様をお願いします」
清潔なままの次兄は弟たちの頑張りを眺めながら、グラウクスにポポゥの絵本を読んであげていた。
ポポゥ風味になった兄を味わい足りない末っ子を彼に任せると、アリアは首がすわる前の赤ちゃんのようにスレィアムを抱きあげた。
「スレィアム様は目を瞑ってリラックス。優しく包みこむ準備だけしてください。ほら、やさし~く、やさし~~くぅ――」
「ふぁぁぁ………」
催眠術をかけているような声音で撫でれば、アリアの手のひらは気持ちよさげな息が漏れるスライムボディに沈み込む。
お互いを癒す手の動きを繰り返しながら、潰れた実で滑らないよう気を付けつつ、アリアは枝を見上げて歩きまわった。
遠くで、近くで、思わぬ場所で、実が落ちる音がする。
「くっ……」
貴族令嬢にあるまじき、言葉にできない悔しさを喉の音から何度も漏らす。
やっと、少しの風でも大きく揺れているポポゥを見つけ、その真下で立ち止まる。
「もうすぐポポゥが落ちてきますよ。驚いても跳ね飛ばさず、優しく受け止めてみてください。さーーん、にーーーーー、いぃぃぃいぃいいぃぃぃ……」
――ぽゅんっ。
見切り発車でカウントダウンを開始した、自業自得のアリアが息切れする直前に、その時は来た。
前回と前々回と違う音。
青いボディの中を漂う、黒っぽい実の影は爆発せずに形を保っている。
「と、とれたー!」
アリアの腕から飛び出し、大興奮で跳ねるスレィアムの声に、その場にいた全員が集まってくる。
弟の偉業に驚く兄たちは次々と褒めた。
「おぉ、本当だ!」
「すげぇな、スレィアム」
「本当に取れることあるんだね。素晴らしい。――食べてみるかい?」
ウィルシェルの問いにスレィアムは全身を使って、ポポゥを体内でバウンドさせながら何度も頷く。
青い海に翻弄される影が地面すれすれをかすめた瞬間、青い飛散物を思い浮かべたアリアとケイリィに緊張が走った。
「善は急げ。殿下が爆発する前に行きましょう」
すかさずケイリィがスレィアムを持ち上げる。
重力に忠実に沈む実の重さのせいか、青い身体はいつもよりやや長く下に びよんと伸びた。




