呪われ皇子たちに賄賂を ③
懺悔が認められたアリアは、先っちょがくるんと曲がったとんがり帽子を第五皇子に被せる。
ゆったり波打つ広いつばに、帽子のすべり部分から生えた薄い布がドレープを作りながら両サイドから後ろまでをふんわり隠すデザイン。
「重くありませんか?」
「……なぃよ」
「このベールたちはカーテンです。もっと暗い場所でお休みしたい時は、頭の上の三角のお部屋に入ってみてください」
「……おぅち?」
「みたいなものです」
「ヤドカリだ」
「カタツムリかも」
「……魔女スタイルなんです」
『スレィアムは男だぞ』
軽快にツッコむ双子の言う通り、アリアも魔法使い風にするつもりだった。
帽子を装着したスレィアムの姿を妄想中に、既視感と一抹の不安を覚えるまでは――。
地球は、特にアリアが生きていた頃の日本は、数多のキャラクターが跋扈する『何でもかんでもデフォルメ化時代』。
アニメやゲームはもとより、企業や自治体に至るまで、多種多様な人外を抱え込んでいた。
いる――。きっと、いる。
職業に魔法使いを選んだスライムが、かなりの確率で。
埋もれてしまった古の記憶を掘り出せる、サイコメトラー的能力者の手が借りられない今、確信は持てないが危ない橋は渡るべからず。
前世へ配慮した大人の事情で断念を決めた時は、ドュレイグとグラウクスが揃って動揺するほど涙が溢れた。
しかし、実際に見てみると魔女っ子スライムの可愛いさは抜きんでている。
箒代わりに持たせたかった絵筆を忘れるという痛恨のミスを犯したアリアだったが、心の連写ボタンはずっとオンのままだ。
スレィアムが女の子っぽいものを嫌がる時期でなくて感無量。
アリアの頭の中では、これまでに遭遇した可愛い系魔獣たちが輪になって小躍りしている。
皇子たち相手に緊張感の欠片どころか、骨も抜かれてなくなっている職質待ちの貴族令嬢。
彼女が危ない変態ではないと裏付けるため、捜査の手が伸びる。
「ずいぶん可愛らしいデザインですね。この透けるくらい薄い布、被った時の背丈によってはケープやローブ、髪の毛にも見えます。――スレィアム、ちょっとだけ貸してね」
褒めているのか、疑っているのか。
鑑識官なみの慎重な手つきで帽子を手に取ったウィルシェルが、ベールを一枚、手のひらにふわりとのせた。
「これ――、もしかして、ただのファッションではなく、生息環境に合わせるための帽子ですか?」
質感と手触りで彼は気づいた。
使用しているのは熱調節効果のある魔獣素材だと。
彼の推測通り、通気性も抜群。直射日光から隠れている間に帽子の中で蒸される心配はない。
極めつけは本体とベール、どちらを引きずって歩いてもほつれない耐久性の高さ。
アリアのこだわりを一目で見破った次男坊は、まだ年若いのに相当デキる。
「は(じめはそうでしたが、最終的な割合は4:6とも言い辛)い。お兄様にお話を聞いて、スレィアム様のお身体に日光がきつすぎるかも、室内であっても薄暗い方が体質に合っているかもしれないと、作ってみました」
殊勝な様子で、アリアはしれっと趣味に走った過去を隠した。
機能上なんの効果もない絵筆を持たせていたら、皇子に女装コスプレをさせた容疑でアリアはグレーよりの黒になるところだった。
いつボロが出て接近禁止命令を出されるかわからない。
そうなる前に、遠目からでも眺められるようスレィアムには帽子を着用する気になってもらいたいアリア。
狙った獲物は逃がすまい――歴戦の販売員をお手本に、直接的なお勧めはせずに使用後を想像させる。
「日よけと隠れ家があれば、たぁっくさんお出かけしても、今よりずぅっと楽しいですよ」
「うん。あ……ぃがと」
「こちらこそですぅ」
こういう時、質素倹約ながらも魔生物由来の素材や商品を多く取り扱う辺境伯家に生まれて良かったと、つくづく思う。
セルフ前借したお小遣いから払ってもらうよう、帝都の店から領地の家族宛てに請求書を送ってもらえたのも助かった。
もしドュレイグの申し出通り、プレゼント代を肩代わりしてもらっていたら格好がつかなかった。
なんだかんだと、アリアは室内の全員とコミュニケーションが取れている。
直接手渡せなかった双子へのお土産たちをテーブルに置いた。
ウィルシェルも彼女に倣って帽子をそれらの隣に置く。
アリアは王子たちの顔を順々に身て、静かに話を切り出した。
「ところで、私、エルムガルド辺境伯家のアリア、いろいろあって……ドュレイグ殿下の婚約者になりました」
「……そんなのとっくに知ってるけど」
発言の意図を不思議がるアラ二アークと兄弟たちは、先に長兄から事情を聞いていた。
事情というのは、アリアを強制指名したことと、ドュレイグに彼女を手放す気がなくなったこと。
アリアとグラウクスが寛ぐベッド脇で策略を巡らせていたドラゴンに抜かりはない。
「既に分別がつく年の弟たちは『我々三人の本当の関係』を理解できている。ただ、まだ幼いスレィアムには『一番上の兄の婚約者』とだけ、アリア嬢を紹介しておく方がいいだろう。――どちらにせよ、第三者だけでなく弟たちの前でも自信を持って『自分は第一皇子の婚約者』だと言い、そのように振る舞ってくれ」
ドュレイグは『我々三人の本当の関係』を嚙み砕いて、中に含まれている『一番上の兄の婚約者』を取り出しただけなので、やはり嘘はついていない。
ただ、アリアは三人の皇子たちに『末っ子の婚約者のくせに次期皇帝ねらいで長兄の婚約者のフリをする女』だと認識されていると勘違いしている。
スレィアムの手前、はっきりした事はお互いに言えないと思いつつも、アリアはそれとなく仄めかして彼らの反応を伺う。
「皆さんはこの状況が嫌ではないですか?」
「はぁ!?」
「兄上が決めたのなら僕たちは何も……」
「だよねぇ?」
表情や声音の違いに、皇子たちそれぞれの性格が表れていた。
話に取り残されたスレィアムが手あたり次第に一同の顔を見上げる。
「こ……コヤク、サ……なに?」
「兄上と結婚するかもしれない人だよ」
「ケコン……って?」
「結婚したら、僕たちの義姉上になるんだよ」
グラウクスと結婚するとしたら義妹だが――と、婚約者違いをしているアリアは心の中でこっそりとウィルシェルに突っ込んだ。
「ぁねうぇ?」
「兄上の女版だ」
フェナリスの言葉を、アリアはドラゴンの雌だという意味に受け取ったスライムはピンとこない。体の半分以上をくるんと横に捻って渦巻きを作り、反対側にも捻り直して考え込む。
「あにぅぇ……、ぁねうぇ……?」
「スレィアム様とご飯を食べたり遊んだり、お昼寝も一緒にしたい人です。私では嫌ですか?」
「――!!」
凄い勢いでのけ反ったスレィアムが「つ」の字を逆さにした形で後ろへ伸びたかと思うと、元の形に戻った勢いのまま ぶるんぶるんと前後に揺れる。
「…………あねうぇ、が……いぃ」
身体の震えが収まると、照れながらも好意を示し、がっちりアリアの心を掴んだ。
顔合わせの結果に満足したアリアが挨拶を済ませて出ていくと、アラ二アークがブラシにしては刷毛部が薄い道具を脚先にのせ、器用にくるくると回転させた。
「……オレたちってあんがい普通らしいね」
「狙って言ったのかはわからないけど、僕たちの例えが全部人間職だったのにはちょっと驚いたかな」
「変な女っ」
「ぁねうぇ……だよ」
各々心境の差はあれど、「彼女が義姉になるのか……」と皇子たち全員に思わせたアリアは、彼らに大小さまざまな波紋を残した。




