第6話 狩人の地位-②
Twitter(@MSN0500_)でレゾンのイラストをあげました。AI製じゃなくて手描きです。
剣の形など追求できてはないんですが雰囲気は伝わると思うので、興味がある方は見に来てみてください。
「……激しいな」
レゾンは思わず背後をちらと見て呟いた。[雷を下す飛竜]の魔法が観測されるのはおよそ数ヶ月に一度だが、その記述から想像される規模は大抵が先程の一撃の半分にも満たない。つまり現在は、既に十年に一度レベルの事態と言っていい状況だった。
しかし雷撃は止まらない。再び一瞬の間、日向も日陰も魔力の光に塗り潰され、そして爆音。
「っ……。ものすごい魔力量だ。これが、竜か」
「落ち着くまで麓で待つか?」
「いや、……」レゾンはベルメト山側を見渡す。「落ち着くことを期待しない方がいい。飛竜の魔法でパニックになった魔獣が山を降りてきてる。強い個体は少ないだろうが、二体同時に鉢合わせたらまずい」
「じゃあ、来た道を戻るか」
「……そうしたいところ、だな」
「おっと?」
レゾンがイグロスの勘を信用しているように、イグロスもまたレゾンの「直感」を信じている。
南を睨み、レゾンが剣を抜く。イグロスは弓を手にし、軽々と木の上へ登った。
——レゾンに分かるのは魔力の気配だけで、魔獣の姿は見えない。イグロスは上からレゾンの視線を追って、その視力の良い目で魔獣を探す。
「こっちに来る。——奴は既に何者かに対して魔法を使った後だが、雷を受けていない。つまりここが飛竜の管轄外であるか、あるいは奴が飛竜に反応されない雑魚だ。いずれにせよ今の俺たちには好都合」
「ってことは——」
「手早く仕留めるぞ。先制だ」
「よしきた。任せな」
イグロスが弓を引き絞る。
魔物——魔法生物とは、魔力に適性を持ち、その魔力を魔法として出力できる存在を指す。奴らは非魔法生物とは違う摂理に生きていて、生きる目的は……レゾンには理解できない。寿命死も繁殖も〈昇梯〉も、確認された例はないのではないだろうか。
だが確かなことはある。奴らは強さを求める——他の魔物を自らの血肉とし、そして非魔法生物を蹂躙する。喜ばしくないことに、人間はその中でも人気の獲物らしかった。
「見えるか」
「でけー猪だ。レゾン……てめえ、死ぬぜ」
「それは困る。頼むよ、イグロス」
「仰せのままに、——っと!」
飛竜の魔法の影響で少し乱れてはいるが、こちらが風上だった。
イグロスの矢が空気を切り裂く音が、木々のざわめきを真っ直ぐに穿つ。
「——大当たり!」
彼が言うならそうなんだろう。しかしレゾンには、魔力の気配が少し停止した後、かえって活発になったのが見えた。
レゾンが肩にかけていた外套を放って剣を握り直したのを見て、イグロスは不満げに言う。
「……今ので無理は敵さんが悪いだろ、なあ?」
「脳天を一発ぶち抜いたくらいじゃ駄目みたいだな」
「じゃーあと何発だよ、抜いてやるからよ」
「イグロス、それより脚を」
「はいはい」
イグロスは不満そうにしつつ、続けて矢を射っていく。少ししてようやく、レゾンの耳にも猪の魔獣の足音が聞こえた。木にぶつかれば木の方が折れてしまうだろう恐ろしい速度で、揺れる巨躯が真っ直ぐ突進してくる。既に何かを殺したのか、牙はぬらりと赤く濡れていた。
「チッ、何も痛くねーみてエな顔しやがって、腹立つなア。——てめーの番だぜ、旦那。目覚ましにカッコいいとこ見してくれよな」
「……その呼び方やめてくれ」
その言い合いを終えた頃には、魔猪はレゾンの狭い間合いに入ろうとしていた。
魔猪が、ブオオオ、と低い声で唸る。それが魔法の合図だった。魔猪の瞳と、矢の刺さった傷口が淡く発光する——血液の魔力が活性化して光っているのだ。
「……っ!」
その効果はたちまち現れた。レゾンの体はまるで毒が回ったかのように痺れ、動きが封じられる。
「……レゾン! いけるか——」
魔猪の牙が目前になる。
——短剣で戦うには、相手の懐に入らなければならない。そんな得物で魔獣と戦うなど無理だと、誰もが元補佐官を笑った。その意見は間違っていない。ただ、彼らは知らなかったのだ——レゾンの思想の根底にある覚悟、誰よりも執着的な生存本能を。
命が危険に晒されるほど、意識が冴え渡る。
「問題ない」
レゾンは痺れを受け入れ、一瞬に意識を投じた。体をひねる。この時、刃は魔猪の首の側面を捉えている。
「はっ」
魔猪自身の速度によって、剣がその肉を切り裂く。血が吹き出して、濃厚な魔力の気配が漂った。魔法が乱れる。晒された魔猪の背にまたイグロスの矢が刺さり、二方向からの攻撃に巨体がもがくように暴れだす。レゾンはその後脚を剣の腹でいなし、返す刀ですかさず切り落とした後、逆手に持ち替えると、その懐に躊躇いなく入り、「フッ」と力のこもった息を漏らしつつ、全体重をかけて側頭をブッ刺した。
「相変わらず、危なっかしいことしやがるぜ……」
「目は覚めたか?」
——、ドサッ。と猪が横転する。ファン・サービスのセリフにイグロスがヒュウと口笛を吹く。
一度距離をとる。魔猪は三肢で起き上がると、一本の脚を失ったのが嘘のようにまた魔法を使いながら突進してくる。だが、痺れにはもう慣れた。レゾンが両手で剣を構えて受け流すと、イグロスの矢が魔猪の右目を貫いた。
「よし。……心臓は破壊せずに済みそうだな」
すかさず死角に入り、胴を斬り裂く。魔猪はそれでようやくよろけて、地に倒れ、力無く脚を投げ出した。
「——飛竜の方はどうなった」
「静かンなったな。これで決着、元通りか」
「……まだ明るいし西側だ、ギラムにはあの光が見えていないかもしれない。このことも早く報告しないとな……」
「遠回りか。面倒くせエ」
「仕方ないさ」
レゾンは言いながら、魔猪の死体を転がして胸を切り開いた。魔獣の肉は魔力中毒になるから食えない。我々の成果は冀石のみだ。
心臓がまだ脈打ち、みるみるうちに魔力を集めるのが分かる。そして徐々に硬化し——宝石へと成る。
頃合いを見て、レゾンは剣先でそれを掬い上げ、水をかけて血を洗い流して手に取った。母指球ほどの大きさ。小さすぎはしないが、これで〈昇梯〉半人分に満たない程度だ。
「……これで六つ。二人で戦える相手を選んだとはいえ、積極的に戦って、一ヶ月でたった二人分か……」
「十分だろ。ギラムの全員分、神殿のとこに貯めてあんだろ?」
「ああ、だが三・五回分程度だ。二百年で三階層分、〈大浸食〉の間隔の通説は二十年。仮に通説が正しいとして、このペースでいいと思うか? ……まあ、そういう不安を与えないよう、冀石の貯蓄量は公式に発表されてないんだが」
レゾンがぼやくと、イグロスはさすがに少し驚いた顔をした。
「冀石を集めるペースより〈大浸食〉の方が早いってことか。それ、どうすんだ? 人口、減らした方がいいんじゃねーの」
「滅多なことを言うな。——どうするも何も、〈昇梯〉すればいいんだ。第33階層は平穏で、特にエーレ丘陵の周りは魔物が少ない。階層が変われば、危険度は不透明だが冀石を手に入れるチャンスは増えるはずだ。三回の〈昇梯〉のうちにいい環境を見つけることは十分現実的で、これは早く実行に移すほど良い。次世代に繋がるからな」
「…………」
「積極的〈昇梯〉の重要性が分かるだろ? ……だが実際は、〈大浸食〉が近く起きるということの証拠でもなければ誰も動かない」
「証拠ね。……本気で起きると思ってんのか?」
「——信じたくはない。……だが、このままギラムが呑まれる方が耐えられない」
レゾンはため息まじりに言って、冀石を袋にまとめて外套を拾い上げた。
「帰ろう。色々とやる事がある」
二人は今度こそ帰路についた。帰る場所は、もちろん、都市ギラムである。




