第43話 旅は道連れ-②
「……ギラムの、」
……こんなことを、早々に言うつもりはなかった。
「都市ギラムの、生き残りを……探したい」
仲間がいないと言っていた、瀕死のところを助け〈幻鎧〉技術まで教えた相手が、〈昇梯〉するなり行方不明の身内を優先したいなんて言えるものか。あまりに薄情だ。シィアが許してくれたとしても、今後の関係に響く。
「っこの階層にいるかもしれないんだ。ギラムの冀石の備蓄は人口五千人全員分の三回の〈昇梯〉に足りた! 第34階層の環境の厳しさには、ギラム人は到底対応できない。生き残りがいるなら、もう一度〈昇梯〉して第35階層以上のどこかにいるはずなんだ」
何よりレゾンは最初、一人分の冀石を削り出すという施しを断っている。あの時冀石をもらって〈昇梯〉すればよかったじゃないか、と言われれば反論できないのだ。信じきれなかったとか恩を返したかったとか、感情論ならいくらでも並べられるが、そんなものは見苦しい言い訳だ。図々しく世話になった事実は消えない。
「だから……」
「そうだと思って、あなたが目覚める前に少し探してみたわ」
「え」
リュキアは何でもないことのように言った。
「でもどこを探せばいいのか、座標が分からなかった」
「ちょ、っと待ってくれ……、探してくれたのか。何で、あんたがそんなことを」
「トウェンとジグマが、あなたが〈昇梯〉した時は都市から離れてたようだから、もしかしたら……って。何日も起きられなくて捜索が遅れたら悔しがるだろうって」
レゾンは二人の顔を見た。トウェンは微笑み、ジグマは視線を逸らした。
「——本当に、本当にありがとう。すぐに情報を擦り合わせさせてくれ。[導灯の大樹]の位置から正確にギラムの場所を割り出せる。ギラム人なら、それほど移動せずに拠点を作って動かないはずだ」
「……好きにしろ」
ジグマはそう言って、丸めて紐で止めた布を投げて寄越した。開いてみると——それは、見慣れない記号と曲線が綺麗に引かれた美しい地図だった。情報量が第34階層の砂漠のそれではない。つまりこれは……第35階層の。
「あんた、これ」
「君の魔法が暴走しないか見張ってたせいで、僕はろくに動けてねえ。それはタスカ達が作ったのの、広範囲を一枚にした簡易版だ。北が上、現在地は右上の疎林だ」
「見張ってたって、六日間ずっとか? ……悪い。ありがとう」
「フン。今日からは僕も出る。何か問題があるなら早くに言え」
「ああ」
レゾンは描かれた地形を見た。山陰を示すのであろう幅の広い斜線が北西の端に浅く入っており、湖などの場所が示されているのが分かる。[導灯の大樹]は黒く塗り潰された円だろう。文字は使われておらず詳細なことは分からないが、地図は現在地から南西方面に伸びているように見え、レゾンを拾った方面を探してくれていたのだということが分かった。
「……俺たちの〈昇梯〉位置は、蛇を追い立てた分かなりの距離を北上してる。エルメはまだ動けるのか?」
「それなのだけど、どちらにせよあなたには地上を進んでもらうしかないの」
「ふむ?」
「あなたの体はただ重いんじゃなくて、魔力で重くなっているでしょう。その場合は、エルメにも持ち上げられないの。強い魔獣もそうなるのだけれど」
「————」
だから、土から掘り出した時も「結局坂作ってみんなで引っ張った」のだ。
レゾンは、エルメの背中から見下ろした第34階層の景色を思い出した。風の感触と広い視界、何より共に飛んでいるという充足感。あれが、もう味わえないのか……。
エルメが嘴をひねって、レゾンの髪を梳くようにした。エルメもまた乗せたいと思ってくれていたのだろうか。レゾンは両手で彼女の首を抱くようにした。柔らかな羽毛と体温。……これで満足だ。彼女が生きているならそれでいい。
「……分かった。蛇の魔法で速く移動できないか考えるよ」
「ええ、——一緒にいられない代わりに、これを」
リュキアはそう言うと、どこかから一枚の羽根飾りを取り出した。魔力の気配がする。エルメの羽根だ。
「締め付ける魔法植物の茎にエルメの糸を通して括ってある。これを持っていて」
第34階層の森で駝鳥の羽根をもらった時のことを思い出した。あの時もリュキアは駝鳥にエルメの羽根を渡して、レゾンはその意味をトウェンに訊ねた。彼はこう答えた。「あれに魔力を通すとエルメに伝わるようになってるんだ」。
「……呼んでいいと?」
「そう言ってるの」
「——ありがとう。大事にする」
「着けてあげる」
リュキアはそう言って、レゾンの顔に手を伸ばした。少し屈んでやると、彼女はレゾンの耳元に手を添える。——ティタ族のリングか。確かにそこほど常に身に着けやすい場所はない。
このリングには節目ごとに飾りを増やし、その数が権威の示唆となっていく。もちろん彼女たちはそんなことを知る由もないだろう。しかし、断る気にはならなかった。
少し擦れる音がして、羽根飾りの微かな重みがレゾンの左の耳に託される。リュキアの手が離れてから、レゾンはそっとその毛を指でなぞった。これほど素晴らしい飾りを貰ったティタ族は歴史上を見ても他にいないだろうと、自慢して回りたい気分だった。
「地図にギラムの位置は入ってる?」
「ああ、ぎりぎり見切れてるくらいじゃないか」レゾンは地図の左下を指した。「……この記号は何を意味してる?」
「あ——、そこね!」タスカが進み出て頭を掻く。「濃霧で全然見えねえから後回しにしちまッてたわ」
「濃霧?」
「せっかくエルメがいんのに、入っても視程ないとこ見ても勿体ねえじゃん?」
「それは尤もだ。広いのか?」
「わりとね。こりゃ大変だな……」
タスカは髭を撫でて目を細めた。濃霧の中では仲間同士でも数十歩の距離が命取りだ。そんな環境でいるかも分からない人たちを探すというのは、確かに骨が折れそうだ。だがやるしかない。
レゾンは顔を上げて背筋を伸ばし、シィアの全員に向かって声を張る。
「みんな、協力に感謝する。——恩返しという言葉が合わないなら、こう言わせてもらおう」
思えば、ギラムでレゾン自身が複数人に対して演説をしたことはなかった。いつもレゾンの意思の伝え方は、一対一の対談かカニスの口を通すかのどちらかだった。だがいざやってみると——驚くほど体に馴染む。
「都市というものの豊かさはシィアのそれとは全く性質を異にしているが、実際に目にすればシィアもきっとその価値を理解できるはずだ。いつか『都市人のレゾン』として、胸を張ってシィアに会って、俺の愛する都市の姿を見てもらえたら——」
想像する。再建される街並みと、都市の手仕事や遊戯に目を輝かせるシィアたち。人の多さに驚き、制度の面倒さに辟易し、それでも最後には都市の酒を飲んで笑っている。
自分は多分、シィアが興味を持つような場所にはいないだろう。政治、農業、建設——それすらも、もし天空都市構想が実現すればレゾンの手から離れるかもしれない。何せこの体はエルメにも持ち上げられないのだ。
それでも願いは変わらない。他の人間と形も大きさも違えど、レゾンは自分の信念に嘘をついたことは一度もない。
「それが、俺のやりたいことだ。……受け入れてくれるか?」
シィアのみんなはにこにこと笑って頷いた。
「シィアは変わり種歓迎で〜す」
「途中参加組もしばらくいなかったもんな。特にでかいこと言って本当にやりかねない奴は最高だ」
どうやら途中参加は他にもいるらしい。機会があれば話を聞いてみよう。
シィアは、お見舞いだろうか、エルメに花や綺麗な石や雪で作った何かの像などを渡して、ぞろぞろと焚き火の方へ戻っていった。レゾンももう一度、それに喜んでいるエルメの頬を撫でた。
リュキアとの考え方の違いは浮き彫りになったが、天空都市構想を諦めるつもりはない。そのためにはエルメとリュキアが必要だ。だがエルメが無事であって欲しいのは、何を差し置いてもまずリュキアのためだった。
「俺は濃霧地帯に向かうよ。エルメは無理しないでくれ。あんたたちの方こそ、困った時には俺を呼んでくれと言いたいくらいだ」
「あなたの鱗でも持っておこうかしら」
「……剥がすのは、痛そうだな……」
「剥がす必要はないわ。勝手に剥がれた分をカヤたちが持ってるの。綺麗だから何かに使えるかもって」
「おい、それは初耳だぞ。……まあ、それで同じように使えるなら……好きにしてくれたらいいが」
「ええ。——濃霧地帯の近くまで飛ぶくらいならなんてことはないわ。ね、エルメ。みんなと先回りして拠点を作っておくから、安心して」
「本当か、ありがたい」
「あの霧」リュキアは少し声を硬くした。「……魔力を含んでたわ。あの場所に長くいて良いことはないでしょうね」
「! ……」
ゾッとした。最悪の想像が頭を過る。多くの人々が〈昇梯〉できたにも関わらず、魔法の霧を吸って次々と倒れていく……そんな画が。
急がなければ。レゾンは空の拳を握った。




