↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
階層紀元7世紀 流砂のテーゼ  作者: 三科享史
第二章 流砂のテーゼ
40/46

第40話 捧ぐ、剣-②


 砂漠に静寂が訪れた。


「——レゾン君、」


 そうはじめに声を出したのはトウェンだった。トウェンは愕然とした表情のまま、誰よりも早く駆け出した。


「……レゾン君! 何てことを。“海”を呼んだのがきみだからか? だからって……!」


 シィアはざわついていた。戦いに決着はついた。だがそれは、シィアの流儀にはない捨て身の攻撃——しかも余所者による——で齎された勝利だった。


「おいおい、マジかよ。あいつ頭おかしいだろ」

「まだ生きてる? 生きてたら……どうしようか」

「それより、冀石化が始まる。気配の空洞に気付いて他の魔獣が寄ってくるかもしれない。エルメは大丈夫か?」

「リュキアは無傷だ。よかった。他に怪我人はいるがみんな大したことはない。……これは大勝だ」


 エルメが降りてくる。彼女は傷だらけの姿のまま蛇のそばに立って、しばらく沈黙していた。それは黙祷のように見えた。

 幻鎧士たちの魔力は尽きている。エルメは一人で、糸を器用に使って、ゆっくりと[大地を泳ぐ蛇《ネルフェ・ローレ・ドーレ》]の肉体を開き始めた。蛇の心臓は頭から少し下ったところにある。この蛇の心臓が冀石化すれば、それは彼女にとって大きな資源になる。それが足りるかどうかで、……お別れかどうかが決まる。


「…………」

「本当にあの短剣がトドメになったの?」

「エルメも支援してた」

「それにしても早かったけど」

「多分、元々瀕死だったんだよ」トウェンはエルメの作業を見守りながら言った。「そこを“海”が乗っ取った。レゾン君は多分、“海”が自分を殺さないのを分かっていたからあんなことをしたんじゃないか……」


 エルメの糸が蛇の胸を開いていく。赤くぬらりと光る肺が長く、その後は食道の至る位置に胃が……。


「……待って」


 声を上げたのはカヤ。


「蛇の心臓って、普通ここにあるよね」

「ん? 確かに」


 肺から気管が伸び、それが心臓を抱えている——シィアにはその知見があった。カヤはごくりと唾を飲む。


「な(・)く(・)な(・)い(・)? っ(・)て(・)い(・)う(・)か(・)、あ(・)の(・)男(・)も(・)い(・)な(・)く(・)な(・)い(・)?」



 ——冀石がない。人間が消えている。

 階層世界の人間は、この状況が何を示しているか、理解することができる——。



 シィアは空を見上げた。青天井。

 神によって区切られた階層。そこに——亀裂が走る。



「お——おおおおおッ——」


 声が、広い空に響く。

 束陽が歪む。空に裂け目ができて、その奥に立体的な世界が見える。トンネルの奥に。


 男がいる。白橡の髪、褐色の肌、シィアの衣装。そして——腕に白い蛇の鱗がびっしりと生えている。強大な魔力を宿した血を全身から流し、辛うじて制御しながら、真っ直ぐにこちらに手を伸ばしている!


 彼は叫んだ。



「昇ってこい——[共に生きる神鳥(エルメイシィア)]——ッ‼︎」



 シィアは——立った。何がなんだか分からなかったが。体の底から迫り上がってくるものは間違えようもなく本物だった。それを声にした。


「う……うおおおお——‼︎」



 エルメがクルルルルルル……と切なく、長く、啼いた。


 彼女はすぐに飛び立ち、傷だらけの体を歓喜に委ねながら、空へと舞っていった。


 リュキアはぽかん、としながらその光景を見つめていた。意識を取り戻した幻鎧士たちもまた、呆然と眺めることしかできなかった。



 彼は……シィアに最も神話的な形で献身したのだった。己の願望を貫き通すことによって。



 エルメの姿が歪みの向こうへ消えると、彼が力の限界を迎えたのか、裂け目は嘘のように閉じて、跡形もなくなってしまった。

 その瞬間、シィアはわっ——とまた飛び上がって、思い思いの相手と抱き合って勝利を喜んだ。そして英雄を讃えた。


「やりやがった! やりやがったぞ、あいつ! 階層に穴を開けた‼︎ 蛇の〈幻鎧〉で‼︎」

「リュキア! おい、真ん中に来い! ——『共に生きる』シィアの、これ以上なく完璧な、〈昇梯(メタナスタシス)〉の時だ! 誰一人欠けちゃいない! エルメもだ!」

「——……」


 リュキアは言葉のないまま、覚束ない足取りで寄ってきて輪に加わった。


「エルメは第35階層で待ってるぞ。さあ、早く行こう」

「エルメが——、……」


 込み上げてきたものを、彼女は隠さなかった。隠せなかった。

 子供のようにしゃくり上げるリュキアの背を、シィアはよかったなと言って順番に叩く。リュキアの幸せは、シィア全員の幸せだった。




「——さあ——」


 その合図が何を意味するか、言われずとも皆分かっていた。

 エルメのために集めた大量の冀石の入った袋の中身をぶち撒けて、水遊びするように両手ですくって放り投げ、はしゃぐ。


「あはははっ!」「いたっ! 痛いっ!」「ギャハハハ!」「きゃーっ」「逃げろ逃げろ! はははっ」


 冀石がキラキラと煌めきながら飛び交う。涙のあとの小さな光は、その輝きの一部になって溶ける。



 そうして一頻り遊んだ後、三十八人のシィアはそれぞれの手に冀石を持って、握った。

 冀石が光りだす。非魔法生物に本来許された唯一の魔法——〈昇梯(メタナスタシス)〉。



「いよいよかー」

「うん。まあ、これからも変わらないよ」

「——あばよ、愛しの第34階層! 楽しかったぜ!」

「楽しかったね」


 シィアは進む。大馬鹿の余所者と、掟破りの魔獣に追いつくために。

 第35階層へ。



 第二章、エルメ〈昇梯〉編、完結です。ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

 第一章・第二章は既存の原稿の加筆改稿版でした。これ以降、品質の確保のため投稿間隔が開く場合がありますが、是非ご期待してお待ちください。ブックマークしていただけるとよいかと思います。

 評価、レビュー等いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。