第34話 作戦会議!
第一章「第4話 功と罰-④」にて英雄ロー・ツァグラの得物が槍という記述がありましたが、大剣に変更しました。
レゾンは“海”の夢を見る。
今夜の“海”は黒かった。まるでシィアと共に自由な船に乗って進もうとしているレゾンの目を覆うかのように。己と“海”の境界線はなく……。レゾンは“海” の一部だった。身動きを取ろうにも身体はなく、それを認識した瞬間パニックになる。
——大丈夫……。
ひや、と鰭の感触を感じる。触覚は己の輪郭を教えてくれる。レゾンはあるまじきことに、その魚の感触を追いかけようとした。だがすぐに自制する。“海” の中で“海” に与えられるものに縋ってどうする。それだけはやってはいけないことだ。
彼女は再びレゾンの触覚をノックした。レゾンの全ては彼女に開かれているように思われた。彼女はレゾンを抱きすくめた——。
——君は……本当に、素晴らしい……。君の刃は……今に、やつの喉を切り裂くだろう……。
彼女は笑っていた。
「——っ」
レゾンは目を覚ました。息が止まっていた。深く咳き込む。
テントの隙間から差し込む光はまだ薄い。体が重く頭が痛い。……朝のコンディションはいつも通り最悪だ。レゾンにとって睡眠は万能の回復薬ではない。
「起きたか」
その声は他の何よりも地に足がついていて、寝起きの意識を容赦なく現実に連れ戻した。青髪の青年が天幕を覗き込んでいる。ジグマ。レゾンはまだ喉がつっかえていたので頷いて応じた。彼が毎度レゾンの様子を確認しに来るのは、多分、レゾンが“海”に乗っ取られていないことを確認するためだろう。レゾンは咳払いをしてから、掠れ気味の声で伝える。
「……〈大浸食〉はまだ起きない。“海”は……俺に何か期待しているらしい。何をかは分からないが」
「神の言葉を深読みしたところで意味はない。さっさと支度しろ」
「ああ」
「ゆっくりでいいよ。体調に気をつけて。ジグマ、君もね」
「……一緒くたに扱うな」
トウェンの優しい声が聞こえる。ジグマは嫌そうに顔を顰めながら、体が重いのを隠さない足取りで外へ戻って行った。シィアの気遣いには、多分裏表がない。レゾンはさっさと支度に取り掛かって、ゆっくり体を動かした。ギラムでは目が覚めた瞬間から気が抜けなかった。異民族の天幕の方がリラックスできるとすれば、それはもはやレゾンがシィアに対して策を弄していないということか。
——悪くない。レゾンは相変わらず早起きな彼らの賑やかな朝を天幕の外に聞いて、その合間合間に聞こえるエルメの鳴き声に密かに癒された。……直接顔を合わせると、まだ若干警戒されているような気がするので。
シィアの服に着替えて外に出ると、再び集結したシィアが蛇討伐のことなど忘れたかのように明るく笑っている。決して忘れてはいないだろう——忘れないまま今を楽しめるのは強さだ。
「おはよう。やっぱりシィアのみんなは早起きだな。叶いそうもない」
「だってアンタ寝つき悪いじゃん」と、昨日の夜番役のシィア。「あと睡眠の質も低いし」
「本当にその通りだよ。わざわざ毎晩夢に出てこなくたって、俺は彼女のことなら毎日考えてるのに。〈大浸食〉から人類を守るために」
「ハハハ、こりゃ“海”は一生片思いだな」
「あんたたちはよく分かってる」
レゾンはギラムではとても言えないジョークが伝わったことに笑みを浮かべながら、輪の少し外に腰を下ろした。……しかし、期待だ。「君は素晴らしい」「君の刃は今にやつの喉を切り裂くだろう」……、大燕の力を使いこなしたことへの賞賛だとすれば、次の獲物——[大地を泳ぐ蛇]のことを言っているのか? だが期待の理由が分からない。“海”が疎んでいるものと言えばエルメだが、エルメに刃を向ける予定はないし、本気でエルメと敵対すれば大燕の魔法だけでは太刀打ちできまい。そのくらいのことは“海”も分かっているはずだ。
まあ、“海”の意味深な囁きは今に始まったことではない。いつも通り、どうせやるべきことは変わらないのだから、ジグマの言う通り深読みしても仕方がないだろう。
「それで結局——昨日は合流して各々獲った獲物で宴になって終わったが……蛇の偵察はどうだったんだ」
切り出してみる。するとシィアは、そうだなーそろそろその話するかーという空気になって、キュミルが元気よく「はい! じゃあこっちから!」と手を挙げる。彼女は魔力を孕んだ羽根を付けた矢を取り出して、
「まずね、駝鳥の羽根を分けてもらったの。物を貫く魔法が練り込まれてるから、これでみんなも戦えるよ!」
「マジか! 魔法使える!」「やった!」「えー」「弓めっちゃ苦手なんだけど」
「それと、ジグくんが[絡め取る荊豆樹]の幻鎧士になりましたー。ぱちぱちぱち」
「何できるやつ?」「魔法が効かなかった」「ジグマが防御系か、信頼できるなあ」「練習しないと練習!」
ジグマはうんざりした顔で岩に凭れかかっていたが、やる時はやってくれるだろう。なぜならこの男は、自分が戦うこと以上に仲間が傷つくことを嫌うだろうからだ。……自分の思考もシィアに毒されてきたな、とレゾンは思った。
「で、そっちは?」
「面倒なことにはならなかったぜ。鳥たちとオレがいなかったらちっとヤバかったけどな」とバルター。「あいつの周り、常に砂がドロドロなんだよ。石投げて落としてみたんだけどさ、一瞬で呑まれて見えなくなんの。ありゃあ歩いて近寄ったらそれだけで全滅だわ」
「マジで怖かった。夜行性だから昼は動かねえんだけどな、夜になったら獲物を砂で嵌めて、急に地面から出てきてデカい魔獣をガブッ! って……頭がこんぐらいあって——」
「近づかれたら終わりよ。ジグマの〈幻鎧〉で包囲網を作って、その外からチクチク攻撃するしかないわ」
「そんな悠長なことやってられんのか?」
「そこはバルターが頑張るしかないよ」
「クー、そうなるよなあ」
「えーっとだから、バルターが蛇を静かにさせて、その間にジグマの荊豆樹で閉じ込めて、エルメ、キュミル、イレーナと駝鳥の矢で攻撃? 他の問題は?」
「砂に潜られたら、全然今どこにいるか分かんないんだよねえ。姉さんなんて特に位置はっきり分かんないと嫌だろ? 位置さえ分かりゃあ姉さんの火力は炙り出しに使えると思うんだけどなあ」
「それなら」レゾンは前のめりになった。「俺が分かる。俺が位置をイレーナさんたちに伝えるよ」
「んナイス」
自分の役割があることにほっとした。〈幻鎧〉も持っているのに何もできずに終わるなんて耐えられない。
「手札は十分あるわ。慎重に進めていけば勝てるかもしれない」
「慎重に、ね。ジグマとバルターが〈幻鎧〉を練習して——私たちはエルメと一緒に都合の良い地形を探して、エルメと一緒にそこに蛇を追い込もうよ」
「都合の良い地形、ね」
「豆の樹の根は乾燥した砂質の方が張りやすい」とジグマ。「ただ、地下に水があるのが望ましい。昔川が流れてた場所とかな。……無茶な話だが」
「砂砂漠の中で地下水を探せばいいのか」
レゾンは訊ねた。ジグマはソデルの根をもう一段階深く咥え込んで、視線だけでこちらを見た。
「これは第33階層で〈大浸食〉の予兆を探していた頃に確信したことなんだが、湧水は雨水よりも魔力濃度が高いんだ。湧水は地下から来る。つまり——俺の魔法の感度を上げれば、魔力と紐づいた地下水を探すこともできると思う」
「おおっ! よく分からんけどすげえ! ジグマ先生、どうすか?」
「……それならいい。任せる」
「! ああ、任された」
最初厳しかった相手に認められるというのは嬉しいものだ。しかも尊敬できる年上の男に。こんな相手はギラムにはいなかった。
「じゃあ、レゾンは私と一緒にエルメと来て」
「ああ、よろしく」
「イレーナとキュミルも来た方がいいわ。相手の動きを見ておかないと」
「もちろんよ」「おっけ〜」
「おい、僕らの方の戦力は」
「荊豆樹とバルターの魔法があれば何とかなるでしょう? あの棘、すごく痛そうだった。それに、駆けつけられない距離じゃないし」
「…………」
「昨日の今日で大丈夫なのか」
「大丈夫よ、初めてじゃないんだし。まだ体調が悪いだけで、魔法は結構使えるんでしょう」
「そうなのか? ジグマ」
リュキアに指摘されて、ジグマは否定しなかった。そうなんだろう。
「[大地を泳ぐ蛇]は夜行性、昼は身を隠して獲物を待ってる……なら、昼の内に行きましょう。体力も削れるかも」
「そうだな」
なんだか本当に、あの巨大な魔力を持つ大魔獣を倒せてしまうんじゃないか? ——レゾンはそんな予感に高揚を隠せなかった。あの蛇を倒して、エルメと一緒に〈昇梯〉する——。そしてリュキアと共に天空都市を作ろう。ギラムの生き残りを探して都市再建の旅を再開して、シィアにも“海”に呑まれない命の帰る場所を作って……。
「……ふふ」
胸の奥が打ち震えている。その熱を抱いて、レゾンは出発の時間を待った。




