第29話 シィアがシィアであるために
累計1000PVいきました。お読み頂いているみなさん、本当にありがとうございます!
それとぜんぜん関係ないですが与太話なシィア漫画を描いたので、ご興味があればTwitter@MSN0500_か活動報告からご覧ください。例によって手描きです。
シィアは本人がそう望むならば離れることを引き留めないが、それは薄情という意味ではない。ただ、帰ってきた時の歓迎が豪華になるだけだ。
「いやー、今回は早いからびっくりしたじゃねえかっ、何だ? さびしかったのかっ?」
「さびしかったに決まってるわよね——〜? エルメー! ん〜、もふもふー」
「あっずるい! 私がそこ目つけてたのに」
「ごくらくごくらく」
エルメは長い脚を折りたたむようにして座り、シィアたちが思い思いに凭れかかるのを自然に受け入れていた。彼らの姿は——家族に見えた。種族も体格も何もかもが違うのに。
レゾンはそれを遠巻きにしていた。エルメがまだレゾンを警戒しているのだった。今も彼女は、レゾンの斜め向かいくらいに座ったリュキアを見守るように視線をこちらに向けていた。
リュキアはシィアの誰かが新しく作った布で体を温めながら、レゾンと目を合わせた。
「それで——あなたのことだけれど」
相変わらず野性味の残った瞳だ。彼女の伸ばしっぱなしの髪は、地上で見ると重たそうだった。
「……誤解を恐れず、そのまま述べてもいいか。あんたの意見が聞きたい」
「ええ」
「助かる」
レゾンは語った。魔力を感じ取れること。生まれつき見る“海”の夢のこと。“海”はおそらく近いうちに起こる〈大浸食〉についてレゾンに警告していたこと。それを受けて都市全体を早期〈昇梯〉に向かわせようとしたが、間に合わなかったこと。目の前に“海”の使者が現れて、「君は生きなければならない」と言われ、冀石を与えられたこと。シィアに拾ってもらったこと。樹液を塗ると血が光り、より鋭く魔力を捉えることができるようになったこと。〈幻鎧〉獲得を試み、致命傷を負い、同盟の鳥を乗っ取った“海”にまた助けられたこと……。
「……信じられない話ね」リュキアはそう言った。「でも、途中からはシィアが見ている。それに、あながち繋がっていない話でもない」
「繋がってるように聞こえたか。どういうところが」
「要するに、あなたが海神に寵愛されているという話でしょう」
「……言いにくいことを言うな。だが、その通りだ」
レゾンはため息を吐いた。リュキアの言葉は淡々としていて、皮肉なのか嫌悪なのか嫉妬なのか判別がつかなかった。
「魔物は海神の被造物で、強くなるほど“海”からの愛を受けられる」リュキアは続けた。「エルメはその愛を裏切ったから憎まれているの。でもその愛と、あなたに向けられている愛は違う」
「!」
「海神は魔物をモノとしか思っていない。でも、あなたは……まるで愛息子みたい」
「……。息子、か。俺は魔法生物の一種かもしれないと、ジグマに言われたよ」
「両親は?」
「はっきり言えるさ。ティタ族のバヒラ・オベスムと、イト族のメィダリィ・シェン。髪と肌の色は父由来、顔立ちは母由来。母の腹が出産前に大きくなっていたのは、当時使っていた服で分かった。浮気の線も薄い」
「調べたの」
「……ああ」
レゾンは少し目を伏せた。レゾン・オベスムは手のかからない子供で、両親からの扱いは放任に近かった。しかし両親に対して常に壁があったのは自分の方だったのかもしれない。母の手と“海”、どちらに抱かれた時間が多いかは明白で、血の繋がっている彼らがまるで別の世界に生きているかのように感じられたことは、レゾンが自ら肉親を他人と見なす理由として十分だった。
「心配しなくても、あなたはきっと人間よ」
「……どうしてそう言ってくれる?」
「エルメがエルメであるように」
それはレゾンの求めた根拠とは違うが、立派な答えだった。彼女は今、こう言ったのだ——エルメは「魔獣」ではない。
「……よく分かった、ありがとう。それで、本題なんだが——」レゾンは切り出した。「さっきの話にもあった。——第33階層は〈大浸食〉を受けたんだ。周期がどう変化したのかは不明。第34階層の〈大浸食〉は……いつ起きてもおかしくない」
「————」
リュキアは静かに瞼を閉じた。彼女も、それが意味する別れをすぐに理解したのだろう。
レゾンは何も言わなかった。何も言うなとジグマに忠告されている。
「……そう。大丈夫」
「無理しなくていい」
「違う。……いつまでもみんながこの階層に縛られるのは、私たちも嫌だから」
それはトウェンが言っていたのと同じことだった。
レゾンは夕暮れの空を見上げた。……天空神よ、エルメに加護を。海神の魔の手よりも早く、〈昇梯〉の魔法を、どうか。
魔法生物に生殖や寿命死はない。しかしエルメはエルメだ。リュキアと同じように、彼女がその意志を以て生きるところを、レゾンは見てみたかった。
「……決めないと」
レゾンはそう呟いた彼女の横顔に、かつての自分の面影を見た。近いうちに〈大浸食〉が来ると予感し、都市人を動かすと決めた時——レゾンに他の選択肢はなかった。なぜなら“海”の言葉が錯覚であったとしても、生命の命題は疑いようもなく正しかったからだ。同じようにリュキアも、集団のための決断を下すのである。
近くにいたシィアが、「リュキアのしたいことをしよう」と気の良い笑いを浮かべてリュキアを見やった。打算でも何でもない、ただの友情だ。
「——。北の大魔獣」
リュキアはぽつり、と言った。レゾンは固唾を呑んだ。
「……まさか」
北——その方角に何があるのかを、レゾンはシィアよりもよく知っていた。
「あれを狩ろう」
「……!」
まさか。無茶だ! と思ったが、——今や我々には神鳥がついている。その戦力を見積もったうえでの言葉であって、集団自殺のようにはならないのかもしれない。
「あれを狩って、冀石を手に入れる」彼女は確固たる口調で繰り返した。「——[大地を泳ぐ蛇]」
「[大地を泳ぐ蛇]、か。どんな魔獣か知ってるのか」
「——あなた。この階層の〈大浸食〉はいつ起きるの」
質問を返されて、レゾンは首を横に振った。
「分からない。でも、近くなればまた夢で警告を受ける可能性は高い。……余裕があれば調査もしたいが、その話はまた今度だな」終われば決着する蛇狩りと、方法も定まっていない〈大浸食〉の履歴調査、優先順位は明白だ。
「そう」
リュキアはエルメを見た。愛しいものを見る目だ。
「——おい、北の大魔獣を狩るって?」
「ジグマ」
割り込んできた男に、リュキアは視線だけを上げた。
「それは今の僕らで太刀打ちできる相手なのか? トウェンの〈幻鎧〉はもう切れたぜ。こいつは——、……さっきは動けてたが、だからと言って大魔獣に何かできるとは思えん」
「俺の武器は元々これだ」レゾンは剣に触れてみせる。「突っ込めと言われたら突っ込める」
「バカか、君は。頭がおかしいのか」
信じてもらえていない。
ジグマはリュキアの隣に座ると、ソデルの根を味わうようにもぐもぐと上下させた。その味を思い出して、……あんたも大概頭がおかしいだろ、とレゾンは思った。
「[大地を泳ぐ蛇]って言ったか。今分かってることは?」
「砂漠を大蛇が泳いでいる。地形は全て彼の味方で、自在に姿を変える」
「そんな——滅茶苦茶な……」英雄譚の中で災害として描かれるレベルだ。レゾンは眉を寄せた。
「エルメだけでは敵わないわ。みんなの力が必要」
「でも、地面全部が敵なら、エルメ以外は易々と近づけないよな」
「今の布陣じゃ到底無理だろ。あと一人か二人は幻鎧士がいる」
「同じタイミングに幻鎧士を増やしたら、後々困るんじゃないのか?」
ジグマは頷いた。だが下策とも言わなかった。彼は彼なりに、リュキアの願いを叶えようとしているのだった。
「出し惜しみするほどじゃねえ。それに、もしもう〈昇梯〉することになるんなら、新階層を十分な戦力で迎えるのは合理的だ」
「確かにな」
「魔物と違って、こっちは今から必要な種類の魔法を調達できる。準備次第だ」
「その蛇のサイズはどのくらいなんだ」
「直径は……[導灯の大樹]の半分くらいはあるわ」……相当だな。「体長もとても長い。行動範囲も広い」
「厄介すぎる」
「行動範囲を制限できれば多少はマシか」とジグマ。
「エルメの背に乗ったら追従できるんじゃ?」
「エルメの戦闘機動で内臓がめちゃくちゃになってもいいならな。本気の戦闘時の定員はリュキア限定一名限りだ」
「駄目か……」
うーん、と考え込む。しかしこの階層にどのような魔法を持った魔物がいるかはレゾンには全く分からなかったので、何も具体的な案は出てこなかった。次に発言したのはリュキアだった。
「明日から、バルターと魔力適性がないみんなで一緒に偵察をしたい。エルメとあなたたちは、森の方で新しい魔法を探して来て。蛇と戦うのに必要な魔法は、エルメがきっとよく分かってるから。それで、合流したら作戦会議をしましょう」
「君はエルメと離れる、か。——焦ってるな、君。こいつに何か言われたか」
「いいえ、焦ってるわけじゃないわ。でも、あの蛇と戦うなら早いほうがいいってだけ。日に日に強くなってるもの」
「フン。なるほどな」
ジグマは不愉快そうに鼻を鳴らして立った。
「ま、明日だ。今日はそういう話はしたくねえ」
「ナーバスね」
「宴の気分なんだよ。——おかえり、リュキア」
「……ええ。ただいま」
リュキアはにこ、と口元で微笑んで、レゾンの存在を忘れてさっさとエルメの方へ戻った。リュキアとエルメが揃うと、シィアの熱はもう一段階上がった。
必ず守りたい。彼女らの絆を、この温かさを……。レゾンはその夜、剣を胸に抱いて眠った。“海”は笑っていた。




