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階層紀元7世紀 流砂のテーゼ  作者: 三科享史
第二章 流砂のテーゼ
26/47

第26話 同じで、反対-②

 ☆5評価ありがとうございます! 引き続き頑張ります。

 レゾンは顔を上げた。


「第34階層はなぜこんな風になってしまったのか。シィアはなぜ〈昇梯(メタナスタシス)〉しないのか? きみは賢いからずっと気になっていたはずだ。その答えは全てエルメにある」


 トウェンは真剣だった。


「彼女(エルメ)は、〈昇梯(メタナスタシス)〉しようとしているんだ」

「——何だって」


 レゾンは息を呑んだ。

 ——確かに、〈昇梯(メタナスタシス)〉を行うのは、人間だけというわけではないらしい。だがそれは非魔法生物の話だ。魔獣が〈昇梯(メタナスタシス)〉するなんて聞いたことがない。

 奴らはいくら強かろうとも、さらに強くなることが目的なのであって、彼らにとって冀石は無価値だ。生殖も寿命死もなく、ただ〈大浸食〉の時を迎える存在……。故にレゾンにとって魔物とは、生命の命題を放棄した、何の罪悪感もなく殺せる狩猟対象なのだ。

 レゾンには気になる記憶があった。


「第33階層の〈大浸食〉のとき——生き残っていた魔獣は全て『“海”に戻って』いった。エルメ……彼女にその本能はないのか」

「リュキアもそんなことを言っていた。エルメは“海”と深く繋がる存在でありながら、“海”から離反しようとしている、と」

「……!」

「その離反というのが、〈昇梯(メタナスタシス)〉することそのものなんだろう」


 リュキア——ジグマの言っていた、エルメと行動を共にしているという最後のシィアだ。


「エルメの〈昇梯〉は人間と同じ量の冀石では果たされない。この階層の魔力のバランスが崩れているのは——ひいては第34階層に砂漠が広がるのは、彼女によって魔物同士の衝突が激化して、弱い魔物が絶滅してしまったからだ」

「そんなに……」

「シィアが第34階層に〈昇梯(メタナスタシス)〉した時、その場所は荒野だった。例によって魔物同士の激闘に巻き込まれて、あっという間に十人の仲間が死んだ。エルメは、そのまま全滅しそうだったおれ達を助けてくれたんだ。実際に〈昇梯(メタナスタシス)〉してきた存在に興味があったんだろう。そしてはじめに彼女とのコミュニケーションを試みたのがリュキアだった」


 レゾンの頭の中にはその光景が、神話的色彩をもって描かれた。一人の少女が、神鳥と呼ばれた巨鳥に手を伸ばす……。


「リュキアはすぐに彼女と友人になった。シィアは個人のやりたいことを妨げない——おれ達は明らかに異常なこの階層に興味もあったし、その発端であるエルメの〈昇梯(メタナスタシス)〉が実現すれば面白いとも思った。リュキアとエルメの個人的な関係は同盟に発展して、シィアはエルメの庇護を得た。その代わりというわけでもないけど、シィアはエルメのための冀石をこうして集めて回っているんだ」

「それが——シィアがまだ〈昇梯(メタナスタシス)〉しない理由……?」


 ジグマが舐めるなと言うはずだ。シィアのぶんの冀石はもうとっくに集まっていて、あとは全て、エルメのための狩猟だったのだ。

 エルメとレゾンが「同じで、反対」だという意味がよく分かった。確かにそうだ。両者とも海神との直接的な繋がりを持つが、関係は全く異なっている。


「俺は“海”に……気持ち悪いが、好意的に接されている。エルメはどうなんだ」

「完全に対立している。リュキアが言うには、エルメはしばしば“海”の使者に襲われているらしい」

「“海”の使者。“海”に操られた魔物のことか?」

「分からない。きみとリュキアが直接話した方がいいだろうね」


 少なくとも“海”はエルメの味方ではないようだ。レゾンは自分が何か“海”に好かれるようなことをしたか考えたが、どれだけ記憶を遡っても分からなかった。


「……俺は生まれつきこうだ。幼少期に特殊な体験をしたわけでも、海神を崇めていたわけでもない。現状ではエルメにいいアドバイスはできそうにない」

「そうかい」


 トウェンは少し寂しそうに微笑んだ。シィアは心から、彼女(エルメ)と共にする〈昇梯(メタナスタシス)〉を望んでいるのだ。


「エルメを尊敬するよ」レゾンはしみじみと言った。「生き延びて〈昇梯(メタナスタシス)〉する、それでこそ生命だ。俺は仲間を失った上、“海”に介入されてばかりで……悔しく思ってる」

「彼女を受け入れてくれてありがとう。……だけども、おれ達はいつか答えを出さなくちゃならない」

「答え——」エルメの〈昇梯(メタナスタシス)〉への挑戦の、成否……。

「シィアはこの階層が好きだ。エルメのことも。でも、仲間に支えられることで自由を得て、仲間を支えることでその権利を得る——そうである限り、どこへ行っても自分の好奇心を擽る何かが待っていることを知ってもいる。エルメと共に〈大浸食〉を迎えて、その他の全てを見逃すことになるのなら、シィアは同盟を破棄して〈昇梯(メタナスタシス)〉する」


 レゾンはその、切なくも力強い決意に胸を打たれた。シィア。「共に生きる」。生きられないのなら、共にはいられない……。それが、彼らが導き出した存続の定立(テーゼ)か。


 シィアは移り気な精神性を自覚して認めており、仲間さえいればその気の向くままに楽しめることを知っている、だからこそ流転を受け入れられる。大切なのは場所ではなく人であると。都市ギラムができなかったこと、その一つは、故郷という場所への愛着をさて置くことだ。シィアにはそれができる。

 エルメの挑戦が成功すれば、もちろんそれが一番いい。だが現実とは時に残酷なものだ。畏るべき神々は対立して世界の形を変え、予測可能だった〈大浸食〉はその間隔を大幅に縮めた。集団が存続できるか否かは、そのような残酷を乗り越えるための取捨選択が冷静にできるかどうかにかかっている。


「きみが現れたのは、それを判断するいい機会だ。みんなで話し合って決めたよ。——次に彼女達と落ち合った時、レゾン君には〈大浸食〉の件をエルメとリュキアに教えてあげて欲しい」

「……つまり、エルメに別れのタイムリミットを告げるのか」


 せっかく出会えたというのに、役目は別れの運命の宣告か。崇高な意志を持つ相手であるだけに、悲しい。だがシィアの方が悲しんで決めたはずだ、と、レゾンは気を引き締めた。


「そうなるかもしれない。だけども、きっと彼女は許してくれるだろう。リュキアが間に立ってくれる」

「……。シィアの決断に敬意を表する。引き受けます。——そして来る判断の時まで、俺も、エルメの挑戦に全力で協力する」

「ありがとう。おれ達も、きみという不思議な存在と出会えて嬉しいよ。もしかすると、この階層ではまだ何か面白いことが起きるかもしれないね」


 レゾンは立ち上がって、トウェンと固い握手を交わした。シィアの疑念を晴らす段階は済んだようだ。


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