第22話 魔法を求めて-②
「あの飛竜の縄張には予め魔法が仕掛けてあって、近づくと爆発するようになってたんだよ」とキュミル。「で、爆発した後発生する炎は、飛竜の思いのままに動くの」
「へえ……。やっぱり竜は縄張意識が強いんだな。それはどうやって倒したんだ」
これはシィアの戦力を知るためというよりも、単なる好奇心による質問だった。そして、彼らも自分たちの武勇伝を語るのに乗り気のようだ。キュミルが身を乗り出して、
「[火種を撒く飛竜]はその時、エルメの友達の鳥類系の魔獣の群れと戦ってたんだよ。シィアはエルメと一緒にその戦いに参戦して——」
「そん時の幻鎧士がエルメに乗って突撃して、ガラヤが蠍の〈幻鎧〉で……」バルターが身振り手振りでその衝撃を教えてくれる。「ガツン! ……っていったらしい。オレは見てねーけど」
「そこからが大変だった。暴れる飛竜は魔法をめちゃくちゃに起動し始めて、おれが血を飲めたのは……」
「戦いの発端になった、飛竜の近くまで迷い込んでしまったエルメの友達の子を助けるには、幻鎧士じゃないのが突っ込むしかなかった。……ホント、危なっかしいこと」
「ハルルが飛竜を飛び立たせてくれた隙に近づいたんだから、それほど無謀な賭けじゃなかったよ。で、飛竜の血はちょうどおれの上に雨みたいに降ってきた。だから飲めたんだ」
「その後のことは考えなかった、でしょう。〈幻鎧〉を獲得する時は魔力が暴れて動けなくなるっていうのに」
「はは……ごめんって、姉さん」
イレーナが呆れてため息を吐く。しかしこうして今彼が五体満足でいられているということは、救助が間に合ったのだろう。……やはり、すごい人たちだ。
「本当にすごい。人間がそんな魔獣同士の戦いに介入できるなんて……想像できないな」
都市ルッカは地竜と魔獣の戦いに巻き込まれて崩壊した。しかしそこに幻鎧士ほどの戦力がいれば……運命は、どうなっていたのだろう。考えても意味はないのに、どうしてもやめられなかった。だって、都市を建てるために集まった人々はシィアの何倍もの数がいて——第30階層の環境はこの第34階層のように特異ではなく、魔獣を探すことは簡単だった。
都市ギラムは偉大な文明を築いた。それは確かだ。確かだけれども、定住してきたばかりに知らないままのことがあまりに多すぎる。それは、あるいは、第34階層に留まるシィアもまた……。
「今から、きみも幻鎧士になるかもしれないんだ」トウェンは言った。「特別なことじゃない。この階層で生き抜くためにはね」
「——はい」
その言葉で、完全に覚悟が決まった。未来だ——未来のために、人間がこの強さを手にすることを普通にしていきたい。そのための第一歩だ。
トウェンの〈幻鎧〉は[火種を撒く飛竜]。爆発の魔法を仕掛け、さらに炎を操ることができる。ただし四ヶ月の寿命の近い幻鎧士であり、本来のパフォーマンスを発揮することはできない。
バルターの〈幻鎧〉は[影を見せる狐]。敵に幻を見せて行動を誘導する。敵の行動を予測するにはこの魔法の影響を考えなければならないだろう。
キュミルの〈幻鎧〉は[氷を生む精霊]。漂う魔力を氷に変換することができる。汎用性の高い魔法であり、基本的に彼女が主に攻撃すると思っていい。
そしてイレーナ。消去法で分かる——シィアを見つけた時魔獣の首を刈っていた、あの大鎌だ。
「大体了解した。頑張ってみるよ」
「そうだ。剣、返そうか。短い剣だけど……」
トウェンはそう言って、レゾンから預かっていた短剣を出した。短剣としては長いのだが、やはり短く見えるらしい。レゾンはゆっくりとそれに手を伸ばしながら、少し微笑んだ。
「ありがとう。やっぱり地位を変えても、俺にはこれが性に合ってるんだ」
*
しばらくするとシィアのみんながぞろぞろと帰ってきて、「何も見えんかったな」などとぼやいた。どうやら、魔獣は巣穴を掘って中にいるらしい。
「巣のままどうにかできないのかい?」とイレーナ。
「姉さん、それじゃレゾン君が近づく隙がない」
「となると、とりあえずは誘き出さないとか」
「爆発音で驚かせるのは?」
「いや……できればおれの魔力はキュミルとの連携に温存させて欲しいな。もういつ切れるか分からないし、こういう乾いた場所じゃ火を扱いにくいし」
「じゃあ初手はバルちんだね」
キュミルに指名されたバルターが「オーケー、じゃあ次は……」と軽く了承して、作戦立案を次の工程へと流す。
「パターンを考えないと。相手の魔法次第でキュミルの出方が変わるからね。もし相手の射程が長ければ防御に意識を割かざるを得ないけども、同時に、着弾して魔法が解けるならその魔力を使って攻撃に転じることができる。キュミルにとって一番厄介なのは魔力を身に纏うタイプだ」
「巣穴を作るような魔獣、そういうタイプの予感しかしないんだけど」とキュミルが文句を言う。「そうだったらトウェンさんにやってもらう!」
「わかったよ、キュミル」
「俺はどうすればいい?」と口を挟んでみる。短剣で戦力になれるとは思わないが……。
「兄チャンは後方待機。んで、待ってたらイレーナお姉さまが致命傷にならないように魔獣を斬って出血させてくれるから、そしたら近づいて血を飲んで」
「分かった」
「僕もこいつとバルターと北に回っておく。イレーナは東、キュミルとトウェンは南西だ」
「異議なーし」
ジグマの提案もサクサクと通り、全員が動き出す。誰もリーダーではないし、誰の案が軸ということもないのに、ギラムの狩人のリーダーが一人ひとりに指示を出していくより速い。今の〈幻鎧〉での戦い方の定石が全員の頭に入っている上に、想定外のことが起きても対処できるという自信があるからだろう。
地形は、南北に走る路地のような細い谷とそれを挟む絶壁という状況。魔獣は谷の下にいて、キュミルたちは絶壁の上から距離を確保して攻撃することができるようになっている。谷は北にいくにつれて西に向かって曲がった後終わっていて、そこは比較的なめらかな斜面になっており、安全に降りることができそうだった。
「何であんたもこっちなんだ?」レゾンはジグマに訊いてみる。
「僕は戦いが嫌いなんだ。北は距離的に魔獣から一番遠いし、幻鎧士がバルターしかいないから狙われにくい」
「なるほど……」
自己保身的と言ってしまえばそれまでだが、幻鎧士でなくても弓矢などを持って加勢しようとしているシィアは十分他にいるし、そもそも距離的に遠いといっても魔法次第では十分危険となり得る距離だ。シィアは個人のやりたいことを妨げない。ただしそれは、戦闘が嫌いだから終わるまで遠くにいるということではないのかもしれない。彼の選択は非戦闘員の振る舞いとして全く正しかったし、そうでありながらレゾンにとっては心強かった。監視されているのだとしても、レゾンに悪意はないので問題はない。
戦いの前の発破などはなく、それぞれが移動し始める。個別に言及されなかったメンバーも、自ら全体を見てどこにつくかを選んだ。これは、統率……なのだろうか?
レゾンは北から谷を見下ろして、岩陰に、巣穴らしい僅かな砂の盛り上がりを認めた。バルターがんっ、と伸びをして、一、二度跳ねて、ジグマを伺う。
「ジグマ先生、合図あった?」
「自分で見ろよ。——ちょうど今あった」
「ごめんゴメン。じゃあ始めるぜ」
バルターがひらりと手を振り、前に出る。そしてレゾンの方を振り返って、ニヤリと笑った。
「あの狐は逃げ回るだけの弱者だったが、オレは違うんだぜ。シィアの幻鎧士サマだ」バルターの瞳が淡く光りだす。「——〈幻鎧〉、[夢を見せる狐]!」
「夢を?」
「そ。幻影を見せる魔法なんて、他のこともできるに決まってんのにさ、本人……本ギツネ? は逃げるためにしか使ってなかったんだよ。逃げる以外のことしたって意味なかったから。笑えるだろ」
魔獣に付けた[影を見せる狐]から呼び名を変えている。それは——〈幻鎧〉として獲得されたことによって、その魔法が元々よりも拡張されたことを示しているのだった。
バルターの頭には狐の耳が生え、布に隠された足の間にはしゅっとして長い尻尾が垂れ下がって見えた。透けていて、触れることはできなさそうだ。キュミルの翅と同じ現象である。
「さて、と。でも不便なんだよねえ〜……、相手に近づかねーと発動できないし。よっ」
彼は斜面を滑るようにして降りて、緊張感のない足取りでスタスタと谷を南下していった。魔獣に対して無謀なほど距離を詰めることを、レゾンはし慣れていたが、見慣れてはいなかった。特に今回の戦いは、初めて一部始終を目撃する第34階層スケールである。固唾を呑んで見守る。
「!」
レゾンには、バルターの魔力の気配がブレるようになったのが感じられた。それが、敵の認知に影響する彼の魔法の予兆だった。魔力の塊は巣穴に潜り込み、熱を持つようになってゆく。
「やあ新たな〈幻鎧〉クン——出てきなよっ!」




