第21話 魔法を求めて-①
各話タイトルのセンスが尽きてきました。
なめらかな地形が続いていた砂漠に低い岩山の波が現れると、シィアはその合間を最適な道順で進んでいった。低いと言っても近寄れば見上げる高さの岩石は、植物もなくごつごつとした肌にできた濃い陰影のせいか迫力があって圧倒される。
砂漠の肉食動物・シィアは、気まぐれに動物に挨拶して戯れ、気まぐれに狩りをした。彼らは好奇心旺盛で、見たことがない虫や植物を見つけるたびに立ち止まり、試しに誰かが食べてみるなどした。そうでなければ〈幻鎧〉技術に辿り着けるわけもない。
一行はさらに南へ。岩山はまるで大地の鱗だった。では自分は、さながら砂漠という巨大生物の背に寄生する蚤だ。それ以外の世界を知らぬまま醜く小さい一生を終える……。そんな気がしてくる。
「そろそろ目的地だ」とジグマ。「エルメの情報だと、最近この辺に移動した魔獣がいるはずだ。この辺っつってもかなり広い範囲だがな」
「エルメが魔物を探してくれるのか」
「彼女らとは月イチくらいで会って、僕らにも倒せる強さの魔物が多い地域に運んでもらうんだ」
「へえ。——そうだ、近くにいるって分かってるなら、俺が魔力の気配を見ようか」
「…………」ジグマはレゾンに頼るのは嫌そうだ。
「おお! やってよやってよ」
だが他のシィアは乗り気だ。ジグマも止める気はないのか何も言わない。
レゾンは手近な高い岩山に登ることにした。「魔法」状態でない今は、シィア以外から魔力の気配を感じることはできないが……。
「——っと」
運んでいた荷物を下ろし、刻みのような凹凸に足を引っ掛けて頂上まで登ると、視界が開け、風が全身を打った。見えるのはやはり一面の不毛の大地だったが、それでも高所から見晴らす景色というのは爽快なものだ——ギラムの神殿から見渡すエーレ丘陵のように。南東には谷のような彫りの深い地形が確認でき、はじめに歩いたような砂砂漠はもう見えない。
「どうだー」
「今やってみるよ」
レゾンは見上げて催促してくるシィアに言って、目を閉じた。血液の循環を意識し、魔力の流れを捕まえる。レゾンは、それを意識した時点で魔力が活性になるのだということに気がついた。目を開ける。
この「魔法」によって強化された感知が物体を透視できるのは、奥にいたバルターをみつけられたことで実証済みだ。ぼんやりと下から伝わってくるのは地中深くの貧しい魔力だろう。遠くには[導灯の大樹]に沿って光が流れている。それが方角を見失わないための基準だ。
「南東の方を探せ。その魔獣ってのは元々ここより東にいたんだ。なんでも北に強い魔獣が新しく湧いたらしくてな、それで逃げてきたんだと」
「了解」
ジグマの言う通りに東を見る。だがいくつかある魔力の塊がオアシスなのか、それとも魔獣なのか、砂漠の地図を知らないレゾンには判断がつかなかった。しばらく見ていたが、動かない。
「うーん……」
「何が見える」
「水と判別がつかないんだ。あんた、地図と照合できるか。魔力の塊は、向こうに一つと——」
そう言って順番に指差そうとした、その時だった。
北東を起点に、一瞬で、魔力の波が地形を撫ぜた。それはレゾンの足元まで到達し、何を起こすでもなく通り過ぎていく。
「うわっ、」
その波が弧を描いているのは辛うじて分かった。おそらく今のは、波紋のように円形に広がった、巨大な魔法の余波の一部だったのだ。恐るべき存在を理解させられて、本能的に体が強張ろうとする。集中力が高まる。レゾンの目は依然として東を注視している。
「おい、落ちるなよ」
「——見つけた!」
レゾンは叫んだ。今の余波に反応して、逃げるように機敏に南へ動いた魔力の塊があった。それを確認した瞬間、視野は元に戻る。遅れて、ゾクッと体が震えた。武者震いだった。
急激に体を臨戦態勢に引き上げられて昂ったまま、ジグマに報告する。
「……はあ、恐ろしいものを見たよ。北東の魔獣の魔法の余波がここまで届いた。感じなかったか? ほら、手が震えてる」
「本気かよ」
「本気さ。魔力を感じられないっていうのは羨ましいけど不便だな。——それで、反応して南に動く奴がいた。多分あれがあんたの言う魔獣だろう。向こうだ……標高の低いところにいる」
南東を指差すと、ジグマは瞬時にルートを計算して、視線を上から下へ何かをなぞるように動かす。
「フン。信じられねえが……確かめに行くぞ」
「アイサー」
高揚したままレゾンは応えて、軽快に飛び降りる。ぱっと見た感じ、今回の目標の魔獣はシィアがはじめ出会った時に倒していた魔獣より少し魔力量が多い程度の個体、つまり第34階層におけるヒエラルキーの下層の魔獣だったが、レゾンにとっては派手で目新しい狩りになることは間違いなかった。そしてきっと、その魔法がレゾンの〈幻鎧〉になる。
イグロスもここにいればよかったのに——レゾンはそう考えてしまって、気分の低下を感じた。あの男と同じくらい口と目つきの悪いジグマは、レゾンを見て「君、意外と好戦的なタイプか。突っ走るなよ」と苦言を呈した。やはり二人は別人だ。ここに都市人はいない。
*
レゾンが共有した魔力の塊の位置は正確だったようで、ジグマは道中全くレゾンに話しかけなかった。必要がなければ喋らないタイプか? ……と思ったが、他のシィアに何やら気安く肩を組まれてレゾンの近くから連れ去られると、何か短い言葉の応酬をしてニヤニヤと笑っていた。
南東の複雑に谷が入り組んだ地形は、何も知らずに歩けばすぐに行き止まりになったり迷宮入りしたりしそうだったが、彼らは迷わなかった。
レゾンは後ろの方を歩くトウェンのそばに寄って、訊ねる。
「この辺りには何度も来てるのか?」
「うーん? おれの知る限りは、一度だけ近くを通ったことがあるような気がするけど」
「本当か? ……いや、全く迷っていないから、すごいなと」
「それは地形を見るのが好きな数人が、エルメの背に乗って複雑な地形を予めチェックしているからだろうね。どうやらここもその対象だったみたいだ」
「へえ……」
なるほど、強い魔獣に守られながら空を飛べたら……階層のどこへだってすぐに行けるだろう。レゾンはその光景を想像して、都市人とシィアとは同じ階層世界でも全く違う世界に生きていたのだと思った。たった一つ上の階層で、こんな生活をしている人々がいたなんて——。
「でも私たちは一旦ここらでお留守番よ、坊や」とイレーナ。「まずは幻鎧士じゃないみんなに偵察に行ってもらうの」
「幻鎧士の魔力が魔獣に警戒されるから、だな」自分も警戒するからよく分かる。
ということで、シィアは待機組と偵察組に分かれた。幻鎧士のキュミル、トウェン、イレーナ、バルター、それから一応魔法を使えるレゾンも待機組である。待機している幻鎧士がいつでも偵察組を助けられるよう、偵察先まで信号役が点々と立つ。手慣れているし、誰も一人になることを怖がっていないな、とレゾンは思った。それは強い絆の証だった。
自分だけ怯んではいられない。レゾンは幻鎧士たちに向かって話しかけた。
「〈幻鎧〉を得るには、生き血を飲まなきゃいけない……ってことは、俺はどこかのタイミングで魔獣の懐に入らなきゃいけないんだろ? いつもの戦い方を教えてくれないか?」
短剣で戦ってきた身だ、懐に入ることには慣れているが、それができたのは援護してくれる味方がイグロスという一人の信頼できる弓使いだったからだ。超火力の幻鎧士が複数人となると話は当然変わってくる。
「戦い方ねえ」バルターが首を捻る。「今は大体、トウェンかキュミルが削って、姉さんがトドメでしょ?」
「バルターさんの〈幻鎧〉は?」
「オレのは[影を見せる狐]——地味な役回りだぜ。こいつはな、この第34階層でもっとも弱かった魔獣なんだ」
「最も弱い?」
「要するに、逃げ回るための魔法なんだよ。まーカンタンに言えば、敵に自分の姿の幻覚を見せて、ソレを追わしてる間に逃げるってこと」
「なるほど、それで生き残ってきたんだな。……シィアはそれを倒したのか」
単純な火力では、そのような魔獣は倒せまい。彼らの狩猟能力の高さが伺える。
「あん時は、トウェンの〈幻鎧〉が全盛期だったからなー」
「あはは……」トウェンは照れ臭そうに苦笑して頭を掻く。
「トウェンさんの〈幻鎧〉は」
「[火種を撒く飛竜]ね」とイレーナ。
「飛竜……!」
レゾンは思わず大声を出して驚いた。飛竜は、ギラム人にとってほとんど守護神のようなものだった。それを、生き血を飲む余裕を残して狩るとは……。しかもその識別名ということは、精霊と戦った時に活躍した炎の魔法を使える幻鎧士とはトウェン本人だったということか。




