第18話 火遊び-②
自分の体を見下ろすが、血管は光っていない。ただ体に纏わりついた氷が肌に刺すような痛みを与え、感覚を奪っていっていた。
「キュミル。結晶の様子は?」
トウェンが冷静に言う。だがその声色は先ほどまでより硬い。それでレゾンは、トウェンもキュミルと同じものを見たのだと分かった。キュミルはぐいっとレゾンの腕を引いて、再び氷をじっと観察する。
「……。……」
「どうだい?」
「……嘘。さっきと同じ……」キュミルは不安そうな声で呟く。
それが何を意味するのか、レゾンにはいまいちピンと来なかったが、どうやら元々〈幻鎧〉を知っていたという冤罪は免れそうだった。魔法の癖なんてなくて当たり前だ。レゾンは、キュミル曰く「癖がなくて、密度が高い」〈昇梯〉以外の魔法を使ったことなど一度もないのだから。
では、さっきの現象は?
「……空に誓って、俺は嘘を吐いてない」
「……。じゃあさっきのは何?」
「俺にも分からない」
そう言うと、キュミルは納得いかなさそうに眉を寄せつつ、〈幻鎧〉を解除してくれた。ぬるい風の温度にほっと息を吐く。
「きみを信じたいけど、確かにおかしいことは多い、そもそも症状が軽すぎだしね」トウェンが油断を見せずに言う。「普通は軽くても、顔が真っ赤になって鼻血が出たり、呼吸が荒くなって吐いたりするものなんだよ」
「そ、それはないが……視界が真っ暗になった。彼女の魔法で止まったから、多分それと魔力が光ったことが関連してる……ということだろう。そういう例はないのか?」
「ないね」
トウェンは視線を逸らさずに断言した。レゾンは困ってシィア族の皆を見渡した。そうすると、あの青髪の青年と目が合う。彼は相変わらず何かの草を咥えて、両手をポケットに突っ込んでおり、目つきが悪かった。
「——幻鎧士じゃねえなら、そいつは逸材だな」
彼は言った。キュミルが面白くなさそうに彼の方を見る。「逸材?」
「単純に、許容量を増やすまでもなく適性抜群ってことだろ。悔しい気持ちは分かるがな——」
どうやら彼は、今回はレゾンの味方らしい。しかし……適性抜群? 予想と全く違う展開に、喜びも追いつかない。
「君」
「…………」
「幻鎧士になれ。君が嘘吐きで元々幻鎧士なら、二種類の魔獣の魔力が混ざって気が狂う。そうじゃなければ——面白いことになる。いいだろ?」
彼はニヤリとワルっぽく笑った。それはレゾンではなく、シィア族全体に向けての意思表明だった。その興味は伝播して、みんながワッと盛り上がって話し始める。あり得ないだろとか自分の時はこうだったとか。
「あんなに素の魔力適性が高いことなんてあるのか?」誰かが彼に話しかける。
「さあな。だが、魔法生物と非魔法生物の境界線が魔力適性の高さなら、アイツは実は魔法生物だったってことだろ」
「ハハハ! なるほど!」
レゾンはそれを聞いて、ふと怖くなった。自分は、魔法生物に近い感覚を持っているのではないか——そういうふうに考えてきた。魔力の気配を感じられることだ。先ほどはその能力が魔力を増やすことによって増幅されたという認識は間違っていないだろう。それが——魔法生物としての特有の魔法だとしたら自分は……。
「……レゾン君、彼の提案を受けてくれるかい」
「それは、元々あんたにもお願いされたことだし。喜んで」
「そう。——あと、その体質に何か心当たりはある?」
レゾンは暫し、沈黙した。心当たりは——ある。“海”との繋がりが……。
ベルメト山で邂逅した双頭の鷹の姿、そしてその嘴が胸を切り開く様子を思い出す。“海”は——レゾンを見ている。砂漠にいる、今この瞬間も?
「……これは例え話だが。魔獣が他の魔獣の生き血を飲んだらどうなる?」
「——レゾン君、きみは——」
「俺にも分からないんだ。俺は魔力が怖いし魔法を使えるなんて考えたこともない」
トウェンの質問の答えになっていないことは自覚していたが、上手く軌道修正できなかった。ここで本当のことを口にすれば、それが真実になってしまう気がした。
優しいトウェンは「……症状はないかい?」と質問を変えた。レゾンは、普通ではないことは分かっていたが「もう何ともないよ」と正直に答えた。
「幻鎧士は元々、自分から魔獣に近づきに行っているような存在だ。きみは彼の言う通り逸材なんだよ」
「それは……そうだよな。……うん、強い幻鎧士になって役に立ってみせるよ」
「よろしく。とりあえず、傷に包帯を巻いておこう。樹液は拭わなくていいかい?」
「ああ。ありがとう」
トウェンにとっては、レゾンがシィア族を裏切らないことだけが重要なのだろう。レゾンはそれに甘えて続きを語らなかった。包帯が巻かれて傷が見えなくなる。
落ち着く間もなく、レゾンの周りには興味津々の顔をしたシィア族の面々が集まってきて、「なあ、見てなかったからもっかいやってくれよ!」と気安く絡んでくる。血が光った、魔法、のことか。……最初と態度があからさまに違いすぎる……。
こういう人間と仲良くする方法は考えても無駄だ。この軽薄さは無関心からくるのであり、好感度を上げようと努力してもこちらが疲れるだけだ。レゾンはとりあえず「試してみるよ」と答えてぎゅっと目を瞑る。
「ちょっと、そんなことさせて大丈夫なの?」
「いざって時はキュミルさまが俺達を守ってくれるからな」
「もー、この大人達!」満更でもなさそう。
体内の魔力の気配を探る。辿っていくと、血液と共に脈拍に乗る何かに触れることができた。……安定している、のだろうか。それで——どうやったら使えるんだ?
「おっ、本当に光った。顕現物は……フム、ないな」
困惑の中そう言う声が聞こえて、どうやらもう成功しているらしいと知る。確かに、これまではぼんやりとした感触のある光のようだった気配が、糸のように物質的に捉えられた。薄く目を開くと、自分の手のひらに走る血管の形に沿っているのが分かる。……普通の視覚と同時に認識することはできたが、かなり負担を感じた。実戦で便利かもしれなかったが、慣れるまでは時間がかかりそうだ。
「何の魔法を使ってるんだ?」
「魔力が光って見えるよ」
「何だそれ! 地味だなー。外から見てもわっかんねえし」
「じゃあ、キュミルとトウェン以外の幻鎧士が誰か当ててみろよ!」
「えっと——」
普段だと彼らが樹液やその他の魔力の気配のするものを持ち歩いているせいで気配が交じるが、今はそれぞれが何に帰属する魔力なのか選り分けて理解することができる。レゾンは顔を上げて、特に魔力量が多い二人を順に指差した。容姿の分からないまま。
「おおっ、イレーナと……俺? いや俺は違うけど」
「その奥の」
「ウソ。見つかっちったよ」
正解して気が抜けて、パッと視界が戻る。再現性はあるが、かなりの集中力を要するようだ。頭が痛いような気がして瞬きを繰り返す。
「本当に見えてるんだねぇ」
と、はじめに指した方向から背の高い女性がレゾンの顔をしげしげと覗き込む。波打つ橙色の髪を腰ほどまで長く伸ばした、お姉さまという感じの大人の女性だった。彼女が「イレーナ」か。身体中にアクセサリーを欠かさないお洒落な人で、唇の血色が良いのは口紅を塗っているからかもしれなかった。この砂漠にあってか。
「〈幻鎧〉を得るためには、戦闘中に最前線に出てもらうことになる」とトウェン。「姉さん——イレーナ姉さんはたまに想定できない動きをするから危ない。バルターについて行くといいよ」
「ははあ、またこの弟は」
イレーナが少し毒舌を見せたトウェンに噛み付く。姉弟か。意外だ。
「ま、まずは魔獣を見つけるトコからだけどネ」と、バルター。彼は短い茶髪の、快活な喋りの男だった。「それこそ兄チャン……名前なんだっけ? の魔法? の使い所でないの?」
「レゾンだ。 ——何か気づいたら言うよ」やっと言えた。
「オーケー、オレはバルター、よろしくヨロシク。面白そうなことは大歓迎」
「よろしく」片手でラフな握手。
トウェン以外のシィア族の人々にとって自分を引き入れるのは火遊びのようなものか——と、レゾンはその盛り上がりに納得した。つまり未来は、いかに彼らを楽しませられるかにかかっていた。そう現状が見えてくると冷静になれて、どんな恐怖にも耐えられる気がした。




