第5話(最終話)世界を圧巻した後は二人だけの絶対領域
翌日、午前。
王宮の広大な謁見の間は、重苦しい静寂に包まれていた。
床に膝を突かされ、聖騎士たちに周囲を囲まれているのはゼクス公爵。そして、彼に与していた『王立賢人会議』の面々だ。
一晩で外堀をすべて埋められ、ここに引きずり出されたはずのゼクスだったが――その目はまだ、死んでいなかった。
「ふは……ははは! 処分だと? 笑わせるな、エレノア!」
ゼクスは歪んだ笑みを浮かべ、列席の後方に控える俺を狂ったような指で指差した。
「弾劾されるべきは、そこのゴミ盾――アルトの方だ! 陛下、並びに諸侯の前で告発させてもらう! 昨日、この男は王都上空から、国家の最高決定機関である我ら賢人会議の馬車群に対し、凶悪な魔術による『不法な攻撃』を仕掛け、移動の自由を奪った! 衝撃によって我々の身内に怪我人まで出ている! これは明白な国家反逆罪であり、王宮を脅かすテロ行為だ!」
謁見の間が、ざわ……と不穏に揺れる。
ゼクスの背後にいる貴族どもが、ここぞとばかりに「そうだ!」「盾役の分際で王宮を侮辱するか!」と同調し、風向きがゼクスへと傾きかける。
政治の力で生きてきた男の、これが最後の、そして最も汚い嘘の悪あがきだった。
「不法な『攻撃』、ですか」
俺は一歩前へと出た。ポケットに両手を突っ込んだまま、ゼクスを冷たく見下ろす。
「そこまで言うなら、今ここで、昨日とまったく同じ技をこの謁見の間にかけてみましょう」
「……何?」
俺がポケットの中で指をスッと動かした、その瞬間。
ガギィィィィィン!!!
地鳴りのような強固な駆動音とともに、この広大な謁見の間の「空間そのもの」を完全に包み込む、巨大な透明の立方体結界が展開された。
窓から差し込む光が、結界の境界線でわずかに屈折する。
「な、なんだこれは!?」
「見たか! 今まさにこいつは王宮を攻撃しているぞ!」
ゼクスが勝ち誇ったように叫び、周囲の貴族たちが色めき立つ。
しかし、俺はため息混じりに首を振った。
「攻撃? 誰か一人でも、今の結界で傷ついた奴がいますか? 痛みのひとつでも感じたか?」
「……え?」
ゼクスがまばたきをする。
結界の内部では、風一つ動かない。悲鳴を上げた貴族たちも、自分の体に傷一つついていないことに気づき、呆然と互いの顔を見合わせている。
俺の結界は、外側からの攻撃も、内側からの暴走も、すべての『運動エネルギー』をその場で100%吸収・停止させるだけの、ただの「壁」だ。
「俺の能力は、どこまでもただの『盾』ですよ。怪我を負わせる攻撃機能なんて、これっぽっちも入っちゃいない。……なぁ、ゼクス公爵。昨日の馬車の中で、あんたらの身内が顔を強打して鼻血を流したのは、俺が攻撃したからじゃない」
俺は一歩、ゼクスへ近づく。
「『自分たちが領民を跳ね飛ばすほどの猛スピードで暴走し、勝手に自爆した慣性の法則』のせいだ。人を踏みつけにして逃げようとしたから、自業自得で怪我をしただけ。……俺の盾のせいにすんなよ」
「な、貴様……っ!!」
ダサすぎる真実を全員の前でバラされ、ゼクスの顔が真っ赤に染まる。
「嘘だと思うなら、証明してやりますよ。――出力を最大にする」
その瞬間、俺は結界の『絶対固定』の概念を、謁見の間全体に直接叩き込んだ。
ピキィィィィィン……!!!
空間そのものが、物理的に「凍りついた」かのような錯覚。
謁見の間に漂うすべての魔力が強制停止し、空気の振動すらピタリと消える。さらには、衛兵たちの武器の重さ、貴族たちの衣服の擦れる音までが、その場に完全に『固定』された。
誰も、指一本動かせない。声すら出せない。
「攻撃」などではない。ただそこに、概念ごと世界をせき止める『絶対的な壁』が存在している。国中のエリートが束になっても、その壁の前では瞬き一つ許されない。圧倒的な格の違いが、言葉ではなくリアルな質量となって、全員の肉体を支配していた。
「ひ、あ……あ……」
俺が結界を緩めると、ゼクスは恐怖と屈辱のあまり、喉を鳴らして床に崩れ落ちた。
自分の吐いた嘘の弾劾が、アルトの「ただそこに在るだけの盾」の前に、文字通り木っ端微塵に砕け散ったのだ。
「ゼクス公爵、および賢人会議の一派を、全財産没収の上、永久追放。……連れて行きなさい」
エレノア様が冷徹に告げたその一言に、もう異を唱える者は、この国に一人として存在しなかった。
すべての戦後処理が完了した、その夜。
俺は、静まり返った団長執務室にいた。
窓の外には、一週間前と変わらない王都の夜景が広がっている。
「アルト。そこに座って」
机の上の書類を片付け終えたエレノア様が、ぽつりと言った。
彼女はいつの間にか、あの夜と同じ、薄手の私服ドレス姿に着替えていた。鎧を脱いだ彼女の肩はほっそりしている。
俺が腰を下ろすと、エレノア様は迷うことなく、俺のすぐ隣に座った。
肩と肩がぴったりと触れ合う距離。
彼女はしばらく何も言えず、ただじっと自分の膝の上で手を握りしめていた。
昼間のあの冷酷な処分も、すべては俺を守るために彼女が無理をして張っていたいわば「結界」だったのだと、その手のかすかな震えで分かった。
「……エレノア様」
「一週間、本当に頑張ってくれましたね。あなたを追放した奴らも、もうどこにもいません」
彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。
「アルト、私、あなたの前でだけは、もう団長でいたくないのです」
「え?どういう......」
その瞳は少し潤んでいて、顔は耳の根元まで真っ赤に染まっている。
「……疲れました。だから、少しだけ、こうさせてください」
そう言って、エレノア様は小さく息を吐くと、俺の肩口に、そっと自分の額を預けてきた。
ただそれだけだった。
けれど、ドレス越しに伝わる彼女の体温と、金髪から香るあの甘い匂いが、一気に俺の体温を上げる。
「ずるいな。そんな顔をされたら、もうバディを辞めるなんて言えなくなる」
「辞めさせません。……ずっと、私の隣にいて」
エレノア様は額を預けたまま、俺の服の袖をぎゅっと掴んだ。その力は、もう二度と俺を離さないと誓うように強かった。
俺の張る結界は世界中のどんな攻撃も防ぐが、この二人きりの絶対領域だけは、何ひとつ遮るものはなかった。




