第1回 神見つけちゃいました。
(さて、どうするか。)
白い空間の中、俺は目の前の自称魔神を観察していた。
腰に手を当てて得意げにしている。露出の多い衣装に角と尖った耳。
どこからどう見てもコスプレだ。
いや待てよ、大神が言っていた「隠れた神」とはこいつのことだろう。
だとすれば話は早い。探す手間が省けた。
(でも……。)
視線が少女の顔に吸い込まれる。
どう見ても子供だ。幼女と言っていい。
こんな相手を倒すとか、そういう話になるのか。
「なんじゃ、じっと見て。我輩の顔に何かついておるか?」
「い、いえ。」
(ダメだ、普通に罪悪感がある。)
いったん冷静に考えてみろ。まず俺は不本意ながら転生した。そしてその転生には意味があった。
およそこの世界の邪悪を排除するみたいなもの。
それがこの少女なことあるか?
「お! なんじゃ、考え事かっ!」
魔神は楽しそうな表情のままこちらに近寄ってきた。
近い。近すぎる。
「えっと……、ここはどこですか。」
「ここか! ここはな、うん、よくわからんな!」
(わかってないのかよ。)
思わず、胸の中でツッコむ。
とはいえ、本当にこいつが討伐対象なのかという疑念は拭えない。
なんせ挙動が完全に子供だ。
「ところでお主、名前は何という?」
あ、俺がコミュ障なばかりに幼女に気を使わせてしまった。
でも、ナイス話題だ。これで流れが変わる。
「……名前は白鷺、一水です。」
「し、しらさぎ? 変わった名じゃな! 我輩はな魔神セレナ・エクリプスじゃ! セレナと呼べ!」
どこか誇らしげに言い放つ。
(魔神……ね。)
倒す。さっきあの女が言っていた言葉が頭をよぎる。
胸のどこかが軋む感じがする。
(まあ、今すぐどうこうする話じゃないしな。)
とりあえず情報収集だ。感傷は後回しでいい。
そう思うと勝手に口が動いていた。
「あ、あのセレナ。ここに来る前はどうしてたんですか?」
そう聞くと、多少不満そうな顔をしたのち、ポツリと答えた。
「やられたんじゃ……、やつに…………。」
(…………やつにやられた?)
誰に、という言葉が喉まで出かかる。
こんな幼女を誰かが倒したのか。
「やつ?」
「うん…………、太陽神の末裔じゃ。」
「そ、その魔神ていうくらいだから何かこう、世界を支配しようとか……?」
「なに、支配じゃと? そんなことしてなにになるのじゃよ――」
一般的には太陽神側が正義で魔神が悪に聞こえる。
つまり倒された側の意見という感じか。
「――毎回、我輩の家族までも倒しよって、我輩ら何もしてないのに。」
「毎回……ですか?」
「ああ、そうじゃ。毎回じゃ……。」
言い終えると、セレナはふっと黙った。
さっきまでの勢いが嘘みたいに、体育座りでどこか遠くを見つめている。
「…………まあ、これも過ぎた話じゃ。」
(ごめんよ。)
しかし声に出ない。日ごろ会話を怠ってきたツケだろうか。
毎回ってどういうことか?なんて聞ける様子じゃなかった。
その後、白い空間に静けさだけが広がる。
――――――――
どのくらいそうしていただろうか。
「…………そういえば、お主はどうしてここに?」
セレナは顔を上げて、首を傾けながら聞いてきた。
長い沈黙を破ったのはなんとも弱弱しい声だった。
「……キノコ食べて死にました。」
「キノコ?」
「毒キノコです。」
「え、ど、毒っ?! お主無事か?」
「いや、死に至ることはないらしかったんですけどね。ははは。」
なんとなく明るく振舞ってみた。
自分のことよりも他人の心配をするとか、健気だ。
この際、自分のダサい死因とかどうでもよく感じてきた。
「そうか、それは残念じゃったな。」
セレナは少し間を置いてから、こう続けた。
「……お、どうやら、生まれるらしいな。」
「え?」
セレナの視線がどこか遠くに向いている。正確には、この空間の外を見ているような目だ。
「何か見えるのか?」
「ああ、なんとなくな。魔力の流れみたいなものでわかるんじゃ。」
魔力、そんな言葉が今聞こえた。
まあ、どう言った原理かは後で聞くとして、とりあえず生まれるらしい。
多分、俺。いや、俺らか?
「それで、どんな感じですか。」
「うーん……。」
セレナは目を瞑り、眉をひそめながら、その魔力とやらを感じ取っている。
「たしかに、生まれそうな気がするんじゃが……。しかし今回は我輩ら二人だからな、どうなることやら……。」
その声は不安、という言葉が張り付いていた。
「え、今回はって…………。」
でもセレナは目を瞑ったまま、魔力とやらに集中しているようで答える気配がない。
「今回とはどういう……?」
もう一度聞いても反応はなかった。
まあいいさ。今聞けないなら後で聞けばいいさ。
「……お主、多分来るぞ!」
そう言って目をかっと開く。
その横顔は、さっきより少しだけ穏やかだった。
「……あ。」
その声で、セレナと目が合う。
その直後、意識が引っ張られる感覚がした。
「え、ちょ――」
「行くぞ、一水――――――」
セレナの声が遠ざかっていく。
白い空間が滲んで、消えていく。
そして、光。
眩しい。うるさい。
それ以外、何もわからない。
ただ一つ確かなのは——俺は今、泣いていた。
「ー・---・・・-・-・-・---・-・」
頼りがいのある女性の声と、自分であろう泣き声が耳に響く。
遠くで葉がこすれる音、足音と重なって床がきしむ音。
やわらかい水の音。布のこすれる音。
すべてが新鮮に聞こえた。
しかし、何も見えない。
というより眩しすぎるのか視界は真っ白だ。
それに持ち上げられているのか、ふらふらと揺れている。
触られている感覚が背中から脇腹、そして頭。どんどん移り変わっていく。
生前の感覚で体を動かそうとしてもうまく動かせているのかわからない。
そうやっていると何やら聞こえる。
―― 一水、いるか?――
耳の奥からそんな声が聞こえる。
多分セレナだ。
(――はい、なんとか。)
――これからよろしくな、一水!――
セレナの声で安堵したのか、俺はそのまま眠りについた。
――――――――――
次に目が覚めたとき、自分の声で起きた。
耳を劈く高い声。
というか、腹が空いてとてつもなく痛い。
(そりゃあ、泣くよな。)
その瞬間何かが口元に当てられていた。
温かくて柔らかいもの。
多分直感的に乳首だと思った。試しに吸ってみると――――
ほんのり甘いものが流れ込んでくる。母乳だ。
ほら見たことか、これはいわゆる授乳ってやつだな。
と勢いよく言ったものの、想像してたより感動が薄い。
というより今の俺にできることが何もなさすぎて、それどころではない。
手を伸ばそうとしても、動かしてる感覚がない。
視界はまだぼんやりとしていて、肝心の胸も見えてない。
ただ、温かいものが流れ込んでくる感覚だけがある。
(なんか、思ってたのと違う。)
異世界転生。
憧れていた言葉のわりに、始まりはひどく地味だった。
魔法も冒険も、今の俺には程遠い話だ。
そしてこれが、これからしばらく続くらしい。
(……長いな。)




