第二回 現場で働く新人新任創造神
まずは、この地獄を耐えている俺を褒め称えてほしい。
(本当に俺はすごい。)
転生した日から数週間は経過しただろう。
その間でよくわかったことがある。
まず一つは、想像していた晴れ晴れしい異世界転生ライフは存在しなかったこと。
意識をもって転生したせいなのか、かなり辛い。
転生直後は身体的機能が未発達なためか、目もよく見えず手足も思うように動かせなかった。
視界は色が薄く光の明暗が続き、体は水中にいるかのような抵抗感が付き纏った。
それに加え腹はすぐに減る。空腹が生前とは比べ物にならないくらい耐えられず、胃がねじ切れるんじゃないかってほどだ。
正直、これらはまだ耐えれた。というか慣れる。
でも排泄だけは頭ひとつ抜けて不愉快だった。
筋肉が発達してないからか、踏ん張ることができないのだ。
特に大きい方はもう素通りに近い。来たと思ったらもう出発している。
そして基本寝たきりのため、大きい方は背中側に来るのだ。
堪えることもできず、ただただ上がってくるのを待つあの時間…………。
この体は感覚だけがハッキリしている。
(ダメだ、思い出すだけで肛門に力が入る。)
そんな俺ができることと言えば泣き喚くことくらいだった。
腹が減ったら泣く。
早く背中の異物を取って欲しくて泣く。
生きるのが辛すぎて泣く。
ほんと泣いてばかりだった。
そりゃ、赤ちゃんは泣くのが仕事なんて言われるくらいだ。
これをしないと生きていけない。
というか、泣かないと気づいてもらえない。
必死で泣くしかない。
でも、そんなひどいことばかりじゃあない。
良いことだってある。
それは睡眠だ。
一日を通して何もしてないはずなのに、泥のように眠れる。
前世でも体験したことのないくらい気持ちがいい。
そして、なぜだか知らないがセレナに会える。
あれから何度か、あの白い世界に来ていた。
分かったことの二つ目として、この白い世界のこと。
何処かはわからないが、いつも眠ると来ることがある。
夢の中なのか、自分の意識の中なのか。とにかくトリガーは眠ること。
「遅いぞ一水、待ちくたびれたぞ!」
いつもこんな感じで腰に手を当てて待ち構えていた。
「いや、俺も狙って来れるわけじゃ……。」
「今日も盛大に漏らしておったな!」
「いやあれは、本当に仕方なくで…………。」
「わっはっはっはっは――――」
幼女には似つかわない高笑い。
でも今では、唯一の話し相手だ。心のよりどころ。
「――――む?」
急に笑いが止み、セレナの眉がぴくりと動く。
目線は俺のやや後ろ。
「なんじゃ、お主は。」
振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「え、あ、お、驚かすつもり、は……。」
転生する時にいた、あの僕っ子だ。
「あなたはこの前の……。」
「えっと、ぼ、僕はその……。」
以前もそうだったが、基本的にもじもじしている。
(やっぱり、かわいいな。)
「――ちょっと待て。お主、どうしてここにいるんじゃ。」
セレナが一歩前に出る。その声には明らかに警戒の色があった。
ここに誰かが入ってきたことが、想定外だったらしい。
「そ、それは……上の方から、許可を、いただきまして……。」
語気がだんだん弱くなる。表情も不安そうだ。
「上? 上とはどこじゃ。」
それに対してセレナは、より一層険しい表情になる。
「えっと、それは……。」
見ていてこっちが心配になってくる。
「ま、まあセレナ、落ち着いて。」
俺はとりあえずセレナを制した。
少しムっとした表情を浮かべ、そろりと俺の方へと寄る。
だがその間も視線はぼくっこのまま。
「えっとですね――――」
正直聞きたいことだらけだ。
この異世界に転生したことだって。本当にいろいろ。
でも俺はわかる。この僕っ子も俺と同じで話が苦手なタイプだ。
そういう時は、一個一個順番に聞くのがいい。
「――――あなたは、どうしてここに?」
「えっと、その、あなた方のことを、サポートしろと言われて……。」
慎重に答えている。気がする。
「サポート、ですか。」
(異世界での案内人的なことだろうか?)
まあ、何もわからないな。
さらに質問する。
「あなたは、何者なんです?」
「ぼ、僕は、えっと、な、なんというか………。」
何か隠しているのか?
言葉を選んでいるように見える。
「――――お主、神の類じゃろ。」
ここでセレナの口が開く。
(え、マジで?)
この子今神って言ったよ?
「ひぇっ、ぼ、僕は、そんな、神とかじゃ――――。」
「嘘じゃ! お主、この魔力は…………。」
(ま、魔力…………。)
その顔は強者を眼前にした時のそれだった。
そんなセレナの顔を、驚いた様子で俺は見ていた。
セレナの目が青く光っていた。
「あ、い、いや、け、消すの、忘れてたっ…………。」
(ぼろが出た。)
僕っ子の関係者だったら、迷わずこう思うだろうな。
ほぼ初対面の俺でさえ、そう思った。
「えっと、こ、これは違くて…………。」
「貴様、何者じゃ!!」
横にいたセレナが一歩前に出る。
ビリビリと肌への刺激を感じる。
セレナの後ろ姿から、激昂しているとわかる。
「ちょ、ちょっと。セレナ落ち着いて。」
再びセレナを制した。
だが、今度は止めれる自信がない。
「あわわわわあああああ!!!」
僕っ子は思わず両手を前にして怖気づいている。
目も震えている。
「わ、わかりましたっ! ぜ、全部話しますから、そ、その魔力をしまってください!!」
「セ、セレナっ!」
俺はマズイと思い、セレナの肩へと手を置く。
その瞬間チクリと何かが刺さる感覚がった。
「痛てっ!」
「あっ、一水!」
おれは咄嗟に身を引いた。
振り返った彼女の顔には怒りの表情はなく、最初に会った時のように、眉を顰め心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫か!?」
「ええ、まあ。それより…………。」
そう言って、へたり込んでいる僕っ子へアイコンタクトを送った。
眼のふちが輝いて見えた。
「ぜ、ぜんぶ、話しますからあぁ……。」
僕っ子は、先ほどとは違っていろんなことを話してくれた。
――しばらくして――
「……大変なのじゃな……。」
セレナは話の最中、俺もなだめたこともあり僕っ子への態度を改めていた。
「ああ、言ってよかったのかなぁ…………。」
「まあまあ、良いではないか! そのおかげで誤解も解けたことだし!わっはっはっはっはっは!」
体育座りで俯いている僕っ子の肩を、セレナがポンと叩くと体がびくりと跳ね上がる。
励ましているつもりだろうが、可哀そうに見える。
(なるほどな。)
大体のことはわかった。
まず聞いた話を整理していくと。
彼女の名前は「夜神」。どうやらこの異世界の、新任の創造神らしい。それも神になりたてとか。
(新人新任創造神。語呂がいいね。)
途中で、「新任とかあるんだ」と聞くと、前任の創造神が失踪したためらしい。
こんなことは初めてらしく、夜神さんの上層部も対応に追われているため仕方なく就任したのだと。
当然、セレナについてもいくつか質問した。
するとセレナはこの異世界では魔神という立場にあるらしい。
加えて、魔力で構成された存在らしく、器さえあれば何度も復活するらしい。
今回の器こそが俺ということだ。
特別な理由があるのかと夜神さんに聞いたが、「僕は、そこまでは……。」のこと。
正直彼女もわかっていなかった。
(特別ではない、か……。)
よくある転生系の物語を読みすぎたせいで、少し期待していた自分が恥ずかしい。
次に俺の転生目的でもある討伐対象の話だ。
そもそも、なぜ俺はその神とやらを討伐しなくてはならないのか。
そこを尋ねても新人の神には知りえない情報らしく、何度も謝られた。
だが、一つ分かったのは以前転生するときにあの胡散臭い女が言っていた「隠れた神」は、その失踪した元創造神ということ。
つまり、探していた神が魔”神”セレナではないということ。
このことを聞いて俺は心のどこかで安心していた。
最近セレナと話すこともあり、距離が縮まった感じがしていたからだ。
ちなみにその元創造神がどこにいて、今何をしているのかは不明らしく、また謝罪を受けた。
(可哀そうだ。)
夜神さんも上の命令で来ているのだ。
それでいて、下からも圧をかけてしまっては押し潰されてしまう。
(これが、中間管理職か……。)
最後にこの空間のことを聞いた。
そしたら、精神的なものが作り出している世界と淡々と教えてくれた。
(多分マニュアルがあるな。)
そう思えるほど、すらすらと。
最近になって夜神さんはこの精神世界に来られるようになったらしく、詳しいことが分かり次第教えてくれるとのこと。
ここまでで再度情報を咀嚼してみたけど…………、
(まあ、複雑だな……。)
「一水もだ! そんな顔するでない!」
セレナの声でふっと顔をあげる。
不安げながらもどこか希望に満ちた笑顔を浮かべる夜神さんと、いつも通り自信満々なセレナがこちらを見ていた。
「あ、あの、これから大変かと思いますが、よ、よろしくお願いします……。」
「そうだぞ! 一緒にがんばるぞ!」
深々と頭を下げる夜神さん。そして親指を突き立て、ウィンクをするセレナ。
(二人とも…………。)
体の中から何かこみあげてくるもがある。
暖かく、そして包み込まれるような。
前世でも味わったことのないもの。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
こんなに晴れ晴れしているのはいつぶりか。
(なんか、いいな異世界…………。)
この世界でもうまくやっていけるかもしれない、そう思った。
思わず泣きそうになり、ぐっとこらえる。
その瞬間、温かいものはやがて、下から上に上がってくる。
それとともに、俺を見ていた二人の顔が変化していった。
一方は焦り、もう一方は笑う。
(あれ、これって……。)
「はっはっは! 一水がまた漏らしおったぞ――――」
その声を聴いて、視界がフェードアウトしていく。
先ほどよりも、体が重く動かしにくい。
こみあげてきたものが、背中側でぐちょりと音を立ている。
(ああ、辛い。)
気づけば俺は涙を流していた。




