第85話 収束 (2)
男は枝木を飛び渡りながら、左耳に付いている耳飾りにそっと手をあてる。
すると、瞬時に耳慣れた声が聞こえてきた。
「ちょっと、リオン!今までどうして連絡くれなかったの!?」
「ああ、ごめん。ちょっと連絡できる状況じゃなくて」
「…何かあったの?」
「いや、もう大丈夫」
これ以上、問い詰めてもこの男は話さないだろう。
彼の性格は長年の付き合いで分かっているつもりだ。
「そう…。ならいいけど。お墓参りは行けたの?」
「ああ、行けたよ。そういえばキャトリアの肉球触ってみたよ。ニケがあんなに勧めてきた意味が分かったよ」
「でしょ!?キャトリアはね、肉球だけじゃないの!あのきゅるんとした大きな瞳も、ぷくっとしたひげ袋も…コホンッ」
我に返ったのか、ニケは気まずそうに咳払いをする。
相変わらず好きな物を話すときは人が変わるな。
「と、とにかく早く戻ってきてよ」
「そうするよ。ちょっとした土産話もあるし」
「土産話?」
「それは戻ってからね。じゃあ」
ユーリがゼインにテオスの欠片を預けたなら、彼女は必ずゼインの前に姿を現すはずだ。
今はゼインが持っていた方が都合が良いだろう。
◆
重傷の人達は牢獄の中にあるベッドを使って治療にあたっている。
守り人達の住居として使っていた場所も同じようにベッドの用意はある。だが、通路が狭く、治療器具の搬入がしづらいため、使用されないことになった。
「フキ!」
「ゼインー!」
元気そうに手を振るフキ。
同室のカノーゴはそっぽを向いたまま横になっている。
二人とも全身に包帯を巻いているので痛々しかった。
「怪我の具合はどうだ?」
「俺は平気ー!カノーゴはね、タツマって人に負けてから不機嫌なんだよね~」
「誰が不機嫌だ!」
「ほらね?」
「負けてヘラヘラしてる奴のがどうかしてる」
「俺は楽しけりゃ、それでいいもーん!まだ生きてるんだから、また楽しくなれるよ」
啀み合ってはいるが、なんだかんだ息が合っているようにみえる。
フキの言動にカノーゴも毒気を抜かれるんだろうな。
「まあ、元気そうで良かったよ。そういえば、お前らはこれからどうするんだ?」
当然ゲルダ収容所は閉鎖される。
つまり、ここに収容された者も守り人達も解放され、自由の身となる。
「うーん、俺は前と同じでテキトーにフラフラしようと思ってるよー」
「そうか」
フキらしいな。
二人の視線がカノーゴに向く。
発言しないことを許さないような雰囲気に、カノーゴは溜め息をつく。
「俺は故郷に帰る。亡くなった母に報告もしないといけない」
ズックと何か因縁があったのは母親が関連しているのだろうか。
あまり深くは聞かない方がいいか。
どうせ聞いてもカノーゴは話さないだろうしな。
「俺は明日ここを出てディンゴに行くよ。またどこかで会えるといいな」
「そっか。ゼイン、またね〜」
俺は二人と別れた後、そのまま庶務室へと向かった。
そこでは天聖騎士団の連中があれこれと資料を調べているようだった。
恐らくゲルダ収容所の実態を把握するためだろう。
その内の一人が俺に目を向ける。
「何か?」
「あの、少し調べ物をしたいんですが」
「申し訳ないが、個人的なことは…」
ダメ元で来てみたが、やはり難しいか。
でも、ここじゃないと俺の目的は果たせない。
どうにかと食い下がるが、聞く耳を持ってもらえなかった。
諦めかけたそのとき、俺の背後から聞き慣れた声がした。
「いいじゃないか。彼はこの騒動の立役者の一人だ」
「ヴォルドさんがそう言うなら…。ただ、調査は我々が行います」
不正をさせないためか。
だが、俺はどこの資料に何があるか詳しく知らない。
むしろ調べてもらえる方がありがたい。
「分かりました。ヴォルドさん、ありがとうございます」
「いいってことさ。それで、調べたい事というのは?」
「それは…」
◆
天聖騎士団の優秀な人員のおかげで、ものの三十分で調査が終わった。
俺が調べていたなら、今日一日かかったかもしれない。
まだ陽が落ちる前、ゲルダからそう離れていない場所にある小さな村にゼインは一人訪れていた。
個人的な用事にログ達を付き合わせるわけにはいかない。
野菜を育てている畑がいくつかある。
この村は自給自足で暮らしているのかもしれない。
畑仕事をしている老人に目的の場所を尋ねた。
教えてもらった場所は村の中でも隅にある質素な家だった。
簾をくぐると、四歳くらいの女の子と母親らしき女性がいた。
子どもがいたのか…。
仕切りを使い、居間と寝室に分けた小さな家だ。
椅子も食器も全て三つずつ揃っていた。
ここで家族三人が共に暮らしていたことが伝わってくる。
「…突然すみません。プージャさんの家はここだと聞いたんですが」
「あの人、見つかったんですか!?どこにいるの!?」
妻はゼインに詰め寄るが、すぐさま正気に戻る。
「す、すみません」
「いえ…。あの、俺はゼインと言います」
ゼインはゆっくり深呼吸をすると、拳を強く握り締める。
「…プージャさんは亡くなりました」
その言葉を聞いた瞬間、妻は大粒の涙を零し、膝から崩れ落ちた。
俺は何も声を掛けれなかった。
女の子が泣く母を慰めるように背中を擦る。その姿に胸が締め付けられた。
妻は暫く涙を流した後、落ち着きを取り戻したようだ。
「取り乱してすみません。他にもお話があるんでしょう?」
「…はい」
ゼインは勢いよく頭を下げた。
「すみません!プージャさんが死ぬきっかけを作ったのは俺なんです…!」
「…どういうこと?」
俺はプージャが死んだ経緯を話した。
闘技場で合成獣が現れたことやプージャが合成獣に食われたことを。
「…だから、俺がプージャさんを殺したようなものなんです」
ゼインは妻からの言葉を持ったが、口を閉ざしたまま何も言わない。
部屋の中で沈黙だけが流れ続けた。
見かねたゼインは鞄の中を探る。
「それと、これを…」
「これは…」
俺はプージャが暮らしていた牢屋の中にあった小石を差し出した。
同室だという男からはプージャが作った物だと聞いていた。石と石を打ち当て、時間を掛けて削った物だそうだ。
それを見た女性は再び目を潤ませ、大事そうに両手で石を包む。
「これは村の守り神を模した物なんです。村人達が健やかに過ごせるようにって。彼はきっとゲルダにいたときも私達のことを想っていてくれたんですね」
女性は顔を上げると、ゼインに笑い掛ける。
「来てくれてありがとう」
「え…」
「あなたのせいじゃないわ。ゲルダ収容所のせいだもの。それに夫が三ヶ月も帰ってこなかったときから覚悟はしていたの」
妻は女の子の頭を優しく撫でる。
「この子と共に精一杯暮らすわ。それがあの人の願いなんだもの」
ゼインは村を離れ、森の中を静かに歩く。
罵倒されると思っていたのに、礼を言われるとは思わなかった。
正直ホッとした自分もいる。重荷が取れたような感覚だ。
ただどうしても自分の中で何かが引っかかる。
プージャは、ここに帰ってこれたんじゃないか。
ふと、そう考えてしまう。
闇夜に浮かぶ月に再び問いかける。
俺はどうすればよかったんだろう。
瀕死のスタングやホムラを救えるような薬は調合できるようになった。
でも、薬がその場になければ救えない。
そうだ。
それなら、そんな目に遭わせないくらい強くなるしかない。
今より、もっと。




