第75話 追手 (1)
カノーゴが闘技場に走り去った後、通路は元の静けさを取り戻した。
ログはゆっくりとエフィに歩み寄る。
「エフィ…」
エフィは深い溜め息をつく。
「本当はあの姿を見せたくはなかったんだがな」
「どうして?」
「だって怖いだろ?前に同室だった子は、化け物を見るような目をしていたよ。私とはいれないから、部屋を変えてくれとしつこく頼んで、守り人に処罰された」
「もしかして、それが僕に能力を話さなかった理由?」
「…そうだ」
「さっきの姿はたしかに驚いたよ」
エフィは視線を下げる。
覚悟はしていた。
あんな私を見て平気でいられる人間なんていない。
「でも、エフィはエフィだから。僕は君を避けたりはしないよ」
ログは一歩前に出ると、エフィの手を優しく握る。
「もっと教えてくれない?エフィのこと」
エフィは顔を上げると、ログと視線が交わる。
その柔らかな表情に今まで固く閉じられた心が解けていくのを感じた。
ログなら全てを受け入れてくれる、そんな気がした。いや、そう信じてみたくなった。
「…私はこの場所を作った元凶なんだ」
「どういうこと?」
「お前達は『魔人』を知っているか?」
「魔人?獣人なら聞いたことがあるけどな」
スタングが答える。
「獣人は人の身に獣の力を宿しているが、魔人は違う。人の姿をした魔物だ。その力は魔物達より遥かに強い」
エフィはひと呼吸置く。
「それが私だ」
あの力を見ればエフィが異常なまでの強さなのは間違いない。
あれが魔人としての力だということだろう。
「エフィが…魔人」
「まあ、正確には私は魔人ではないがな。私はあくまで人だからな」
「人だけど、魔人ってこと?」
「私の母は冒険者だったが、結婚をして冒険者を辞めた。だが、街の周囲を魔物が現れると、街を守るために戦いに出ることはあった。ある日、魔物との戦いで大怪我を負い、暫く身動きがとれなくなった母は、生きるために殺した魔物を食らった。そのとき、母は私を身籠っていた。母にはその力が宿ることはなかったが、私の身体はその血肉と力を吸収してしまったらしい。私が生まれた直後、力が暴走し、街を半壊させたそうだ。母も父もそのときに死んだ。それから私を封じ込めるために作ったのがこの場所だ。私が力を制御できるようになった今では、この施設の目的が能力者を捕らえる収容所に変わってしまったがな」
そんな過去があったなんて思ってもみなかった。
エフィはきっと自由に色々な場所を見て回りたかったはずだ。でも、己の境遇からそんな気持ちを抑え込んでしまったのだろう。
自分が両親を死なせてしまったと知ったとき、どれほど辛かったか。
周囲から冷たい視線で見られたとき、どれほど痛かったか。
ずっとこんな薄暗い場所に閉じ込められて、どれだけ悲しかったのか。
想像するだけで目に涙が浮かぶ。
「…今まで辛かったよね」
「そうでもない。こうして私の話を聞いても、怖がらずいてくれる者に会えたからな」
「エフィ、話してくれてありがとう」
今までは楽しく話をしていても、どこか壁を感じるときがあった。
でも、ようやくエフィの心の内が見えた気がして嬉しかった。
「おい、いつまで喋ってんだ。もう行くぞ」
ゼインがそう言った直後、何かがこちらに迫ってくる音が聞こえてくる。
何だ。何の音だ。
すると、通路を埋め尽くすように伸びた枝木が近づいてきた。
「やばい!追手だ!逃げるぞ!」
慌てて通路の奥へと走り始める。
後ろを振り返ると、その樹木の中央に本体があった。
エンキだ…!
エンキが自らの身体を樹木へと変化させているんだ。
あれだけの囚人をこの短時間で倒したってことか。
枝木を伸ばして移動することで、最短距離でここまできたのだろう。
ちっ、想定外だ。
細かく切り分けた枝木の一つがゼインの足首を掴む。
しまった…!
前のめりに倒れたゼインを突き刺そうと、すかさず枝木が降りかかる。
ゼインは咄嗟に腕で頭を庇う。
痛…くない。
ゆっくりと瞼を開けると、ゼインは目を見開いた。
そこにはゼインを守るように覆いかぶさるスタングがいた。




