第88話 ディンゴ
「やーっと着いたー!」
ゲルダを出てから、人に道を尋ねながら歩いていたが、どこで間違えたのか反対方向に行ってしまったので、一日かけて引き返し、ようやくディンゴに辿り着いたのだ。
ゲルダ収容所に捕らわれたときはどうなるかと思ったが、まだ交流会開催まで一日はある。
今日は宿をとって、ゆっくりするか。
「じゃあ、俺はあそこの宿をとっておくから、それぞれ別行動ってことで!」
ゼインの顔を見れば分かる。
暫くできなかった研究をしたいのだろう。
道中も急ぎ足で来たので、採集や実験もろくにできていない。
空腹で食事を目の前にした子どもみたいに涎が垣間見える。
端から見たら変質者だ。
「じゃあ、ゼインは放っておいて、僕達は街を見て回ろうか!」
さっきからエフィは周囲をキョロキョロ見渡して落ち着きがない。
初めての街の景色に興味が尽きないのだろう。
ゼインと同じような表情をしている。
「エフィはどこ行きたい?」
「い、いいのか?」
「うん、だからちょっと落ち着いて」
エフィが気になる所を次々と見て回る。
この街は露店が多く、様々な物が売られているので興味が尽きないようだ。
楽しそうにするエフィを微笑ましく眺めるログ。
やっぱりずっと籠もっているより外にいる方が凄く幸せそうだよ。
「エフィ!あそこに服売ってるよ!」
「ん?」
エフィはずっとゲルダで着ていた服のままだった。その服だと目立つから、この街で新しい服を見繕ってこいとゼインから財布を預かっていた。
何着か試着して、ようやく良さそうな服を見つけた。これなら素材も軽いし、動きやすそうだ。
「うん!凄い似合うよ!」
「ログが言うならこれでいい。私はさほど服に興味がないからな」
会計を済ませていると、シリルが服の裾を引っ張る。
「ログ、あの人凄いニャ」
シリルが示す方向にいた女性は、深緑のドレスに加え、綺羅びやかな装飾品を身に纏っていた。
庶民が集う場所には似つかわしくない格好に、周囲にいる誰もが目を留める。
「またご贔屓に!」
見たところ彼女が出てきたのは宝飾店のようだ。
何か高い買い物でもしたのだろう。
女性の耳飾りについた真珠が一つ転がり落ちる。
ログが拾い上げると、女性に声を掛ける。
「これ、落としましたよ」
「あら、ありがとう。これ取れやすくて。今度修理してもらわないと」
女性はそのまま馬車に乗り込み、その場を去って行った。
いかにも貴族って感じの人だったな。
「ログ!あれは何だ!」
エフィが指差した先には蒸籠で蒸した肉まんを売る店だった。
「あれは、ふっくらした皮の中に肉を詰めてるんだ。せっかくだからお昼ご飯にしようか」
店主から肉まんを購入する。
エフィは両手一杯の大きさがある肉まんを美味しそうに頬張る。
ゼインから預かっていたお金が半分くらい減ってしまった。
うん、見なかったことにしよう。
ログは財布をパタンと閉じる。
「ログ!あれも美味しそうだ!」
「え゛っ!」
エフィは店外で一人食事をしている女性の皿を指す。
これ以上の出費は避けたい…!
「エ、エフィ!食事中だよ!失礼だから!」
「そうなのか?」
「気にしないで。良かったら一緒にどう?」
女性が空いた椅子に僕らを勧めると、即座にエフィが着席する。
「恩に着る」
「気にしないで。一人で食事していてもつまらないし」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
ここまできて断るわけにもいかない。
できるだけ安い物にしないと…。
ログは肉まんでお腹が膨れていたので、お茶だけ注文した。
エフィとシリルは彼女が注文したパイを追加で注文し、一心不乱に食べている。
「僕はログと言います。こっちはエフィとシリルです」
「よろしくニャ!」
「私はファミル。よろしくね。君達、この街の人には見えないけど、旅行者か何か?」
「まあ、そんなところです」
「ファミルさんは?」
「私も同じ」
「お一人で?」
「ええ。少し用があって」
身軽な格好をしているから、この街の人かと思ったが、そうでもないのか。
「ゴレ、ボイ゛シイニ゛ャ!(これ、美味しいニャ!)」
「シリル、汚いよ…」
ログは呆れながら、口の周りにパイを付けたシリルの顔を拭く。
「フフ、それは良かった。それにしても人の言葉が話せるキャトリアなんて珍しいわね」
「シリルは凄いニャ!」
ファミルは慣れた手つきでシリルを優しく撫でると、ログに視線を向ける。
「でも、気をつけてあげてね。キャトリア自体珍しいのに、言葉が話せるなんて、誰に狙われたっておかしくないから」
「たしかに…そうですよね」
今まで気にしてなかったけど、シリルは世間から見てもかなり希少な存在だ。
これからは無闇に言葉を話さない方がいいだろうか。
「問題ない。妙な輩が来ても私が倒す」
エフィは口いっぱいのパイを飲み込むと、大きなお腹を擦りながら得意げに言った。
今の状態で言っても説得力ないけど…。
食事を終えたファミルは徐ろに立ち上がる。
「私、そろそろ宿に戻らないと。あ、ここは私の奢りだから」
「え、でも…」
「いいの。姉妹達と話せたみたいで楽しかったわ。それじゃあ」
颯爽と立ち去るファミルを見送る。
格好良い人だったなあ。
暫くその場に残り、余韻を楽しんでいるうちに、空が鮮やかな橙色に染まっていく。
「僕達もそろそろ宿屋に行こうか」
「そうだな」
「もう眠いニャ」
宿屋に行き、店主に教えてもらった部屋の扉を叩く。
返事がないので、扉を開けると、ゼインは熱心に何かの実験をしているようだ。
床には実験結果をまとめた紙が何枚も落ちている。
宿に来てから、ずっと実験をしていたんだな。
「ゼイン、戻ったよ」
「ああ…」
気のない返事を返すゼイン。
僕は帰りに買った夕食を入口近くの棚に置いて部屋を出た。
ゼインはエフィが仲間に加わったことで、部屋を二つ取ってくれたらしい。
僕達は風呂を済ませた後、いつの間にか深い眠りに落ちていた。




