第87話 収束 (4)
早くタツマの細胞組織を調べてみたいけど、ディンゴにも行かないといけないしなあ。
タツマの部屋を出て、のんびりと歩いていると、待ちかねていたログ達が声を上げる。
「あ、ゼイン!どこ行ってたの!」
「今日出発するんじゃニャいの?」
「ああ、悪い悪い。そろそろ出るか」
ヴォルドに挨拶を済ませ、出口への通路を進む。
ゼインは思い出したようにエフィに尋ねる。
「エフィ、そういえば何でタツマの力に気づいたんだ?」
「力?」
「生命力を使ってるってやつだよ」
「ああ。私は人の力の流れが見えるんだ」
「流れ…」
「人の身体の周りを流れるように生命力は漂っている。生きてるだけでも生命力が使われるし、生命力が無くなれば人は死ぬ。あの男は生命力を大量に消費して動いていた。それだけだ」
「なるほどな」
魔人だからこそ感じることができるのか。
…エフィの細胞も調べてみたい。
視線を感じたエフィと目が合う。
「何だ?」
「なあ、エフィ…」
ゼインがそう言い掛けたとき、ログが驚いたように大声を出す。
「スタングさん!」
「よう!」
たしかにそこにはスタングの姿があった。
スタングは容態こそ安定していたが、ずっと意識が戻っていなかった。
「スタング!目が覚めたのか!?」
「おう!今朝にな。そしたらゼインからの手紙があって、ここを出るって書いてあったから、居ても立ってもいられなくてな」
「だって、あんたずっと寝てたから」
スタングはわざとらしく溜め息をつく。
「あんなに汗と涙を共に流した仲なのになあ。寂しいなあ」
「汗と涙って…。おっさんが気持ち悪いこと言うな!」
「目覚めて早々おっさんって言われた…」
わざとらしく泣く仕草をするスタング。
…ったく。こいつ、一体何しに来たんだ。
スタングの表情から笑顔が消え、様相が変わる。
「ま、冗談はともかくだ。ゼイン…助けてくれてありがとな」
突然、真面目な雰囲気になり、ゼインは気恥ずかしくなる。
「ま、まあ別に成り行きで助けただけだし」
「あ~!ゼイン照れてる!」
「照れてるニャ!」
「うるさい!」
「ゼイン、俺な、本気で細工師目指すよ。次、お前と会うときには、とびっきりのやつ作ってやる」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「それじゃあな」
別れを告げるスタングの隣にエフィが並び立つ。
思わずキョトンとするログ。
「エフィ、何で?一緒に行くんじゃないの?」
「私はログがちゃんと外に出られるかを見守りに来ただけだ。外に行く気はない」
「で、でも、ここの施設はもう閉鎖されるんだよ?ここに残ったって…」
「問題ない。天聖騎士団にでも口利きしてもらうつもりだ」
「でも…」
「ログ、ほっとけ。本人が残るって言ってんだから」
その場を離れようと、ゼインはログの手を引っ張る。
ログは諦めきれず、エフィの方を何度も振り返る。
「嬢ちゃん、行けるときに行かないと後悔するぞ」
スタングがエフィに声を掛ける。
子ども扱いされたことが気に食わないエフィは、ムッとした顔をする。
「言っておくが、私はお前より年上だ」
「え、そうなの?」
「魔人は人と違って長寿だからな」
「ふーん、でもやっぱり俺のが年上だな」
「何?」
「自分の気持ちを理解してこそ大人だぞ」
「どういう意味だ」
「嬢ちゃん、今凄いワクワク顔してるぞ。もう少し自分の気持ちに正直になったって損はないと思うぜ」
「何を…」
そう言い掛けたとき、ゼインの手を解いたログが目の前に立っていた。
そして、エフィに真っ直ぐと手を伸ばす。
「エフィ!行こっ!」
私は厄災なんだ。外に出れば不幸を招く。
本があれば充分だ。
自分の気持ちにずっと蓋をして生きてきたのに。
私の本当の姿も知っているはずなのに、それでも一緒に行こうと言ってくれるのか。
私は望んでいいのか。
エフィは躊躇いながらもログの手に自らの手をそっと重ねる。
その手を掴み返したログが勢いよく走り出す。
思わず転びそうになるが、しっかりとその地を踏みしめた。
後ろを振り返ると、スタングが嬉しそうに手を振っていた。
初めて見る外の景色。
本からでは得られないものを前に、エフィの胸はたしかに心躍っていた。
◆
ゲルダの街を歩いていると、ゼインがふと呟く。
「あ、忘れ物した」
「え、どこに?」
「大丈夫。すぐ戻るから」
そう言って、ゼインは走り去って行く。
ゼイン、何を忘れたんだろう?
街の中にある宿屋の扉を開けると、小太りの禿げた男が笑顔で出迎えてきた。
「いらっしゃ…あ゛っ!」
「俺のことを覚えてくれていて何よりだよ。おっさん!!」
ゼインは店主を豪快に殴り飛ばす。
店主は壁にぶつかった勢いで、棚から落ちてきた置き物に埋もれていた。
「あー、スッキリした!」
街の入口で待っていたログがゼインに呼び掛ける。
「ゼイン、忘れ物あった?」
「ああ。あれな、気のせいだった」
「ゼイン、何してるニャ!」
「お前、どんくさいんだな」
「散々な言われようだな…」
ゲルダを訪れたときより賑やかさを加え、ゼイン達はディンゴに向け新たな道を進む。
「さあ、行くか!」




