源義親伝説②
「おのれら――!」
穴底で坂田五郎左衛門が喚いた。右足の太腿を竹槍に貫かれていたが、五郎左衛門は生きていた。五郎左衛門は落とし穴から這い出ようとした。
「何をしている。網だ。網を打て!」
与平の指示が飛ぶ。
義親と五人の従者が落とし穴から這い出してこないように、穴の上から網を打った。武力では到底、屈強の武士たちに勝てない。今にも義親が穴から這い出て来て、島人を手当たり次第に切り刻んでしまいそうだ。
島民は恐怖から逃れようと、幾重にも網を打った。
「それ、銛で突け!一人も生かして、穴から出すな」
与平は穴の周りを喚きながら駆け回った。与平の言葉に島民たちは目を瞑って「えい」、「やっ」と銛を繰り出した。
「突け! 突け! 突け」与平が声を枯らして叫ぶ。
「うっ!」、「む」穴の底で悲鳴を上げながら、生き残った従者は刀を抜いて、必死に抵抗を試みた。だが、銛で突かれている内に、抵抗する力を失って行った。
島民たちは狂ったように銛を突出し続けた。
傍らの樹木に、夜空を引き裂いて雷が落ちた。落雷の衝撃に、島人たちは地面に転がった。「う~む」と呻きながら、のそのそと島民たちが起き上がる。
恐る恐る穴の中を覗いて見ると、「下郎めが――!」と落とし穴に被せられた網が、むくむくと盛り上がった。
義親だ。義親が深手を負いながら生きていた。そして手には、網を切り裂こうと白刃が握られていた。
「あわわわわ――!」
村人は恐怖に駆られた。
義親が落とし穴から這い出して来ると、皆殺しにされてしまう。必至で銛を突きだした。
――だまし討ちとは卑怯なり。おのれら覚えておれ! この恨み、きっと晴らしてくれる。子子孫孫、この島の者どもに祟ってやる!
義親は断末魔の叫びを上げると、息絶えた。それでも村人は銛を突き続けた。
「おい、もう死んでいる」
やがて、島民の誰かが呟いた。やっと銛を突く手が止まった。
雨脚は強さを増しているようで、落とし穴を囲んだ島民の体を容赦なく雨が打ちつけていた。だが、殺戮に興奮し、銛を突き続けた島民の蓑からは、もうもうと湯気が立ち上っていた。
「おい、網を取れ」
与平が島民の一人に指示した。落とし穴の上に被せられた網が取り除かれた。網は銛で突かれて、ぼろぼろになっていた。
落とし穴の底に、折り重なるようにして義親と五人の従者の死体があった。
「寄越せ!」与平は村人の一人から銛を奪い取ると、念には念を入れて、ひとつひとつ、死体に銛を突き刺した。
義親は憤怒の形相で息絶えていた。義親の傍には五郎左衛門の死体があった。剣の達人であった五郎左衛門穴だ。村人の不意打ちに遭い、さぞや無念であったことだろう。
穴底には、まだあどけなさを残した若武者が、苦痛に顔を歪めながら死んでいた。他の従者も、皆、それぞれが恨みの籠った死に顔だった。
「対馬の殿の亡骸を穴から引き上げろ!」
義親と五人の従者が息絶えてしまったことを確かめると、与平は義親の死体を落とし穴から引き上げるように命じた。
与平の言葉を合図に、村人たちは「わっ!」と争って落とし穴に飛び降りた。そして、義親の死体を穴から押し上げて与平に引き渡すと、残った五人の従者の身から、甲冑や刀など金目のものを奪い始めた。
「対馬の殿、悪く思わんで下さいましよ」
与平はそう言うと、義親が握った刀を奪い取ろうとした。固く握りしめていた為、なかなか刀を奪えなかった。与平は義親の拳を何度も足で踏みつけにして砕き、刀を奪い取った。
そして、「えいやっ!」と刀を振るって、義親の首を斬り落とそうとした。だが、刀に慣れない与平は上手く義親の首を斬り離すことができない。与平の振り下ろす刀は、空しく義親の頭や体を傷つけるだけだった。ただでさえ銛で滅多刺しにされて、血塗れになっていた義親の死体は、更に傷だらけとなった。
それでも与平は義親の死体を傷つけることを止めなかった。
与平や島人は、(勇猛で知られた義親が簡単に死ぬはずはない)、(死んだと見せかけて、わしらに復讐する機会を伺っているのだ)と言う恐怖に支配されていた。
平正盛は与平の案内で、島一番の眺望を誇る崖の上に来た。昨夜の大雨が上がり、晴れ間が覗いていた。
義親が島に逃げ込んだことを知り、近隣の島々に隠岐守の名で、「源義親を生け捕って差し出せば、恩賞は思いのまま」と触れを出した。効果はてきめんだった。義親を匿っていた島民が、一致団結して義親を討ち取ったと告げて来た。
――源義親討たれる!
の一報を受けて、義親追討軍の船団が島に上陸した。島の小さな港では全ての船団を収容することができず、正盛を乗せた大将船だけが港に寄港し、正盛と側近の武者だけが陸に上がった。
与平は恭しげに「対馬守殿の御首でございます」と正盛に義親の首を差し出した。義親の首は見るに堪えない有様だった。
「一計を案じ、義親主従を誘き出し、力を合わせて討ち取った」と与平は言う。
その顔は恩賞に目がくらんだ亡者の顔だった。
「対馬守を討ち取った場所に案内せい」と下知すると、与平は正盛を崖の上へと案内した。
昨夜の雨で足元がぬかるんで歩き難かったが、正盛は飄々と坂を上って行った。鬢に白い物が混じり始めているが、正盛はまだまだ血気盛んだった。体の線が細く、武家の棟梁として幾分、頼りなく見えてしまうが、体の芯は丈夫だ。付き従う従者の方が、息を荒くしながら、坂を登って来る。
唐突に視界が広がった。正盛は眼前の光景に愕然とした。
海が見渡せる眺望の良い崖の上には、黒々とした落し穴が口を広げていた。落とし穴の中に、義親と五人の従者の遺骸が、折り重なるようにして横たわっていた。しかも、どの従者も鎧が剥ぎ取られ、裸同然の恰好になっていた。貪欲な島民により衣服をはぎ取られ、穴の中に投げ捨てられていた。
更に正盛を驚かせたのは、崖端に十字架が立てられ、義親の遺体が磔にかけられていたことだ。義親の遺骸には首がなかった。銛で突かれてぼろぼろになった義親の遺骸からも、鎧が剥ぎ取られ、無慈悲にも褌一つの姿で、十字架に括りつけられていた。
勇猛無双の義親が死んだことが信じられなかった島民は、生き返って暴れ出さないように、首を刎ねた上に遺骸を磔にしたのだった。
「何と無体な・・・」
同行していた正盛の懐刀と言える平山兼重が呻いた。武勇で名を馳せた義親の最後としては、あまりに無残と言えた。同じ武家として、平山には義親の無念の胸中が察せられた。




