41.ガラムダ荒原~目撃編~
翌日の五時。まだ暗がりが残る中、目を覚ましたショウは岩の上に座り、ゆっくりと昇る朝日を眺めていた。
「……妹と旅がしたかった……」
ぽつりと呟く。眼下から聞こえるリンネの寝息が妙にうるさく、それでいて心に染み入ってくる。寝袋から見えるリンネの表情は、妹とは違うが安らぎを与えてくれるものだった。
「ごめんな。約束を守れなくて……」
妹が魔法学校へ進学した時のことを思い出す。ニーナが嬉しそうに言った、『成長して帰ってくるからね、お兄ちゃん。それで、卒業したら一緒に旅をしようね』という言葉を。
「……旅をしていたら、どんな旅だったんだろうな」
想像を膨らませる。妹と見たこともないような場所を歩き回る姿を。食べたことが無い物を食べる姿を。一緒に横になって寝袋に包まれる姿を。
「……会いたい……」
目が潤んでくる。だが、立てた誓いを破るわけにはいかない。エルフの森で立てた『次に泣くのは、すべてが終わった時だ』という誓いを。あの時、涙を流して立てた誓いを。
だから、頬を挟み込むようにして叩く。小気味よいと共に、涙腺が止まってくれた。頬は少し赤くなってしまったが。
「……案外、今みたいな旅なのかもしれないな」
眠るリンネに笑みを投げ、それからもう一度朝日を見つめる。地平の彼方には半円が描かれていた。
――また半分だな。
苦笑いが漏れてしまう。感傷に浸っている時に見る物は、どうして丁度よく半分になっているのだろうかと。
「……そろそろ起こすか」
寝袋に包まるリンネを揺する。
だが、まったく起きる気配がなかった。それどころか「もう食べれんのじゃ~」と寝言を言い始める始末である。
「……お前を優しく起こすのは無理だ」
心が和む中、リンネの耳元で叫ぶ。ビクリと震えたリンネが、寝袋のままのたうち回り、自ら顔面を岩にぶつけた。
「~~っっぅっ、何をするのじゃ! ショウよ!」
「お前の言う通り、優しく起こしてやっただけだが」
「どこが優しくじゃ!」
リンネが寝袋をグワッと開き、中から出てくる。さらに、赤くなった鼻を見せつけながら睨みつけてきた。……まったく迫力がない。
「よし、口を開け。命令だ」
「は? ――うっ……」
一瞬顔が青くなったリンネが口を開く。そこを目掛けて、ポケットから取り出したパチパチキャンディーを三つほど放り込んだ。
「閉めていいぞ」
口を閉めたリンネが目を閉じて震える。きっと、口の中がパチパチとしてたまらないのだろう。眠気覚ましにはちょうどいいはずだ。……三つはやりすぎだったかもしれないが。
「ほほえておれほ」
「何を言っているかわからんぞ」
笑いかけ、騒がしい朝が過ぎていくのだった。
◇◆◇
朝食を取った後、ショウとリンネはガラムダ荒原を歩き続けた。そして十七時になろうかという頃、ようやく目的地をその目で捉える。切り立った岩壁に数多くの巨石。所々枯れた木が生えて荒廃とするその場所は、まさに魔族が隠れ潜むにはうってつけの場所だ。
「見えてきたな。よし、今日はここで野営するぞ」
「むっ、もう少しばかり先に進めばよいのではないか。日が完全に落ち切るまでは時間があろう」
リンネが不思議そうに首をかしげる。ショウは小さく笑った。
「なんだ、歩きたくないんじゃなかったのか」
「もちろん歩きたくはないが、目的地が見えておるじゃろうて」
「あそこは危険地帯だぞ。いくらお前がいるとはいえ、あまり近づきすぎたら、夜に見張りを立てないと寝られない。それとも、寝ずの番をしてくれるのか」
嫌そうな顔でリンネが首を振る。寝起きの悪さからいって、寝ることが好きに違いない。サキュバスは夢魔ともいわれるので、おそらく間違いないだろう。
「さて、テントを張るから出してくれ」
「うむ。ストレージボッ――」
リンネが詠唱を中断し、目的地の方を睨みつける。さらに魔法陣を展開し、ぶつぶつと呟き始めた。
「――どうした!」
声をかけると、真剣な表情を返してくる。さらに、その裏で魔法陣を展開していた。
「黙っておれ。少し集中したい」
魔法陣の輝きが増す。リンネが目を閉じて何かを唱えている。その横で、指をくわえて待つのだった。
それからしばらくして――。
リンネが目を見開く。さらに魔法陣を消し、おもむろに口を開いた。
「ショウよ。ノエルとフェンリルが戦っておる。場所は読み通りの場所じゃ。あの岩場の陰に違いあるまい」
――先を越された!
ノエルの行動力の高さに驚愕する。ほぼ最短経路で来たにも関わらず先を越されたと言うことは、寝ずに捜索を行ったと想像できたからだ。
「他にわかることは」
「フェンリルが思っていたより強そうじゃのう。少なくとも、ノエルより二回りほど魔力が大きい。妾よりは小さいようじゃがのう」
「……急がないとな。リンネ、転移魔法を準備してくれ」
リンネが首を振る。
「転移魔法を使えば間違いなく居場所がバレるじゃろう。今はまだ、存在を明かさぬ方がよかろうて」
「……確かにその通りだな。仕方ない、走るぞ」
頷き合う。
そして、危険地帯――岩場の方に向かって駆けだすのだった。
◇◆◇
白銀の剣が空を切る。振ったのはノエルだ。
見れば至る所に傷があり、小さく息を上げている。さらに言うなら、若干顔を青ざめさせていて、魔力が切れかかっているようだ。
その姿を涼し気に眺めているのは魔狼――フェンリルである。
禍々しい紫の毛並みに、狼の倍を優に超える巨躯。そして、古傷と共に潰れている右目。その体から発される威圧感は、並の人間では立っていることすらできまい。まさに尋常ではない威圧感だ。
そんな二人が今、激戦を繰り広げている。
「――ッ! ぐぅぅ……」
襲い来るフェンリルの爪をノエルが剣で受け止めた。鈍い音が鳴り響き、火花を散らす。
「『大地の槍』!」
ノエルが苦悶を浮かべながら唱える。その瞬間フェンリルの真下に魔法陣が描かれた。だが、そのことを察知したのか、フェンリルがすぐさま飛び退く。
刹那、無数の棘が空へと伸びていき――。
「『降下』」
さらに方向を変え、フェンリルに向かって降り注いだ。
しかし、フェンリルが疾走しながら易々と躱していき、それどころか反撃に打って出る。咆哮と同時に、口から『冷気弾』が放たれた。
大地を氷漬けにしながら、人の顔程もある氷の礫がノエルに向かう。
「『大地の壁』!」
直撃寸前で、ノエルの前に岩石の壁が現れた。
壁が見る見るうちに凍てついていき、最終的には砕ける。その瞬間、フェンリルがノエルに飛び掛かった。
「ぐっ!」
相手が飛び掛かってきていることをいいことに、ノエルがフェンリルの下を前転して潜り抜ける。だが、着地の際のダメージは大きいだろう。『冷気弾』で地面が凍っていたため、受け身をする際に体を滑らせたからだ。
「『大地復元』」
辺り一帯の地面が何事もなかったかのようにまっさらとなり、氷が砕けていく。戦う場が再び整った。
「小娘。まだやるのか」
フェンリルが問いかける。それに対し、ノエルが鋭い目つきを向けていた。まるで怨嗟の炎を燃やすように。
「黙れ!」
ノエルが答え、剣を構える。そして膠着状態に陥ってしまったのだった。
そんな戦いの一部始終を、ショウは切り立った岩壁の上から眺めていた。隣では、リンネが「なかなかやるのう」と小声で感心している。
「リンネ、勝負の結果はどうなると思う」
「間違いなくフェンリルが勝つの。残っている魔力量もそうじゃが、くぐってきた修羅場の数が違うように見える。あのフェンリル、まだ余裕がありそうじゃ」
「そうか」
リンネの言葉に背筋が震えた。国内五本指に入る冒険者さえ太刀打ちできない魔族がいることに。
「お前なら勝てるのか」
「無論じゃ。万全のフェンリルであれば苦労しそうじゃが、今のフェンリルであれば問題あるまい。あのノエルとか言う小娘、実力は本物のようじゃ」
「ということは、問題はノエルの方だな」
考えを巡らせていく。フェンリルをリンネの配下に加えるに当たり、ノエルの存在は邪魔極まりない。今はまだ、リンネの存在を世に知られるわけにはいかないからだ。
「リンネ。ノエルの記憶を消したりとかはできないのか」
「難しいのう。見るのは簡単なのじゃが」
「お前の配下に加えたりは」
「彼奴は人間じゃ。できるはずがなかろう」
回答を受けて思案する。
――殺すか? いや、誰かを殺せば勇者と同じに人間に成りっ下がってしまう。
思い浮かんだ内容を拒否した。その上で何かないかと考える。そして、一つの結論を導き出した。
「リンネ。ノエルに奴隷契約を結ばせることくらいはできるよな」
「うむ、可能じゃ。しかしショウよ、お主なかなかにひどいヤツよのう」
「今は手段を選んでいる場合じゃない。それに、よく考えれば利用できそうな気もしてきた。ノエルのご尊父は国の中枢機関にいる。やり方次第で勇者の動向を探れるだろう」
黒い感情を胸に秘め、眼下の戦場を見下ろす。ノエルが動き出し、再び戦闘が始まる様子が目に入った。
「リンネ。俺が合図したらノエルを覆うように『魔法障壁』を張れ」
「彼奴を守ればよいのじゃな」
「何を言っているんだお前は。閉じ込めるんだよ。確実に契約させるために」
リンネが苦笑いを返してくる。だが、そんなことはまったく気にならない。望む駒を手に入れられるのだから――。
次回は12/23(水)です。




