42.ガラムダ荒原~ノエル編~
バラデュール家。三百年続く公爵家で、代々オルテニシア王国の軍事を司る名門だ。功績は華々しく、隣国からの侵略戦争を食い止めたり、国内の魔族討伐でも数々の功績を挙げ続けてきた。
それ故に国からの信頼は厚い。当代においても、当主であるフィネル・バラデュールが将軍を務め、オルテニシア王国の軍事を仕切っている。
彼の手腕は見事なもので、こと軍事に関しては右に出る者がいない。また、博学でも知られていて、政治的な交渉にも長けている。数年前、諸外国との貿易交渉となった際に口を挟み、より有利な条約を締結できたということもあったらしい。まさに公爵家――国を支える貴族としてふさわしい人間だろう。
そんな彼には二人の子供がいる。そのうちの一人がノエルだ。
ノエルは第一子であるが、二人目の子が男児であったため、家督を継ぐ権利を失っている。故に、バラデュール家の中では比較的身軽な地位であった。といっても、公爵家の娘のため、政略結婚の一つは覚悟しなければならないが。
だが、ノエルはバラデュール家の繁栄につながるのであれば、政略結婚だろうが何だろうが受け入れるつもりでいた。それこそが国を守るということであり、自身の役割だと疑わなかったからだ。
しかし、ある時転機が訪れる。
ノエルが地方貴族とのお茶会に行くため、複数の馬車を引き連れ、森の中を走るという出来事があった。その際に、隻眼のフェンリル率いる狼型の魔族群に襲われてしまったのである。
フェンリル率いる魔族の数は非常に多く、その場にいた護衛達では到底討伐しきれるものでなかった。そのため護衛達は身を挺してノエルを守り、ノエルだけを逃がす道を選ぶ。つまり……。
フェンリルがノエルの乗っている馬車を襲おうとするたび、一人、また一人と護衛達が散っていく――。
引き連れている馬車が一つ、また一つと倒れ、馬や運転手が悲鳴を上げつつ魔族達に貪られていく――。
そう、凄惨な光景になると言うことだ。
その様子を見ながら、ノエルは震えた。
魔族の恐ろしさに。
その悲鳴を聞きながら、ノエルは涙した。
是が非でも守ってくれようと命を張ってくれる人々の姿に。
だが何よりも怒りを覚えた。力の無い己に。
仕えてくれる者達を守ることができない己の無力さに。
そうしながら、ノエルは必死になって逃走した。最後まで残っていてくれた、ノエルの馬車の運転手が「お嬢様、どうかご無事で」と手綱を受け渡して魔族達に向かっていく姿を見送って――。
結果、ノエルの命は助かった。残るのは一つの馬車と馬だけ。護衛達は皆死んだ。運転手も死んでしまった。それでも、ノエルの命だけは助かった。ある意味では奇跡の生還とも言える。多くの犠牲のも下生み出された、奇跡の生還と。
だが、ノエルの胸には深い悲しみが刻まれた。故にノエルは復讐を誓う。魔族達は決して許さないと。散っていった命を弔うために、何としてもあの隻眼のフェンリルを討ってみせると。
だから剣を学び始めた。
だから魔法を身に付け始めた。
元々バラデュール家という軍事の名門に生まれたことを最大限に活かし、血の滲むような稽古を積んだ。それにより、恵まれた血筋がもたらす才能が開花する。バラデュールの名に恥じぬ騎士として、その名を轟かすレベルにまで。
そして、ノエルはバラデュールの名を捨てた。
公爵令嬢の身でフェンリルを追うことを許されなかったからだ。
「お父様、行って参ります」
「……目的を果たし終えたらすぐに戻ってこい。お前はこの国に必要な人間だ」
「ええ。必ず」
ノエルと、父――フィネルの別れの挨拶。必ず戻るとの誓いの挨拶。
それを胸に秘め、ノエルは冒険者として名乗りを上げた。必ず復讐を成し遂げると誓って。
◇◆◇
復讐を決意してからというもの、冒険者に身を落としたノエルは各地を巡った。
最初の頃は世間からの風当たりが強かったが、冒険者として依頼をこなしていくうちに次第に消えていく――。今ではもう、国を代表する冒険者であり、ある種の英雄だ。
どの都市にあるギルドに行っても羨望とやっかみを向けられ、『戦乙女』などと揶揄される。その美貌と強さが相まって。
だが、ノエル本人からすればどうでもよいことだった。彼女の目的はあくまで隻眼のフェンリルを討つことであり、それ以外は瑣末事に他ならなかったからだ。
故に、フェンリルに関する情報を聞きつけた場合は、他の全てを投げ打ってでも現場に急行する。それほどの執念を持って行動を続けた。
そして数日前。ノエルの耳についに念願の情報が届く。ランデルのガラムダ荒原にて、片目の潰れたフェンリルが目撃されたのとのうわさがあると。
ノエルは歓喜した。ようやく待ち望んでいた時が来ると。父との約束の時を果たせる時が来ると。
だから、寝る間を惜しんで現場へと急行した。途中、風変わりな――いや、どこか自身と似たような雰囲気を持つ男性冒険者と出会い、なぜだか口を滑らせてしまったが些細なことである。
フェンリルを討伐してしまえさえすれば問題ないのだから。復讐が遂げられさえすれば問題が無いのだから。と――。
しかし今、ノエルは現実に打ちひしがれていた。
「プロテ――」
呪文を唱えようとして気付く。もう魔法障壁を張るだけの魔力は残っていないと。
「小娘、これで終わりだ」
目の前にいる宿敵――あの日あの時のフェンリルが爪を振り下ろしてきた。忌々しい隻眼を必死に睨みながら、棒にでもなってしまったかのような腕で剣を盾にする。
もう、力は残っていなかった。
かろうじて爪の方向を逸らすことに成功し、致命傷を避ける。だが、もうそこまで。剣は音を立てて地面に転がり、身体は拠り所を失ったようにして後方に倒れていく。
――ごめんなさい。お父様。皆。仇、打てなかった……。
今までの人生が走馬灯のように流れる。嬉しかった時も、悲しかった時も、楽しかった時も、辛く苦しかった時も。あの日、復讐を胸に誓わせた凄惨な光景も。
「……言い残すことはあるか」
フェンリルが何か世迷言を言っている。貴様に残す言葉なんて一つしかないに決まっているだろう。
「殺してやる」
睨みつける表情も変えたつもりはない。闘志を衰えさせたつもりはない。どれだけ追い詰められようと気持ちは変わらない。それでも、結果がどうなるかは理解できた。
「そうか。なら、お前が死ね」
最後の時が。死が迫ってくる。
せめて、散り様だけは潔く――そう考えた時だった。
「今だ!」
「『魔法障壁』!」
岩壁の上から二人の人物が飛び降りてくる。その顔には見覚えがあった。ランデルのギルドで、どうしてか話をしてしまった男性冒険者とその連れだ。
――死にたくないと言っていたのにどうして!
困惑と希望。入り混じった感情が渦巻く。守ってくれるようにして張られた魔法障壁を見て。
「……貴様ら、何者だ。特にそこの女。貴様は一体――」
フェンリルの態度がおかしい。先程までとは明らかに違う。
体毛の逆立ち方。表情。低く唸るような鳴き声。まるで己よりも強い者が現れたと言っているようだ。
「ショウよ、答えてもよいのか」
「……俺の名前を教えてどうする」
「ふむ。まぁ良いではないか。遅かれ早かれ知ることになるじゃろうし」
ショウと呼ばれた男性がため息を吐く。
「今答える義理はない。明かすのは、俺の目的が達成されてからだ」
ショウがまるで剣を構える様な姿勢を取る。あれは一体何のつもりなのだろうか。
「ノエル。お前への話は後だ。今は大人しくしていろ」
頷く他なかった。現状できる事など残されていないのだから。
「リンネ、始めるぞ」
「お主も妾の名前を教えてしまったではないか」
「お相子だ」
茶番を繰り広げた後、雰囲気が変わる。そんな二人とフェンリルの行方を、ただただ眺めることになるのだった。
次回は12/25(金)です。




