40.ガラムダ荒原~移動編~
荒れた平野が広がっている。草一つなく、唯一の緑は所々生えているサボテンだけ。遠くには切り立った岩石の壁が見えるが、裏を返せばそれしかない。ランデルの街と比べれば雲泥の差。完全に廃れた場所だ。
そんなここはガラムダ荒原。ランデル北部に位置する未開拓の地だ。人が住んでいない地域と言うこともあり、野生動物や魔族が多く生息している。つまり、冒険者にとっては稼ぎ場のようなものだ。
珍しい動物の捕獲。魔族狩り。どちらを取ってもかなりの報酬が見込める。おいしいことこの上ないだろう。そのため毎日多くの冒険者が訪れる。地面に残されたルピアの足跡たちが紛れもない証拠だ。
その足跡をなぞるように、一羽のルピアが走っている。鮮やかな真紅の身体は燃えているように見え、美しさを感じさせるものだ。そして、背中には二人の人物を乗せている。ショウとリンネだ。
「行け行けなのじゃ~」
「リンネ、少しは大人しくしろ!」
腕を挙げて喜ぶリンネを背に、ショウはヒヤヒヤとしながら手綱を握る。ルピアの操縦を誤り、転倒してしまうのではないかと危惧しているからだ。
「良いではないか。此奴も喜んでおるのじゃから」
「キュ、キュ~」
ルピアが返事をする。どう聞いても嬉しそうなもので、状況を楽しんでいるとしか思えない。
――このルピア、もしかしてリンネと同類か!?
ショウは思いつつ、手を動かし、足を動かしてルピアを走らせる。ルピアが大地を踏みしめるたび、体にズンッ、ズンッと振動が伝わってきた。
だが、乗り心地は決して悪くない。ルピアのふさふさとした毛並みが気持ちよく、まるで布団にでも乗っているかのようだからだ。
さらに付け加えるなら、頬を通り抜けるようにして撫でる風も心地よい。普段味わえないような疾走感もまた、ルピアの魅力の一つだ。
「それで、今はどこに向かっておるのじゃ」
「この先にある厩舎だ。そこにルピアを置いて、徒歩でガラムダ荒原を回るぞ」
「わかったのじゃ」
注意したにも関わらず、リンネが腕を伸ばす。ルピアはと言うと、リンネに呼応するかのように鳴き声を上げていた。
その裏で、ショウは特大のため息を吐く。類は友を呼ぶのだろうか……、と内心愚痴を呟くのだった。
二時間ほど過ぎた後――。
ショウとリンネは、荒野の只中にあるルピア専用厩舎に到着した。
この厩舎は、冒険者達が共同出資して建てたものである。理由は当然、ガラムダ荒原に足を運びやすくするためだ。
そんな共有施設とでも言う厩舎の一角に、ショウはルピアを連れていく。そして、ルピアの首にロープ付きの首輪をつけた後、間仕切り用のドアを閉めて、『施錠』と唱えて鍵を掛けた。
「すまんのう。しばしの別れじゃ」
間仕切りの奥から寂しそうに見つめてくるルピアを、リンネが優しい手つきで撫でる。「キュ、キュ」と頬を擦り付け始めるルピアが、愛らしさを漂わせていた。
「リンネ、ルピアの餌を取り出してくれ」
「うむ。――『収納箱』」
リンネが飼料を取り出す。それを受け取り、間仕切りの下に空いている穴から差し入れた。さらに『水生成』で水を生み出し、厩舎に備え付けられていたルピア専用の飲料ボトルに水を溜めていく。
「……これでよしだ。行くぞ、リンネ」
ガラムダ高原へと歩き出す。後ろから付いてきたリンネが、時々名残惜しそうに厩舎の方を眺めるのだった。
その後しばらく歩き――。
厩舎が完全に見えなくなったところで、リンネが振り向くのを止める。そして、おもむろに口を開いた。
「これからどうするのじゃ。まさか闇雲にフェンリル探しをするわけではないのじゃろう」
「当然だ。そんなことをしていたらノエルに先を越されてしまう。ちゃんと目星をつけてあるに決まっているだろうが」
ポケットにしまっておいたガラムダ荒原の地図を取り出す。それを広げて、赤く塗ってある部分――地図の左端をリンネに見せた。
「おそらくこのエリアのどこかにいるだろう」
「ほう。して、理由は」
「ノエルが三日前と言っていたからだ。ガラムダ荒原は冒険者の出入りが激しい。つまり、冒険者間での情報共有が非常に早いと言うことだ。にもかかわらず、三日も経ったのにギルドに情報が流れていない。すなわち、普段冒険者が立ち入らないような危険地帯にいるはずだ。まぁ情報が止められている可能性もないことはないが、そうであったとしてもここから探すのが順当だろう」
リンネが二度頷く。さらに、どこか感慨深そうな表情で見つめてきた。
「……前々から思っておったのじゃが、ショウよ。お主本当によく頭が回るのう」
「そんなことはない。論理的に考えれば当然の事だ。それより先を急ぐぞ。丸一日以上歩かないといけないからな」
「むっ、そんなにも遠いのか。ならば転移魔法を使った方が早かろう」
「ランデルに来る時も同じことを言ったぞ。いきなり人前に現れたら不審がられる。それに、今回は下手をしたらフェンリルの真ん前に転移して、いきなり死亡なんてことも考えられる。なんでもかんでも魔法に頼ればいいというわけじゃない」
リンネが口を尖らせる。間違いなく歩きたくないのであろう。
「ショウよ、辺りには誰もおらぬのじゃ。飛んでもよいかのう」
「ダメに決まっているだろうが」
リンネがさらに口を尖らせる。
一緒にいれば退屈することはなさそうだ、と心の中で笑うのであった。
◇◆◇
二十一時を回った頃。日は落ち切り、空には無数の星が輝いている。その様子はまるで川のようだ。そんな星空の下――。
「疲れたのじゃ~」
岩の上に座るリンネが、うんざりとした表情で呟く。その横で、ショウは野営用のテントを組み立てていた。
「ショウよ。よくよく思えばルピアで移動すればよかったのではないか」
「ルピアは厩舎に預けるのがルールだ。借りる以上は守らないとな」
「……疲れたのじゃ~」
リンネがぐったりと上体を反らす。さらに、「う~~」と唸った。妾は疲れ切っておるのじゃ、とアピールしているのだろう。
「疲れた疲れた言うな。こっちまで疲れてくる」
「そんなことを言うても、疲れたものは疲れたのじゃから仕方ないであろうが」
「……なら、これをやるからしばらく黙れ」
ポケットから紙袋を取り出す。封を開けて、中から包み紙を取り出した。
「それはなんじゃ」
「『パチパチキャンディー』だ。非常食兼眠気覚まし用だが、お前がいれば必要なさそうだからな」
「ほぉぉ。とりあえず食べ物なのじゃな。ならば頂こう」
リンネが包み紙を開け、パチパチキャンディーを頬張る。すると、すぐに驚いたように目を見開いた。
「口の中がパチパチするのじゃ!」
「それはなにより。とりあえず、それを舐め終わるまで黙っていろ」
リンネがこくりと頷く。ようやく集中できる環境となったので、テントを組み立てていくのだった。
その後――。
テントの設置できたので、夕食を準備していく。といっても、携帯食料を使った簡単なものだが。
「ショウよ。この四角いものは何なのじゃ」
「『凍結乾燥食品』だ。携帯保存食の一種なんだが……まぁ見てればわかる」
小さめのお椀に凍結乾燥食品を入れてから水で満たす。さらに『着火』で火をつけ、お椀の下から温めた。
すると、水が温まっていくにつれ、凍結乾燥食品がほぐれていく。その様子を、リンネが「おっ。おおおおっ!」と驚きつつも楽しそうに見守っていた。
「ほれ、出来上がりだ」
湯気が上がる野菜スープをリンネに渡す。だが、珍しくすぐには口にしない。それどころか、真剣な表情でスープを眺めている。
「ショウよ。この凍結乾燥食品なるものはどの様にして作る物なのじゃ」
「俺も詳しくはないが、急速冷凍しながら水分を飛ばすらしい。多分専用の魔法があると思うぞ」
「その魔法を知るにはどうすればよい!」
リンネが小さく身を乗り出す。スープの水面が揺れ、危うく零れそうになってしまった。
「落ち着け。図書館で探しでもすれば見つかるだろうから」
「そうか!」
リンネが咲き開く花のようにして笑う。そして、ゆっくりとスープに口をつけた。さらに、いつものようにおいしそうにして飲んでいく。
「……どうして凍結乾燥食品について詳しく聞いたんだ」
「決まっておろう、村のためじゃ。この凍結乾燥食品なるものは保存食なのであろう。ならば、村で採れた野菜を保存しておくことができる。いざという時の食糧にもなるし、これだけ小さいのであれば運搬も容易じゃ。これから先の事を考えれば必要となるに違いまい」
まともな回答が返ってくる。それはつまり、リンネが魔族の村をいかに思っているかということの表れだ。
「……てっきり自分で調理できて、つまみ食いし放題だからかと思ったぞ」
「それもあるのじゃ」
「あるのかよ!」
「そのくらい良いではないか。ついでじゃついで」
リンネが笑顔で答える。その後で、色々とツッコミを入れながら、他愛ない話をして過ごすのだった。
12/21(月)です。




