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神社にいこう。

「神社に行こう」

 前振りすらなく、単刀直入にこの言葉。この人はいつもこうだった。そうして僕の返事がなんであろうと、結局、僕は連れ出されてしまう。

 携帯電話から耳を離して、何時か確認する。……午前の二時だ。真夜中もいいところだろうと毒づいたけれど、しづるさんはまるで聞こえないように僕を誘う。

「今から階段、上がる。それまでに歯を磨いて顔を洗って服を着替えて――」

 携帯電話から、カンカンという階段を上る音が聞こえる。しづるさんは言葉を続けているが、僕はほとんど聞き流していた。

 歯を磨いてほしいのも、顔を洗ってほしいのも、まして服を着替えてほしいのもしづるさんだ。僕には関係ない。と言うか、時間が足りないし。

 自分の主張ばかりを押し付けるしづるさんは、正直、めんどうな相手だった。

 コン、コココン。

 やがて響いたドアをノックする特徴的な音に、僕は溜息をついて壁にかけてあったシャツを羽織る。通話中だった携帯電話を切ると、僕はドアを開けた。

「やあ」

 キュ、と、人形のような笑みに迎えられて、気分が悪くなった。



 僕としづるさんの道中はいつも車だが、会話はほぼ皆無だ。後部座席でいつも僕は外を眺めて、しづるさんはそれを気にした風もなく、嬉しそうに目的地へと向かう。僕にとってはこの時間も苦痛だし、目的の場所がどんなところかも教えられないことに、僅かながら恐怖も感じた。

「ねぇ、願い事ってある?」

 いつもと違い、しづるさんが語りかけてきた。一瞬、運転席に視線を向けたがすぐに流れる景色へ目を戻して、なぜそんなことを聞くのかオウム返しに聞いてみる。しづるさんはすぐにこちらを振り返り、感じの悪い笑みを浮かべた。

「学生でしょ、思春期には悩み事があるんじゃないのぉ?」

 あんたはどうなんだ。

 いつもながら、この女の笑みは不快すぎる。

 僕はしづるさんを見なかったが、どんな笑みをしているのかはわかった。しづるさんの、僕に向ける笑みはふたつしかないからだ。

 しづるさんの言葉を無視していると、車は目的地に近づいたのか、脇道へ入る。しづるさんはそれからは終始無言で車を走らせた。別に機嫌を悪くしたわけじゃない、ただ話題がなくなったから無言になっただけなんだろう、て考えた。

 しづるさんが不機嫌になるのは、いつも人と、少しずれたところで気分を害する。だから僕がしづるさんを相手に敬語を使わなくても、しづるさんは別に気にしたりしないだろう。



 ノックの音に驚いて顔を上げる。窓の外にいたのはしづるさんだった。「着いたぞ」とドアを開けるしづるさんに、僕は顎を伝っていた涎を手で拭きながら立ち上がった。どうやら寝てたみたいだ。

 辺りは真っ暗だけど、少し闇に目が慣れると、そこは道になっていることがわかった。車じゃ通れないほどの狭さで、むき出しの土が大勢の人の行き来によって踏み固められている。

 道沿いに真っ直ぐ並んだ木が、ざわざわと揺れていた。と、言うか。

「神社はどこぉ? って、言いたいんだろう」

 僕の視線に気づいたのか、しづるさんはいつもの笑みで言った。それから林道をずんずん先へと歩いていく。僕も、仕方ないから着いていった。

 真っ暗だが、不思議と怖い気はしない。虫の鳴き声が涼やかで、澄んだ空気を肺に入れると、眠気も消えて頭がすっきりした。

 いい気分だ。これだと、今日の心霊スポットは大したことないのかも知れない。

「…………」

 そう思った矢先、不意にしづるさんが歩みを止めた。僕はしづるさんの隣に立って、見上げる。同時に悪寒が走る。

 ――鳥居だ。

 道の両脇に、朽ちた木製の柱が二本。たった、たったそれだけなのに、僕はそれが鳥居であると確信した。それがなぜかなんてわかりはしないけど、僕はここだけは駄目だと思った。

「……おかしいな」

 しづるさんは睨むように鳥居を見上げていた。が、この女はあろうことか、足がすくんで動けない僕の手を引っ張ると、むりに鳥居をくぐらせたのだ。

 バランスを崩して地面に突っ伏した僕は、驚きと怒りでしづるさんになにか言ってやろうと、立ち上がろうとした。けど、そんな気分はすぐに掻き消えた。

 冷や汗があふれ出る。

 悪寒が止まらない。

 体の震えが止まらない。

 そしてなにより、僕の体が、いや、僕の全てが訴える。

 ここは、僕が存在()ちゃいけないところだ。

「おかしいんだよね、ここ」

 のんきなしづるさんの声。おかしいのはわかってる。だから、早く助けて欲しい。自分だけ鳥居の外で――

 むき出しの土を睨みながら、僕は恐怖でおかしくなりそうだった。よく、あの女が連れて行く心霊スポットで視線を感じたことはある。けど――

 掴まれるのは、初めてだ。正確には違うけど、まるで体全身を、大きな手で握られるような感覚。もう、逃げられないと思うような。

「前は、こんな雰囲気なんかじゃあ、なかった」

 こんな場所に来て、また行こうとするあんたの考えがおかしいよ。

 思わず口に出したけど、しづるさんは気にするでもなく、そして深い考えがあるわけでもなく、鳥居をくぐって、僕のシャツの襟を掴んで立ち上がらせてくれた。

 けど、膝が笑って、頼りなくふらふらする僕にそこらへんで拾ったのだろう、枝を差し出す。こんな場所の物、使う気になれないから僕は、首を横に振った。

「じゃあ、行きますか」

 嬉々として言うしづるさんに、僕はきっと、この女に霊感なんてないんだと思った。幽霊なんて見たことない僕がこれなのに、幽霊が見える人間がこれじゃ、おかしいじゃないか。

 僕は後ろを振り返った。すぐ先に、鳥居がある。あそこを戻れば、こんな気分を味あわなくて済むだろう。前に首を戻すと、しづるさんが、人形のような笑みを浮かべていた。

「来ないのぉ?」

 ――独りで行ってしまえ。

 心の中で毒づいた。僕はこの女と心霊スポットに行くたび、いつも思っていた。この女以外だったら、もしくは僕、一人だけなら、こんな恐怖は味あわないんだと。

 この女はおかしい。しづるさんと一緒に行動するたび、なぜかいつも孤独感だけが大きく、色濃く僕の内を支配する。この女は――

 しづるさんが、「ホレ」と右手を差し出した。握れと言うのか。僕はもう一度、後ろを振り返った。膝が笑っていて、尻餅はつけそうだけれど、前のめりになる気がまるでしない。

 やっぱり、戻るのが普通だ。

「前にも言ったよねぇ? 順応しなよ、この場所と」

 順応。

 しづるさんは、いつも心霊スポットを巡るたび、その場所へ来た来訪者ではなく、その場所の住人になるんだと言っていた。少なくとも自分は、そんな考えを抱いているんだと。

 ……僕がこの場所に、住まう? 元からこの場所に存在したことにしろって言うのか。

 体がこの場所を拒み、この場所も僕を弾き出そうとするようなこの、圧倒的な不快感の中で、ここが僕の場所だって思い込めって言うのか。

 もう、ついていけないと思った。けれど、この女は、しづるさんはちゃんとここに存在()るんだと思うと、僕は喉を鳴らした。

 やってみようと、思ったんだ。



 気がつくと、僕は後部座席に横になっていた。運転席にはしづるさんが座っている。見慣れた通りに、僕はこの車があのボロアパートに向かっているんだと気がついた。通り過ぎる夜景の中に酔っ払いを見つけて安堵する。

「なんだ、起きれたんだ」

 しづるさんの言葉を不愉快に思いながら前を見る。ルームミラー越しにしづるさんと目が合った。

 とりあえず、これから町を出るという雰囲気でもなかったために、さっきの出来事が夢だというわけではないんだろうと思った。あれから、どうなったのか、僕はしづるさんに聞いてみた。

「ん、別に。ただ君が倒れたから、仕方なく戻ってきた」

 倒れたのか。僕は溜息をついた。倒れたってことは、余程あの場所が合わなかったってことなんだろうな、と思った。あの場所に踏みとどまろうとしたから、ヘンな目にあったんだと思うと、順応なんて言葉を使ったしづるさんが憎くて運転席を睨みつけた。

 気づいているのかいないのか、たぶん気づいたからこそ言ったんだろうけど。

「どうでもいいけど、君がやったのは順応することじゃない。あいつらに溶け込もうとしてたんだよ――そこに住まう、でもなく、慣れる、でもなくね」

 しづるさんが振り返って、キュ、と唇を上げて言葉を続ける。

「よく離れたね、気持ちよくなかったの?」

 と。僕はこれが、しづるさんの仕返しなんだろうと踏んでいた。僕が睨みつけたり、気絶したりしたから気分を害したんだろうと。

 けれど、しづるさんに送られて、部屋に戻ってから気づいた。

 僕が目を覚ましたとき、しづるさんは「起きれた」と言った。なぜ「起きた」じゃないんだろう。そして、僕がやったのは順応することじゃない、と言った。確かあのとき、僕が思ったのは――

 ……思い出せない。しかたなく、僕が横になったとき、携帯電話が鳴り響いた。一瞬、体を震わせたけど、画面を見るとしづるさんの名前があった。しかたなく電話に出る。

「ねえ、今日は部屋に電気つけないのぉ?」

 しづるさんの言葉に寒気を覚えながら、僕の頭の先にあるカーテンを開けた。すぐ下に、車に背を預けたしづるさんがいる。片手を挙げた。

 なにがしたいんだ、この女。

「あの様子じゃあ、また電気つけっぱなしだと思ったんだけどなぁ」

 にやにやと、楽しそうなしづるさんに、僕は電話を切った。カーテンを閉めていつも出しっぱなしの布団に潜り込む。

 一人、部屋の中で目をつむる。しづるさんに言われて気づいたが、確かに僕は怖くなかった。あれほどの体験なら、電気をつけっぱなしにしても寝れないのが、いつものことだったはずなのに。

 ――君がやったのは、順応することじゃない。

 不意に、しづるさんの言葉が蘇る。同時に、僕の心の中で、誰かが呟いた。

 喰い殺す――、と。



 その日、結局だが僕は電気をつけっぱなしにしていた。

 後日談になるけれど、しづるさんによればあの鳥居の先には地蔵があるはずだった。……まるで神社とは言えない構図だが、あの女に言わせれば「鳥居の向こう側は神社」らしい。

 少し、話がそれた。ともかくその地蔵に願い事を言えばなんでも叶えてくれるらしい、けれど辿り着いた者、地蔵に会えて帰ってきた者がいないんだ、って。

 まるっきりガセのような話を信じて、しづるさんは僕をあの場所に連れて行った。けれど僕があの場所を極端に嫌がるから、今度は一人で言ったらしい。そこで見つけたのは、壊れた地蔵と、最近捨てられたと思われる煙草と供え物のように地蔵の足元に置かれた、地蔵の頭。その頭に書かれた落書き。

 電話で聞いた落書きの内容に、僕は絶句した。


 SMOKeS>参上!(01:18)


 まるでチャットのような落書きのされ方。そのハンドルネームは僕も覚えがあったけど、それは口に出さなかった。しづるさんがその相手に対して並々ならぬ感情を抱いていたからだ。

 しづるさんの勘だけど、彼だか、彼女だかが来たのは僕らと同じ日、そしてしづるさんは「SMOKeS」の現れた心霊スポットは、完全にだめになるのだと言っていた。なぜなら、その心霊スポットの心霊スポットたる因縁を破壊するから、だと言う。

 僕はそれを聞いて、興味本位であの場所に向かったけど、しづるさんと一緒に行ったときのような、圧倒的な不快感はなかった。ただ、寂れた雰囲気の木の柱が二本、奥に壊れて落書きされた地蔵が数体、転がっていただけだった。

 ……「SMOKeS」。僕がこの人に興味が沸いたのは、言うまでもない。


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