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僕とあの女。

 いちおう、ホラーです。

 誰も怖がらないかもしれないけど、ホラーです。

 誰がなんと言ってもホラーです。

 ……ゴメンナサイ。

 その人を見たとき、単純にきれいだと思った。ショートヘアの整った顔立ちは中性的で、こういうのを美人て言うんだろうと。

 まるで不細工な僕とは、まるで関係のない世界の人、とでも言うべきか。

 自販機から出てきた缶ジュースを拾うと、その人と目があった。

 にやり。

 結論から言えば、その人の愛想笑いは不気味だった。



 校舎に戻ると、正門前にいた同学年の奴らが集まってくる。僕にいろいろと尋ねてきた。

 あの人が気になっているようだが、初めて会ったのは僕も一緒で、なんら知ってることはないんだ。

 この日の放課後、僕は学校のパソコンでチャットをしていた。自分で部屋を作り、その部屋を開いた人物の趣味に沿ってチャットを行なうサイトだ。

 パソコンの置いてある部屋には他にも生徒がいたが、べつに覗かれるわけじゃあないから、僕はそれに気にすることなく部屋を見ていた。とくにおもしろい話題はない。だけど、ある部屋を見たとき、マウスに乗せている手が凍った。


SMOKeS>のぞいてんじゃね〜よ(17:08)


 思わず時計を見ると五時八分。まるで僕が覗いているのをわかったような……。

 いや、違う。

 このチャットは部屋に入室しなくても、ログの一部を見ることができる。その場合は参加者ではなくROMとしてカウントされる。

 この言葉は僕より前のROMをしていた人への言葉だ。

 四十秒ごとに、もしくは自分が発言することで自動更新されるこのチャットでは、僕が覗いた瞬間が、僕のブラウザでの最終更新。いくらなんでも、僕が覗くことを先回りして知ることはできないはずだ。

 未来が見えないように。



 へんなことで無駄にびびってしまった僕は、やる気も失せて帰ることにした。

 元々、やる気はなかったかもしれないけど。

 鞄を持って立ち上がったとき、教室の窓から学校に植えられている木が見えた。確か、去年の卒業生が植えたものだ。

 ここで、学校の裏にいわくつきの林があることを思い出した。林の先は公園につながっていて、公園と学校を隔てるように林がある。

 いわくの内容はよく覚えてないけど、林に向かうことにした。ちょっとした冒険と言うより、気になって行ってみた、という考えで。

 まだ陽も沈んでおらず、明るい。林の中はかすかに陰るぐらいで、木々の間が広く、すっきりとした明るい場所で、なぜ噂がたつのかわからなかった。

 まあ、こんなものだろうと歩いたけれど、三分と経たずに木々の間でベンチが、広間が見えた。公園だ。

 あっけなく、僕の散策は終わってしまい、ふてくされてその場に転がった。

 なんだ、結構期待していたんだな、と自分を笑う。寝入りばな、この林のいわくを少しだけ思い出した。

 確か、教師と生徒でありながら互いを異性として意識しあってしまい、苦悩の末に自殺を――



 ふと目を覚ます。視界は真っ暗で、てっきりベッドの中かと思ったけど肌寒い。そりゃあそうだ。今年は冷夏だし、まず外なのだから。

 起き上がろうとして、右腕が重いことに気がついた。同時に、わかる。

 誰かが僕の隣りで寝ている――、それも、僕が腕枕する形だ。

 思わず声をあげて飛び退くと、木に頭をぶつけた。隣りで寝ていた何者かは、不機嫌な声をあげる。

 声の感じからすれば女――、たぶん、幽霊じゃない、と思う。僕はそいつに誰だと叫んだけど、女は不機嫌に「知るか」とだけ答えた。

「……でもまぁ、起きるにはいい時間か」

 不機嫌な調子は消えて、一転して楽しそうに女は言って立ち上がる。女の姿は見えないけど、気配で僕の隣りに移動してきたのがわかった。そして、頼みもしないのに今までの経緯を話し始める。

 女の話によれば、この林で怪奇現象が起こると聞いて、肝試しのような気分で、僕と同じようにここに入ってきたらしい。そこで、寝ている僕を見つけて、女いわく「いい時間になるまで」寝ていたそうだ。

 ……この女の考えが怖い。

「それで、そっちはなにか見た?」

 嬉々として聞いてくる女。昼から寝ていて、わかるわけがない。もしかしたら、気絶していたとでも思ったんだろうか?

 僕は首を横に振りながら、公園しか見当たらなかったと言った。けれど、女はそれを聞いて逆におもしろかったようだ。僕の腕を勝手に引いてずかずかと歩き出す。

「いいね、おもしろいよ。次は別のが見れるかもしれない」

 なにを言っているんだ、この女は。

 ほっそりとして、だけど僕よりも大きいと思う広い手が、力強く僕の手を握っている。とりあえず女が幽霊ではないとわかったけれど、こんな暗闇の中をああも迷いなく進めるものなのだろうか? 少なくとも僕は、枝に顔を何度もひっかいたりしている。

 ――ひっかいたり?

 なにか、引っかかった。違和感を覚える。そして、その正体はすぐに気がついた。携帯電話で時間を確認すると、八時九分。僕は女に、何分ごろに歩き始めたのか聞いてみた。

「ちょうど学校の時計が見えたからね。八時四分ぐらいだよ」

 学校の時計、吹き抜けになった学校の中心に建てられた鉄塔時計だ。鉄塔に時計を四つ取り付け、どこからでも時間がわかるように設定されている。

 僕は女に、道が違うと言った。きっと、この女は「横」に進んでいる。僕は校舎から「縦」に進んで、三分とたたずに公園に行き当たったのだ。五分もたっているということは、林の配置からして横に進んでいるとしか思えない。

 けど、女はそれを聞いてまたおもしろそうに笑った。僕の手を握り直して歩く速度を上げる。何度か木に肩を当てたりしながらも、それからしばらく歩いて、女はやっと止まった。

「…………」

 無言で、女は僕の手を離す。押し殺したような笑い声が女から聞こえてきて、この女は異常だと確信した。

 ――さて、今はなにが見える?

 言いながら女は僕の肩を掴んで前へ突き飛ばす。バランスを崩して倒れると思ったけど、僕は倒れなかった。と言うよりも目の前に壁が、フェンスがあったのだ。

 ガシャン、という音がして指が網に絡む。木には触れなかった……林から出たのか?

「さて、幾つか質問があります」

 女が言うと、僕の肩に頭を乗せてきた。

「私は夜目が利いてね。方向感覚もいい。真後ろにあるのはなぁに?」

 まるでなぞなぞでもするように、女が耳元で囁いてきた。気持ち悪くてそれを払い除けて、振り返る。木々と思われる影の上に、時計が光っていた。

 時計には色がついていて、校舎の裏に向く時計は青色に時計が光る。時計が青く光っているということは、ここは校舎裏だ。それも、この青い時計しか見えないということは、まさに校舎裏をまっすぐ、歩いてきたんだろう。

 ここで初めて、僕は自分の感じた違和感が、本当はなんだったのか気づいた。なんだか、木と木の間が狭くはないだろうか? 昼は、木々の間からでもベンチは確認できたし、それどころか顔をひっかいたり肩が当たるようなことはなかった。

 急に、光が目を貫く。驚いて顔を腕で覆うと、女が光、懐中電灯を渡してきた。

「これで私の歩いた場所が間違いじゃないっていうのはわかりました。

 じゃあ、フェンスの向こうにあるのはなぁに?」

 女の言葉に、僕は公園でしょ、と答えた。だけど、漠然とした不安が圧し掛かってくる。足元を照らしたまま、見えない女の顔を見続ける僕に、女は言葉を続ける。

「ここに来たのは、怪談話を聞いたからだよねぇ? なんて聞いたの?」

 女の言葉に、僕はあまり覚えていないけど、と最初に言うと、僕の知っている限りのことを話した。

 女は、笑った。僕が言い終える前も楽しそうに聞いていたけど、聞き終わると堪りかねたように吹き出す。憮然とする僕に、女は「悪いね」と悪びれた様子もなく言った。

「私はこう聞いたよ。その教師と生徒は公園で心中した。ベンチに座って、この学校をバックに」

 ベンチ。

 ただの単語だ、と自分に言い聞かせる。だけど、僕は膝が震えているのを自認せざるを得なかった。それがなぜかなんて、わかるわけもなかったけれど。

「それから、その公園は更地になった――、団地を建てるからってね」

 僕は、女の言葉に弾かれたように、懐中電灯の光をフェンスの中に向けた。

 なにもない。茶色い地肌が曝け出し、寂れた重機が幾つか放置されている。本当に、更地だった。僕が昼に見たはずのベンチも、芝生も、広間も、見当たらない。

「あっれえ? 公園どこー? ベンチはぁ? おかしいよねぇ? 公園なんてないはずなのに、昼間、なに見てたのぉ?」

 さもおかしそうな女の言葉。僕はわけがわからなくて、膝が震えた。胃がむかむかしてきて、吐き気がしてくる。

 崩れ落ちた僕に追い討ちをかけるように、女は続ける。

「それでさ、私が聞いた噂はね。

 自殺した教師と生徒が、自分たちの思い出だった公園を、この更地に広げてデートするっていうハナシ」

 それを見たら、色々あった後、最終的には死ぬんだって。

 女の言葉と同時に、僕はひとしきり吐くと、意識が暗転した。



 僕が次に目を覚ましたのは、女の車の中だった。どうやら介抱してくれたらしい。お礼をしたときに気づいたけど、この女は昼間に会った女だった。整った中世的な顔にショートヘアの女。

 名前は御船 しづると言うらしい。

 僕が目を覚ましたころはずっと不機嫌そうに、僕を介抱した愚痴をねちねちと、その外見に似合わず、陰湿に続けたが、話が公園のところまで行くと、しづるはにっこりと笑った。

 昼間とは違う、唇をキュ、と引き上げて目を細める、まるで人形のような笑い方に悪寒が走る。

「君、素質あるよ。幽霊とか、見たことないの?」

 しづるの言葉に、僕はきっぱりと否定した。今までそんなものどころか、影のようなものすら見たことがない。影法師ぐらいだ。

 しづるは意外そうな顔をして唸ったが、すぐに携帯電話を取り出して、「メアドを交換しよう」と言ってきた。僕が了承する前に、車に運ぶときに僕のポケットから奪ったのか、僕の携帯電話を開いてメールアドレスを調べている。

 唖然とする僕の顔に携帯電話を投げつけて、「なんだそのアホ面」と言って、昼間のように感じの悪い笑みを浮かべた。

 どうやらこの人の思考では、自分を中心に世界が回っているらしい。例え面と向かってそう言っても、「当たり前だ」と答えそうで怖い。

 しづるは、僕を家であるボロアパートへ送る道すがらに自分のことを話してきた。隣の県にある大学に身を置く彼女は二回生で、オカルトな超常現象などに興味を持ち、心霊スポット巡りをしては愉しんでいるらしい。

 君には、素質がある。

 もう一度、彼女はそう言った。ルームミラーで目が合う。彼女は運転中だと言うのに、目をそらすことなく、キュ、と笑った。

 僕は即座に目をそらした。



 それからだ、僕が御船 しづると行動を共にするようになったのは。平日、休日を問わず、彼女は携帯電話を鳴らす。メールアドレスだけでなく、電話番号まで拝借していた彼女は自分が心霊スポットを巡るとき、僕を必ず連れて行った。テスト前だろうが、授業中だろうが、お構いなしに家に押しかけ、学校の門で待ち伏せる。

 外見だけはいいために、僕はそのことでクラスメイトになんやかんやと言われたが、その度に帰国子女の従姉妹だと偽った。一人暮らしで初めて助かったと思えた瞬間でもある。

 僕は彼女と心霊スポットを巡ると、必ずと言っていいほど、不可解な現象に遭遇した。そんなとき、しづるさんはなにも言わないが、なにかを見ているように一点を凝視して目を輝かせる。僕がそこを見ても、もちろんなにも見えなかった。

 起こったことが怖くて、夜、寝れないことや電気を点けっぱなしにしたことも何度かある。けれど、不思議と

「憑いてきた」ことは一度もなかったんだ。

ROM=Read Only Member の略、であったはず。意味はチャットなどで書き込みをせず、会話を見るだけの人。

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