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5話 喫煙と連絡先交換

「昨日のおっさんじゃん」


 上下ジャージの紫髪があからさまに嫌そうな顔をした。

 立ち上がって、こっちに来ると俺たちをジロジロと珍獣を見るような目で観察した。


「平日の昼間っからパチンコとか、おっさんら仕事してないわけ? まじ引くわー」


「有給消化中や。おっさんらもたまには休むんよ」


 ミッキーが適当にいなすと、フンと鼻を鳴らす。


「首を洗って待ってろ、とか言ってたけど。本当に倒しにくる気か?」


 俺が恐る恐る聞いてみると、彼女は肩をすくめた。


「あんたらにハルちゃんが価値をつければやるけどさ。

 つーか、どう見てもただのおっさんじゃね。昨日のあれ何?バグ?」


「バグやったらどれだけ良かったか。ここで立ち話もなんやし、あそこ行こや」


 ミッキーが指さしたのは、ガラス張りの休憩スペースだった。

 少女は一瞬考えたような素振りでポケットから電子タバコを取り出した。


「煙吸いたいから、あっち行こ」


 少女は先導するように喫煙スペースに入っていく。


 幸い、中に他の客は誰もいない。


 ミッキーもポケットからジッポーと紙煙草を取り出した。


 煙を吐き出す少女と、火をつけて旨そうに紫煙を吸い込むミッキー。


 煙草を吸わない俺が喫煙所にいるのは、なんとなく肩身が狭い。


「なぁ、怪人退治とか、いつもあんなことしてるのか?」


 少女は口からため息と一緒に煙を吐き出す。


「見つけたらやってるよ。あいつら、ふざけた格好してるけど

 けっこー悪さしてんだよねー」


「悪さって?」


「人の心?ってやつにある悲しみとか憎しみとか大きくして

 暴れさせたり、元々そういう素質がある奴らを怪人とかにしちゃったりするらしーよ」


「思うてたより、がっつり害悪やな」


 心底嫌そうなミッキーの呟きに、俺も深く同意だ。

 人の心を操る奴はクソだ。

 でも、そんな奴に跪かれてサインも強請られた俺たちは何なんだろう……


「まぁ詳しい話はアタシも分かんなーい。

 元々秋葉原のメイド喫茶兼ガルバで働いてたんだけどさ。

 常連客のハルちゃんっていう、おっさんからスカウトされて、あの光る杖を渡されたの」


「ガールズバーでスカウト。最近の魔法少女は飲み屋で客のおっさんにスカウトされるのかよ」


 残念ながら、可愛らしい動物やマスコットはいないらしい。


「んでさ、悪い怪人一匹消すごとに十万あげるから駆除してみないかって。試しにやってみたら、ほんとにアタシの口座に十万振り込まれてたってわけ。憎しみなんて絶対にこの世から消えないしさー、まあ食いっぱぐれないだろって思ってやってる」


「……」


 怪しすぎる話にホイホイついていく現代の若者のたくましさと、人の本質を突いた答えに俺とミッキーは呆れと感心の混じった視線を交わす。


 その時、少女のポケットでスマホが鳴った。


「あ、ハルちゃん? なに?……え、マジ!?」


 言葉を交わすこと数回、少女の目がキラキラと輝いた。


「特別会計で予算が付いたから、今月はまだ怪人を駆除していいよって! よっしゃ、これで家賃払えるじゃん!」


 ふと、その言葉に違和感を覚えて眉をひそめた。


「あれ?ミッキー、特別会計とか普通、国とか行政が関係してないか」


「確かにニュースでしか聞かん言葉やな」


 国の組織が飲み屋で魔法少女をスカウトする時代かよ。

 思った以上に混沌としてるな、現代。


 そんな俺たちの困惑を知ってか知らずか、小躍りして喜ぶ少女を見ていると、不意にこちらへ視線を戻した。


「あ、ねぇハルちゃん。おっさん魔王はどう? 倒したら特別ボーナスとか出る? 今、ちょうど目の前にいるんだけど」


「本人たちの前で直談判するなよ」


 しかし、スマホから漏れるハルちゃんと呼ばれた男の声は、思いのほか冷静だった。


『昨日も話したけど――彼らによる具体的な被害が観測されていないからね。稟議が下りないし、予算が出ない相手を駆除しても一円にもならないよ。彼らが大人しく暮らしているなら、こちらから手を出す必要はないね』


「ちぇー、ケチ。分かった、じゃあねー」


 少女は通話を切ると、「だって。おとなしく暮らしてるなら大丈夫だってさ」と、まるで今日の天気を伝えるかのような軽さで言った。


「はぁ、世の中、思ったより適当にできてるんだな……」


 少し安心した俺の胸ポケットで、今度は俺のスマホが震えた。


 画面に表示されたのは、人の部屋に開けた穴から飛び降りた同僚の名前。


「もしもし、山田です」


『山田さん、お疲れ様です。先ほど住居の件で総務部と話をしました。とりあえず寮の一階、空いている104号室に今日から入居して構わないそうです。

 会社まで部屋の鍵を取りに来てください』


「本当ですか! 助かりました」


『いえ、業務の範囲内です。……では、お待ちしています』


 相変わらず用件だけを告げてブツリと切られたが、ひとまず居候をしなくても良いようだ。


「よかったやん、ヤマちゃん。ハッシー意外とやるやん」


「ああ、本当に助かった。ミッキーの部屋にずっと居候するわけにもいかないしな」


「でも104号室って、いわくつきじゃなかったっけ? 昔、夜中に変な声が聞こえるとかで、誰も入らなくなった部屋やろ?」


「入れるなら事故物件でも幽霊物件でもいいよ。昨日の今日だ、もう何が起きても驚かないさ」


「俺はいややな、お化けは苦手や」


 そんな話をしていると、電子タバコをポケットに突っ込んだ少女が「じゃ、アタシは怪人殺ってくるわ」と物騒なことを言ってドアに手をかけた。


「あ、そうだ。おっさん、友だち登録しとこ。なんかあったら連絡してよ。

 ここで会ったのもなんかの縁でしょ」


「え、俺?まあ、いいけど」


 少女にスマホを差し出され、俺は言われるがままに二次元コードを読み取った。


「山田太郎……ダサッ」


 ほっとけ。


「そっちのおっさんは?」


「あ、俺はええわ。あんた怖いからようやらん」


 ミッキーは手を振って拒否する。


 ピコーン、と小気味いい音がして、俺のスマホの画面に新しいアイコンが追加された。

 

 フリフリのメイド服を着た生足の少女。


 アカウント名は『ヨモちゃん』

 

 パパ活とか何もしてないはずなのに、後ろ暗い気持ちになるな、これ。


黄泉津よもつカエデ、だからヨモちゃんだよ。じゃねー!」


 連絡先の交換を終えた少女は、不敵な笑みを浮かべながら自動ドアの向こうへと去っていった。


「……ヤマちゃん、ちょろすぎひん?絶対悪だくみしてるやつの顔やったやん、おかん心配やわ」


「だれがおかんか」


 ミッキーの吐き出した煙がガラガラと音を立てる換気口に吸い込まれていった。

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