17話 悪球打ちと最後の一発
東京スカイツリーの最頂部。
視界の端で大輪の花火が夜空を鮮やかに染め上げる中、絶好調のテンションで魔剣を振り抜き、降り注ぐ巨大な人工衛星を彼方へと打ち返し続けていた。愛剣もテンションあがりっぱなしで嬉ションのように魔力を垂れ流している。
「ハァ……ハァ……! ちょっと、好きになさいとは言いましたけれど、あまり調子に乗らないでくださる!? あなたの剣から漏れ出る魔炎が大きすぎて隠し切れませんわ!認識阻害もしているこちらの身にもなりなさいな!」
息も絶え絶えな橋本さんの声が脳にダイレクトで入ってくる。
「はい、すいません!橋本さん!」
周辺の認識阻害もしながら、衛星の表面を覆う魔力膜に彼女が干渉し、糸で手繰り寄せるように俺のストライクゾーンへ強引に落とし込んでくれているのだ。これでまだ全力状態じゃないなんて、どれだけ底なしの魔力量なんだか。
気持ちを引き締め、次のスイングを構えた――その直後だった。
「――しまっ!?」
上空の雲を割り、灼熱の火球と化した一基の衛星が、想定を遥かに超える異常な角度で突っ込んできた。
俺の迎撃範囲を完全に超えている!このままのコースだとスカイツリーがぽっきり真ん中から折れてしまう!
「くっ、引き寄せが追いつきませんわッ!」
「ヤバい、届かない――!?」
慌てて足場を蹴り込もうとした、その時。
「悪球打ちは俺に任せとき!!」
背中にジェットパックのようなブースターを顕現させたミッキーが豪快に空へ躍り出る。
天に向かって突き出された右腕が光の粒子に換わっていき、次の瞬間現れたのは、まるで荘厳な神殿の柱のような大砲身。彫刻の入った白磁の如き装甲の周囲を、高密度に収束した魔法術式が超高速で回転し、幾重もの蒼い光の輪を描き出していた。
「いったれおらぁぁぁッ!!」
ズオオオオッッッ!!!!
ストライクゾーンを逸れた衛星は、爆音を立てる間もなく正面から青い光に呑み込まれ、跡形もなく姿を消していた。
そして、放たれた極太のプラズマ砲火が夜空に浮かぶ雲にポッカリと大穴を空けた。
「……なんとかの稲妻ってプラズマキャノンの事かよ、おっかねえ」
◇
「なんなの、アイツら……」
眼下には、あり得ない魔力を巻き散らかしながら笑って衛星群を打ち返すおっさん、音速を超える衛星の魔力膜に干渉して超絶コントロールで引き寄せてる女。その隣にもう一人いた気がする。
「もう一人、どこ行った……」
見れば、もう一人の男はまさに今、展望台の屋根から空に飛び出していた。腕もいつの間にか巨大な大砲みたいになっている。しかも、その砲身がこちらを向いていた。
「ヤバ!」
翼の端に飛び乗り、強制的に戦闘機の角度を変えた。
次の瞬間、周りを昼間に戻すような光の奔流と紫電を伴い、乗っている自衛隊機のすぐ目と鼻の先をかすめて掠め去った。
「……嘘でしょ、当たってもないのに翼がドロドロに溶けてる……っ!?」
『『ヨモちゃん! 上を見て!上!』』
メイの悲鳴のような声に釣られ、空を見上げると雲に円形の穴が広がり星空とオーロラが幻想的な景色を作り出していた。
「一体、何が起きてるのよ」
あまりの出来事に絶句していると、主翼の一部を消失し、操縦系統に重篤なエラーを起こしたF-15が、激しい横揺れを起こしながら機首を上げた。
『こちらDC! 各機、燃料限界および機体損壊を確認! 特殊航空宇宙群は速やかに離脱し、帰投せよ! 繰り返す、直ちに帰投せよ!』
「……ここまでか。後は頼む!」
操縦桿を握る自衛隊パイロットの苦渋の叫びと共に、離脱していくF-15。後に取り残された三人の魔法少女たちは互いに顔を見合わせ、そのままスカイツリーの展望台へ向かってゆっくりと降下を開始した。
◇
満身創痍の少女たちが、覚悟を決めてタワーの最頂部へ着地した――瞬間。
「……え?」
御影が呆然と声を漏らした。
目と鼻の先で、小学生がデザインしたような剣を振り回して衛星を弾き返している男。なのに――ここには、不自然なほど静かで爽やかな風しか吹いていない。
「衝撃波も音も、なんでこんなに小さいの?」
「それだけやおまへん、あそこ、見ておくれやす……」
御影さんが指し示す先。
一基でも落ちれば全滅という状況で、信じられない光景が広がっていた。
タバコを咥えて「ふぅ」と煙を吐きながら、飛んでくる衛星を打ち返してるおっさんをその見る目は、まるで草野球の試合でも観戦しているかのようだ。
その隣で、美しい金髪をなびかせながら、慣れた手つきで巨大な多層結界を操る耳の長い美女もおかしい、立っている場所だけがまるで神聖な教会のような静謐さを保っている。
「おっさんと、エルフ?? なんなのこの空間、意味が分かんないんだけど!?」
完全に混乱してフリーズする魔法少女たちを余所に、俺はミッキーに向かって親指を立てた。
「助かったよミッキー! めちゃくちゃ格好良かった!」
「勘違いすなヤマちゃん、まだや。お礼なら全部、終わってからでええわ」
ミッキーがフッとニヒルに笑い、顎で上空をしゃくった。
『『みんな、朗報よ! 確認したけど、打ち返した衛星は全部宇宙空間に戻ったか、太平洋の真ん中に安全に落ちたわ!』』
頭の中にルビーの弾けた声が響く。
『『次で最後! ラスト一基よ!!』』
「よし……ッ!」
俺は魔剣の柄を固く握り直し、腰を深く落とした。
雲を突き破り、最後の灼熱の衛星が頭上へ牙を剥く。
「へいへいラスト一球! 内角高めの球を頼むよ、橋本さん!」
「調子に乗るなと言った先から! えぇい、これで最後ですわッ!!」
橋本さんの魔力の糸が、最後の衛星の軌道を滑らかに修正し、俺のストライクゾーンへとバッチリ吸い込まれていく。
――来い!
迫りくる巨大な質量に対し、俺は全身のバネを使って、本日一番のフルスイングを叩き込んだ!
ズドォォォォォォンッ!!!!
夜空に花火のような衝撃波が弾け飛び、最後の人工衛星は、綺麗な放物線を描いて宇宙の彼方へと消え去っていった。
仕事を終えた後の達成感と充実感がこみ上げてくる。
下を見れば大の字に寝ころんでいる橋本さんと煙草を咥えながら手を振るミッキーが見える。
……知らない間に空から降ってきて、なんかこっちを睨みつけてる女の子たちもいるけど。
「ふぅ、ルビー、これで最後だったよな」
『『……』』
「ルビー?」
さっきまで一緒になって騒いでたルビーから返事は無く、その場に不穏な沈黙が流れた。




