16話 電車とホームラン
『次は――押上、スカイツリー前、押上、スカイツリー前です。東京メトロ半蔵門線、東武線はお乗換です』
押上駅に到着し、プラットホームに流れる爽やかな発車メロディを聞きながら改札へと向かっていると、隣を歩く橋本さんがふと呆れたように口を開いた。
「ねぇ、あなたたち」
「ん? どうかした?」
「なんや、橋本さん」
「なんでこんな一刻を争う事態に、律儀に電車を使っているんですの? 間に合ったから良かったものの」
「いや、だって街中でいきなり俺たちが空跳んだり壁走ったりしたら、目立って通報されるでしょ」
「あのねぇ、私の力も戻ってきているのですから、それくらい認識阻害の魔法を使えばどうとでもなりましたわ!」
「えぇー、そういう便利なのはもっと早く言って欲しかったなぁ」
「だいたいあなたたちは昔から考えが浅いというか――」
「はいはい! ほんまに時間がなくなるで! ほらヤマちゃん、はよスカイツリー登らな!」
ミッキーが橋本さんの小言を手で「まぁまぁ」と宥めながら、タワーの入口へ急かす。
「じゃあ橋本さん、今からでも認識阻害をかけてもらえる?」
「まったく、仕方ありませんわね。それと、エレベーターで行くつもりですの?」
「いや、階段」
「は?」
「準備運動は大切だろ。身体慣らしとかないと打てないし。じゃ、後でな!」
「なら、俺らは一足先に外壁伝って展望台の上らへんで準備しとくでー!」
「もう時間もありませんわね。ついでに『思念共有』も全員にかけておきますわ。ルビーさんにも繋ぎます」
橋本さんが指先をパチンと鳴らした直後――
『『えっ!? なにこれ! 頭の中からみんなの声が聞こえるんですけど!?』』
脳内に直接ルビーの素っ狂った大声が響き渡った。
『『うわ、すごい! 映像までリアルタイムで流れてくる! 魔法ヤバすぎ! 今度私にもやり方、教えてね!!』』
脳内で大興奮するルビーの声を聞き流しながら、「よしッ!」と気合を入れて階段室の扉を押し開けた。
ガンガンガンガンッ! と激しい足音を響かせて非常階段を駆け上がる。一段ずつ登るのが面倒になり、途中から五段、十段とまとめて蹴り飛ばす。
「戻った力の調子を確かめるのに、全力で走るのは我ながらアリだと思ったけど、ぐるぐると回りながら登るから目が回りそう、おとなしく壁を跳んで登れば良かった!」
少々ふらつきながらも最上階の重い防水ドアを力任せにこじ開けると、一気に視界が開け、目の前の夜空には大輪の花火が咲き乱れている。
夏の夜のぬるい風が吹き抜けた。
本当なら、下でゆっくりビールでも飲みながら眺めたかったんだけどなぁ。どうしてこうなった……
「みんな、到着したよ」
『『こっちも準備オッケーやで! 』』
『『私の結界も展開完了いたしましたわ』』
『『ねぇみんな、ちょっとこれ見て!』』
ルビーが慌てた様子で、脳内にリアルタイムのホログラム映像を共有してきた。画面上でスカイツリーを目指して密集していた無数の赤い光点が、次々と消滅していく。
『『どんどん衛星が消えてる!?もう半分くらい減ってるんだけど!?』』
『『どういうことや? 勝手に消えるヤツちゃうねんやろ?』』
『『上空で誰かが落としてるみたいですわね、雲の上から極めて強大な魔力反応を感じますわ』』
思わず空を見上げると、隅田川の花火の重低音に紛れて、空を切り裂く雷鳴のような爆音が轟いていた。
分厚い夜雲の隙間が、時折ちかちかと眩しく明滅を繰り返している。
「誰か、上空で衛星を直接落としに行ってるのか?」
『『だいぶ減ったけど、漏れたやつが来るわよ!!』』
ルビーの叫びとほぼ同時だった。
雲を突き破り、激しいソニックブームを撒き散らしながら、目にも留まらぬ超スピードで灼熱の人工衛星が連なって降ってきた。
「よっしゃ!いっちょ気合入れてやりますか!」
『『衝撃と爆音はこちらで完全に阻害しておきますわ! 出来るだけ誘導もしますから、後は好きになさい!』』
「任せたよ、橋本さん!」
真っ赤な火球と化した人工衛星が、次々と頭上へ牙を剥く。だが、かつての『魔眼』が蘇った今の俺の視界には、その恐ろしい落下の軌道がまるでスローモーションのようにくっきりと映し出されていた。
「バッティングセンターにもずいぶんと行ってないが……まあ、身体が覚えてるだろ」
『わんわん!(ボール打ちたい! ボール打ちたい!)』
足元の影から這い出してきた魔剣も、刃をブンブンと尻尾のように振ってノリノリだ。元気で何よりである。
魔剣の柄を両手でしっかりと握り込み、右足を一歩前へ踏み出す。腰を低く落とし、上空をしっかりと見上げて剣を構えた。
――来い。
迫りくるマッハの超大質量に対し、俺は全身のバネを使って渾身のフルスイングを叩き込んだ!
ズドォォォォォォンッ!!!!
ズッシリと刃から腕、そして全身へと伝わる超重量の手ごたえ。インパクトの瞬間、球の芯を捉えて衝撃が貫通して抜けていく感触を指先で確実に捉えながら、そのまま彼方へ向けて大きく振り抜く!
ドゴォォォォォォンッ!!!!
真下へ落ちていたはずの人工衛星が、真逆のベクトルへと弾け飛び、猛烈な勢いで宇宙へと送り返されていく。
「き、気持ちいいーーーっ!!」
『わふぅぅぅ!!(たのしー!!)』
久々に味わう万能感と圧倒的な手ごたえに、俺と魔剣のテンションは最高潮に達していた。
「ウハハハハハ! ほら次来い! まだまだ甘いぞ球威がぁッ!!」




