15話 3人の魔法少女と4番打者
【東京上空60,000ft】
限界高度まで上昇するために一切の武装を削ぎ落とし、燃料すらギリギリまで抜き去って極限まで軽量化されたF-15Jイーグルが、闇色の成層圏へ、エンジンを軋ませながら駆け上がっていく。
視界の端、西の地平線にはオレンジと漆黒が混ざり合う幻想的なグラデーションが広がっていた。だが、その美しさに目を奪われている余裕など、今のパイロットたちには一秒たりとも存在しない。
『――DCより各機! ターゲット、高度150万フィートを通過! 降下角20、速度マッハ5で下降中!』
ヘルメットのイヤーカップ越しに、オペレーターの極限まで緊張した声が耳腔を叩く。
ビシビシと音を立てて激しく震えるキャノピーを見上げれば――そこには、さっきまで防衛省の地下ブリーフィングルームでジャージを履いて生意気な口を叩いていた少女が仁王立ちしていた。
超音速の風圧も、マイナス数十度の極寒も、彼女の周囲を覆う魔力の光膜が完全に無力化している。
(……まるで悪い夢でも見ているようだ)
漏れ出た己の呟きすら、唸りを上げるジェットエンジンの爆音にあっさりと掻き消された。
『ターゲット、間もなく視認可能!ご武運を!』
いつもは機械のように冷静沈着なオペレーターが、なりふり構わず声を張り上げた。
空を覆う闇の向こう、星々が瞬いたと思った瞬間――目が眩むほどの閃光が迸った。
ヨモちゃんと呼ばれていた魔法少女の手から放たれた極大の光線が、夜空に一瞬の太陽を作り出す。衝撃波が機体を激しく揺らした。
『目標、先頭数台の消滅を確認! ……ッ、次、来ます!!』
何度も、何度も放たれる光の束。
その時、無線を介さず、パイロットの脳内に直接少女たちの悲痛な叫びが響いてきた。
『『くそっ! 撃ち漏らした! メイ、そっちで撃ち落とせる!?』』
叫びながら放った光球が、衛星を飲み込んでゆく。
『『こっちはこっちで手一杯だっての!!御影は!?』』
メイが戦闘機から撃ち出されるように飛び立ち、衛星の連なる一列へ真正面から拳を当て吹き飛ばす。
『『こんなにぎょうさんあっては、とても間に合いまへんわ!!』』
夜空に幾重もの光の陣が広がり、御影の声とともに衛星の軌道が捻じ曲がり海へと落下を誘導する。
ガツンッ! ガンガンッ! と激しくキャノピーが叩かれた。
分厚い強化ガラス越しでも、機体の上に立つ彼女の顔が焦りと恐怖に歪んでいるのが見て取れた。
『『追いかけて!!』』
「くそっ、了解!!」
機体のコントロールを失わないよう、慎重かつ大胆に操縦桿を押し倒し、機首を真下へと向ける。一瞬、胃袋が持ち上がるような浮遊感が全身を襲う。
スロットルを最奥へ叩き込み、アフターバーナーを点火。二つの巨大な火柱を吹き出しながら音速を置き去りにして急降下を開始した。強烈なGでキャノピー越しの視界が朱に染まる。
『『やばいやばいやばい!!』』
『『次から次に、きりがないっての!!』』
『『とにかく、みーんな落としてしまわんと!!』』
脳内を飛び交う魔法少女たちの怒号。その間にも、平行して急降下する味方機から必死の光の束が射出され続けている。だが――ドカンッ! と機体に強烈な乱気流の衝撃が走った。
「うおあッ!?」
どうにか操縦桿をねじ伏せ、機体姿勢を立て直したその瞬間、DCから無情すぎる現実が告げられた。
『――ターゲット、4割の消滅を確認! 残り6割は依然健在!!防空圏突破!! あと30秒で着弾します!!』
悲鳴のようなオペレーターの声。
『『落ちちゃう!!』』
『『もう、間に合わない……!』』
『『こないなこと……嘘やろ……!?』』
遥か眼下――夜の東京。
小さく、呑気に、色とりどりの花火の大輪が咲いているのが見えた。
あそこには今、何も知らない何十万、何百万という人々がいるはずだ。それがあと数秒で、灰燼に帰す。
(ああ……ダメだ。終わりだ……)
絶望の波に呑まれ、パイロットが思わず操縦桿から手を離しかけた――その時だった。
ドドドドドォォォォンッ!!!!
機体の下層から、これまで経験したこともないような強烈な衝撃波が突き上げ、機体を激しく揺さぶった!
「な、なんだ!? 爆発か!?」
『『え、衛星が下から飛んでくる!!??』』
『『一体、どないなってますの……!?』』
魔法少女たちの混乱しきった悲鳴が脳内を駆け巡る。
信じがたいことに、猛スピードで落下していたはずの巨大な人工衛星が――信じられない速度で、真下から上空に向かって猛烈に打ち上げられて飛んできているのだ!
『『ふ、二人ともあれ見て! タワーのてっぺん!!』』
メイの震えた指先が指し示す先。
遠見の魔法が眼下に聳え立つ東京スカイツリーの最頂部を映し出す。
『『……あいつは!?』』
ヨモの声が裏返った。
『『誰ですの!?』』
激しい暴風と魔力の暴走が吹き荒れるその極小の足場で。
「ウハハハハハ! ほら次来い! まだまだ甘いぞ球威がぁッ!!」
派手なエフェクトを撒き散らす漆黒の魔剣を、まるで野球バットのようにブンブンとフルスイングしながら、爆笑している一人の冴えないおっさんの姿があった。




