13話 お役所仕事と魔法少女
【アメリカ合衆国・コロラド州 シュリーバー宇宙軍基地】
「――第18宇宙防衛戦隊より報告! 軌道上の通信衛星群、一列全機において急激な加速および高度低下を検知!」
真夜中の作戦センターに、オペレーターの悲鳴に近い報告が響き渡った。モニターに映し出された無数の光点が、まるで示し合わせたかのように同時に輝きを失い、地球の重力圏へと引きずり込まれていく。
あまりにも異常で急激な挙動に、現場の司令官は即座にホワイトハウスへ緊急連絡を行った。
◇
【ワシントンD.C. ホワイトハウス・シチュエーションルーム】
「……で? 私の貴重な睡眠を叩き起こしてまで報告したかった
『世界の終わり』とやらは、どこにあるんだね?」
大統領危機管理センターに、パジャマ姿のまま胸ポケットに葉巻を挿した合衆国大統領が不機嫌そうに現れた。
「大統領、静止軌道上の通信衛星群が通信途絶、大気圏への落下コースに入りました」
「テロかね?」
「現在、対策委員会に確認中ですが、ご安心ください。テロであっても当該衛星は軽量な民間モジュールであり、大気圏突入時の摩擦熱で燃え尽きる設計です。落下予測地点は太平洋上空。地上への被害は皆無と試算されます」
「何かの陽動とは考えられんか?各地域の基地への攻撃も警戒させろ」
「承知いたしました、大統領」
大統領はあくびを噛み殺しながら、葉巻に火をつけた。
「衛星は静観だ。太平洋上で燃え尽きるのを待って、適当に事故調査委員会でも立ち上げたまえ。あー、それと他国への通告は不要だ。無駄な混乱を起こして株式市場を冷やしたくはないからな」
――事態が急変したのは、それから一時間後のことである。
「た、大変です!観測していた衛星群に続き、さらに4基が軌道を逸脱!加速を開始し大気圏へ突入を開始しました!」
「なんだと!?」
「さらに、大気圏内の映像が入りました!全く燃えていません!無傷のまま落ちていきます!」
「話が違うぞ! 今すぐミサイルを撃ち込んで太平洋上で叩き落とせ!」
大統領の怒号を受け、太平洋上のイージス艦から即座に迎撃ミサイルが発射された。ミサイルの弾頭が衛星へ触れ、爆炎が広がる。その瞬間、衛星に薄膜のような光が浮かび上がった。
「命中!目標、損傷無し!衛星群、さらに加速!軌道計算が出ました……このままでは、日本列島へ着弾します!」
「どうなっている!日本の米軍と日本政府に連絡しろ!詳細不明のテロだ、我が軍の総力を持って迎撃しろ!核の使用も考慮に入れろ!」
大統領は日本政府へのホットラインを開いた。
◇
【日本・防衛省 中央指揮所】
【スカイツリー着弾まで:残り1時間30分】
アメリカからの一報を受けた防衛省は、蜂の巣をつついたような大パニックに陥っていた。
「よりによって今夜は隅田川の大花火大会だぞ!? 今から避難勧告を出してみろ、何百万人がパニックになって将棋倒しで死人が出る!」
「避難勧告は!?」
「出せません!予測範囲が広すぎます!」
「大会だけでも中止させろ!」
「今から中止を発表すれば数十万人が一斉に駅へ向かいます!」
「ではどうしろと言うんだ!」
紛糾した会議で貴重な30分が消え去り――自衛隊が最終的な落地点を割り出したのは、残り1時間の時点だった。
「防衛大臣は!?」
「外遊先からオンラインで官邸対策室へ入っています! 現場指揮については副大臣に一任すると!!」
防衛省の地下ブリーフィング室。大型モニターを前に、背広を着た文官や自衛隊幹部たちが冷や汗をダラダラと流しながら集結していた。
「被害想定が出ました! 全ての衛星が現在の速度で突入した場合の威力は戦術核と同等!半径500メートルは完全に壊滅します!」
「アメリカで迎撃ミサイルが効かなかったというぞ!物理攻撃が無効化されるなど、科学の常識を超えている!怪獣映画じゃないんだぞ!」
その混乱の渦中、高級なスーツを着崩し、眉間に深いシワを寄せた一人の男が立ち上がった。
その男、防衛副大臣――宮本晴信。
「物理攻撃が通じない? けっこうじゃないか。なら、答えは一つだ」
宮本は冷徹な眼差しで、懐から派手なシールやプリクラがペタペタと貼り付けてあるスマホを取り出した。
「副大臣、何を!?」
「マニュアル対応はここまでだ。ここからは彼女達の力で解決する」
宮本は動揺する自衛隊幹部たちを尻目に、端末の通話ボタンを押した。
「俺だ。特殊航空宇宙群を即座に招集しろ」
それだけ言うと通話を切り、次にアプリのグループ通話を押す。
「あー、ちょっと急なんだけど、臨時ボーナスが入るお仕事してみない?」
【スカイツリー着弾まで:残り一時間】
防衛省地下の最も厳重なブリーフィング室のドアが重々しく開かれた。
そこに案内されて入ってきたのは――
色とりどりのコスチュームに身を包んだ3人の魔法少女達だった。
◇
「ハルちゃん、今日は家まで送迎付きなんてどったの?」
ドレスの下に紺ジャージを履いた少女が副大臣へ気安く放った言葉に、ブリーフィングルームの空幕長は自分の耳を疑った。
「ヨモちゃんは相変わらずだね」
自分の子供を見るような目の宮本に、周りにいた幹部もざわつく。
「おっさんばっかー、加齢臭くせー」
「こら、メイちゃん。そない失礼なこと言うたらあきまへんえ」
一番小柄な少女が鼻をつまむ行為を、派手な着物姿の女性が窘めている。
「集まったようだね。全員揃っていて嬉しいよ」
手を叩く宮本晴信、ハルちゃんの前に現れたのは場違いにもほどがある面々だった。
「結構危ない事になってるんでしょ?ボーナス弾んでよね」
「おお、今回は色を付けるよ。さて、簡単な説明をおじさんたちと一緒に聞いてくれるかい?」
◇
副大臣が語る作戦とも言えない内容に辟易しながら、後列に座る若い自衛官が、最前列のど真ん中に陣取る魔法少女たちを見つめていた。
「……遠藤三佐。本当に彼女らが魔法少女なんですかね」
「あんまり、見るな」
「え?」
「目ぇ合わせんな。特に小さいの」
「なぜです?」
「去年、木村二佐がDACTで泣かされた」
「魔法少女相手にですか?」
「F-35でな」
「えぇー」
「聞こえてんぞ、おっさん」
「時間が惜しいのでね、まきで作戦を話すよ?こっち向いてね?」
「うぇーい」
「さっき言った通り作戦は単純だ、落ちてくる衛星を彼女らに消滅させてもらう。諸君らは戦闘機で魔法少女を上空までエスコートだ」
堪りかねた古参の二佐が静かに手を挙げた。
「どうぞ」
「副大臣。恐れながら申し上げます。魔法少女三名の戦力は未知数です。それを主戦力とする作戦案を、正式な作戦として承認することは――」
「分かっている」
宮本は静かに遮った。
「だが、米軍の迎撃が失敗した以上、我々の保有する通常兵器にも、有効打を期待できるものはない」
「副大臣。本当に彼女たちだけで?」
「彼女たちだけではない、君たちもだ。君たちが誇り高き、わが国の精鋭だということは重々承知している。この作戦に不満はあるだろう。だが、どうか日本国民の為、ひいては世界秩序のために伏してお願い申し上げる」
「…………」
現役防衛副大臣の頭を下げる姿を見て、隊員からそれ以上の意見は出てこなかった。
「では、自衛隊の皆はん。よろしゅうお頼みしますえ」
隊員たちが黙り込むと、着物姿の女性がゆったりと立ち上がり、しゃなりと頭を下げた。
「御影さんも宜しく頼みます」
袖で口元を隠し、御影と呼ばれた女はくすりと笑った。
「よし、では時刻一九三〇。作戦開始」
宮本の声がブリーフィングルームに響いた。




