12話 土下座と急転直下
「帰らないで!このままだとミッキーの部屋も無くなっちゃうから!」
「ちょ!勘弁してぇな!」
指輪を輝かせる橋本さんを、俺とミッキーで必死になだめ倒す。
俺が見事な土下座をしたことで荒い息の橋本さんを何とか止めることができた。
……そろそろ、頭から足を降ろして頂けるとありがたいんですが。
「なぁヤマちゃん、マジで何が起きてんのこれ?」
ミッキーが俺のあられもない姿をみて引きつった顔で尋ねてきた。
俺は頭に重みを感じながら、これまでに起きた出来事――
風呂場が異世界に繋がったこと、そこからルビーが転がり込んできたこと、橋本さんは自分に因縁を持つ人だったと簡潔に説明した。
「ハァ? 風呂場が異世界ぇ? からかってんのか?」
「本当だって、ほら」
ようやく解放された俺は脱衣所の引き戸へと向かい、勢いよくガラッと開けてみせた。
ブワッと吹き込んできたのは、饐えた路地裏の臭いでもジャングルの湿気でもなく――香ばしい味噌と土の匂いだった。
そこは立派な瓦屋根の店が立ち並び、道には杖をつく白髭のご老人に付き従う、鋭い目つきをした二人組がのんびりと歩いている姿が見えた。
「「…………」」
俺はそっと引き戸を閉め、嫌な予感もしたのでつっかえ棒も挟み込んだ。
「……おう、江戸時代やな。なんやヤバそうなのがおったな。」
「江戸時代だな」
「あれも魔王ですか?」
ミッキーに相槌を打ち、橋本さんの質問はあえて無視した。
「それにしてもこのゲート、ランダムすぎるだろ」
しゃがんで風呂場の引き戸をよく見てみれば、内張が剝がれかけている。捲ってみれば中には術式がびっしりと書き込まれていたが、水に滲んで発動不良を起こしているようだ。
誰だよ、水性ペンで書いた奴。
過去の住人はここを通って帰ってこれなくなったんだろうか。
さっき路地裏で引き戸を閉めなくて良かった……。
風呂場のことも気になるが、今はそれ以上に片付けておかなければならないことがある。
一緒に引き戸を覗き込んでいるミッキーを見た。
言いづらい。ものすごく言いづらい。
「ミッキー。……実はお前の過去を、ちょっと見ちゃったんだ」
おずおずとスマホを取り出し、『まおこれ』の画面をミッキーに見せた。
そこには、かつて星間戦争で星々を闇に変えてきた――限定UR【殺戮天使 DOLL】が煌びやかに表示されていた。
「っ!?? 」
ミッキーが顔を真っ赤にしてワナワナと身を震わせた。
「いうとくけど!殺戮天使とかDOLLとか言うたこと一度もないで!」
やっぱそこが気になるよね。
俺も自分で嘆きの王とか名乗ったことないもの。
「ごめん、決して意図して見たわけじゃないんだ」
「ええねん、そもそも人の過去を覗き見てまうとかバツ悪すぎるやろ……。まぁ、ヤマちゃんにだって人に見せられん過去の一個や二個あるのは分かっとるよ。それはええ。せやけど何の為かしらんけど勝手にこんなゲームにするやっちゃ絶対に許せへんぞ!!」
「そこなんだよ。何のためにこんなことをしているのか分からないのが不気味すぎるんだ」
「このゲーム、他にも私たちのような人物が登場するのですか?」
「多分」
「あっ……」
自分のスマホを操作していた、橋本さんが小さく声を漏らした。
視線の先には、金髪で尖ったエルフ耳を持ち、露出度の高い魔法衣を纏って無数の魔法陣を展開している美少女イラストSSR【狂乱の魔女 ハシェル】が表示されていた。
キャラクター詳細にはこう書かれている。
『枯れ果てた世界樹を再生させるため、元凶である【嘆きの王 ヤァマ】を追って次元を越えた悲劇のエルフ』
「これ、もしかして橋本さん?」
「…………」
イラストの顔立ちは、銀縁メガネこそかけていないものの、今の橋本さんそのものだった。
「本当に、その節は本当に申し訳ございませんでした……」
俺は再び畳に膝と額をこすりつけ、土下座の姿勢をとった。
彼女は「ハァー」と長いため息を吐き、眼鏡をツンと位置直した。
「今、あなたを打ち滅ぼしても、すぐに世界樹が元に戻るわけではありませんからね。一時休戦といたしましょう。それにしても、自分の生い立ちや過去がここまで事細かに記載されているのは、非常に気分が悪いですわ」
一応、休戦してくれるようでホッとした。
しかし、お嬢様言葉なのはこっちが素なのかな。
「……んあぁ……うるさいわねぇ……」
畳の上で気を失っていたルビーが、頭を押さえながらもそもそと起き上がった。
見知らぬ男と女が増えているのを見て目を丸くする。
「だ、誰?人が増えてるんだけど?」
「大丈夫だ、俺の友人だ。で、こっちが風呂場の近未来から出てきたルビーだ」
「魔王が二人と、近未来のハッカーが一人?なんなんですの、この部屋?」
「橋本さんも大概やん?」
ルビーが頭を抱える中、自分のことはカウントしない橋本さんが真剣な面持ちで言った。
ミッキーの呟いた言葉は幸いにして聞こえなかったようだ。
「私の目的は一つ。あの世界樹を蘇らせることです。ですが正直なところ、ほぼ限界まで枯れ果ててしまった今の状態では新たな世界樹の種子がなければ再生は不可能ですわ」
「種かぁ」
腕を組み、かつて神々を倒して回っていた頃の記憶を辿った。そういえば昔、世界樹しか生えてない世界で酒の肴になるって聞いて、種を何個か拾って、そのままストレージに放り込んだ記憶があるな。中身を砕いて煎ると、とても美味しい。
「あるぞ、橋本さん」
「え?」
「世界樹の種、俺のストレージに何個か入ってる」
「なっ!?……ふぅ、嘘をつかないでください。」
一瞬驚いたものの、彼女のその瞳は「この短命種が下らないウソついてるんじゃねえよ」と語っていた。
「種は、世界樹が1000年に一度だけ生み落とす神域の秘宝です。それが何個もあるわけがないでしょう。そのへんの公園に落ちているドングリみたいな扱いをしないでいただけますか」
「いや、だって、ほら」
ストレージの中に手を突っ込み、奥の方に落ちてる世界樹の種を入口に寄せた。
彼女がまじまじと覗き込んだ瞬間、色白な顔が驚愕に染まった。
種がストレージの小さな隙間から外の空気に触れた瞬間、古びた6畳間が、まるで原始の森の奥深くに鎮座する清浄な神域へと塗り替えられていく。その気配を感じ取った彼女は、眼鏡がズレ落ちるのも構わずに俺の胸倉を掴み、激しく揺さぶってきた。
「や、や、山田さん!この神聖な波動!光の奔流! ほ、本物、本物の世界樹の種子です!!しかも何ですかこの数は!?なぜあなたがこれをこんなに持っているのですか!?早く、早くすべて取り出してください!!!」
「とりあえず、手を放してください……」
彼女は俺を投げ捨てるように掴んでいた手を離した。
血走った目に促されストレージに手を入れた。
「あ、あれ?」
「何をしているのですか」
「いや、種がデカすぎて、穴から取り出せない」
世界樹の種はバスケットボールくらいの大きさがある。
対して、今の俺が開けるストレージの穴は、せいぜいリンゴが一個通る程度の大きさが限界だった。
「早くその穴を大きくして、すべて取り出してください!!」
橋本さんは叫ぶなり、なりふり構わず俺の足元の影へと飛びかかってきた。
「退きなさい山田さん!! 私が引っ張り出しますわ!!むしろ押し込んだら出るはずです!!」
「無茶だ橋本さん! 穴が小さすぎるって――」
普段の冷静沈着な面影はどこかへ消え、膝を畳につき、シャツの袖を力まかせに捲り上げると、影の中に腕を肩口まで強引に突っ込んだ。
「ちょ、橋本さん、何して――!」
「ん、ぬぐぐぐぐ……! あと少し……あと少しで出せるのに……っ! なぜ、なぜ出てこないのですか世界樹の種ぇええ!!」
スカートが捲れ上がるのも気にせず、お尻を高く突き出し、必死の形相で影の穴をガサガサと漁り続ける。
「なぁ、ヤマちゃん」
横で見ていたミッキーが、冷めた目で見つめながらポツリと呟いた。
「なんというか、自販機の下に落とした百円玉を必死で取ろうとしとるおばちゃんみたいで、めちゃくちゃ不憫やな」
「言うなミッキー。本人は命がけなんだ」
「なんて色気のない尻や」
「殺されるぞお前」
半狂乱で影を漁っているその横で、ルビーがふと空中のホログラム画面に目を留めた。
そこに表示されていた地球のホログラムが、突如として赤く点滅し始める。
「……ねぇ、盛り上がってるところ申し訳ないんだけど」
「盛り上がってない!!」と影から腕を抜いた橋本さんが叫ぶ。
その迫力にルビーは顔を引きつらせながら、画面を指さした。
「さっき私が通信を強制切断したでしょ? あれから衛星が急に落下を始めてるのよ」
「「「…………え?」」」
「今、シミュレーションを出すわ」
画面には、大気圏に向かって落ちてくる通信衛星群の落下コース映像が映し出されていた。
「大気圏で燃え尽きなきゃ、今夜9時には、ここね」
彼女は東京スカイツリー周辺を指で指示した。
ピコンッ!
スマホに『まおこれ』からの通知が表示された。
「なんだ?」
<緊急ミッション発生!!>
【流星群の落下を阻止して聖地を守り抜こう!】
「は?」
あまりにタイミングが良すぎる。
俺たちが部屋で衛星が落ちてくる、という事実を知ったまさにその数秒後、まるでこちらの会話や思考を監視しているかのようにアプリが更新されたのだ。
「なんなんやこのゲーム、現実に起きとるピンチを、リアルタイムでイベントにしおるんか!?」
アプリを開くとそこにはイベント条件が表示されていた。
☆特殊編成条件
【嘆きの王 ヤァマ】
【殺戮天使 DOLL】
【狂乱の魔女 ハシェル】
【――――】




