11話 勘違いと昔話
「え?月?」
間の抜けた声を漏らす横で、ルビーは感心したように頷いた。
「こんな昔の地球にも、月にデータセンターがあったのね……って、ちょっと待って!?」
突如、天井近くに浮かんでいたデータリンク衛星群の立体ホログラムが、けたたましい警告音と共に真っ赤に染まり始めた。
『WARNING!WARNING!未定義のプロトコルによる侵入を検知』
「嘘でしょ!?なにこの速度!防壁が食い破られる!!」
ルビーの指先が悲鳴を上げるような速度で空中のホログラムを操作する。
だが、警告は止まらず、次々に赤に染まっていき、彼女の額から大量の汗が吹き出し、顔面が蒼白になっていく。
「くっそ!シャットダウンするわよッ!!」
バシィンッ!とルビーが叩き割るような仕草をした瞬間、バチバチッと激しいスパークが走り、彼女の身体がガクりと崩れ落ちた。
「おい、ルビー!?」
慌てて手を伸ばし、倒れそうになったルビーの身体を正面から抱きしめる形で受け止めた。
(トントン、トン)
「…………」
静まり返った室内、ノックの音が響く
「山田さん?橋本です。お約束通り、お伺いしましたけれど――」
今、俺は服がボロボロで生足を丸出しの気を失った女を抱きしめている。
ヤバいヤバいヤバい!! これ見られたら社会的に終わる!!
「ルビー!起きろっ!」
「失礼しますね」
「あ、ちょっと待っ――」
ガチャリ、と無情にもドアが開いた。
そこに立っていたのは、いつものように完璧なスーツ姿で、銀縁メガネを光らせた橋本さんだった。
抱き合っている俺とルビーを視界に入れた瞬間、橋本さんの目角が吊り上がり、顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。
「山田さんっ!!一体何をやっているんですか――っ!?」
怒声が寮中に響き渡る。
しかし――彼女の視線が、そのまま部屋の中に散らばったコンビニのゴミ、血に濡れた畳、ひしゃげた機械の脚、そして天井近くで揺らめく青い地球と月の立体ホログラムへと向けられた。
「…………」
怒りで上がっていた肩がすーっと下がり、怒声の余韻だけが虚しく部屋に残る。
彼女はゆっくりと眼鏡の位置を直すと、引きつった顔で静かに呟いた。
「山田さん。本当に、何をやってるんですか……?」
◇
「とりあえず、上がってください」
俺は気を失ったルビーを畳の上にそっと横たえ、橋本さんを部屋の中に招き入れた。
橋本さんは正座をし、眉間にしわを寄せている。
「それで?弁明をお聞きしましょうか」
「落ち着いて聞いてくれ。実は部屋の風呂場が路地裏に繋がって、彼女が助けを求めてきて、追っ手を倒して、エリクサーもどきで足を生やしたら腹が減ったって言うからコンビニで弁当を買ってきて、そのあとスマホをハックしてもらったらソシャゲのサーバーが月にあることが分かったんだ」
「…………」
彼女は静かに目を閉じ、深呼吸をした。
そして開口一番、短くこう言った。
「……なんて?」
「だよな!理解できないよな!俺だって自分で何言ってるか分からん!」
口で説明しても埒が明かない。
「頼む、橋本さん。世間で噂になってるあのソシャゲ――『まおこれ』を今すぐインストールして、ガチャを回してみてくれ」
「は?ガチャ、ですか?なぜそんな……」
不審がりながらも、橋本さんは自分のスマホを取り出し、アプリをダウンロードした。初回特典のガチャを使い、半信半疑でガチャの五十連ボタンをタップする。
UR確定と書いてあるから、俺かミッキーが出るはずだ。
俺が出れば説明は簡単なはずだ!たぶん!
画面が派手にフラッシュし、虹色の確定演出が走った。
『限定UR【嘆きの王 ヤァマ】』
「やった!」
思わずガッツポーズをする。
画面に映し出されたムービーは、漆黒の甲冑を纏い、凄惨な面持ちで魔剣を構える過去の俺が門を切り裂き、魔法を敵に向かって打ち出しているシーンを映している。
うわ、普通に禁呪使ってる。
流石の俺だって、こんなポンポン使わないぞ。
「っ!?これ!?」
俺は足元の影からズズ……と黒い霧と共に、画面に映っている魔剣を引きずり出してみせた。
魔剣は橋本さんを見ると、刃を研ぎ澄まして『グルルル……(この女嫌い!)』と不穏な低音を響かせた。
「コラ、威嚇するな」
「きゅうん(だってー)」
橋本さんは開いた口が塞がらない様子で固まっていた。
「ほらこれ!デザインそのままでしょ?これ昔の俺なんだよ、恥ずかしいけど。最近このゲームを見つけてから周りがだんだんおかしくなってきてるんだ。それに最近俺たちの身体に魔力が戻ってきている。このゲームが何か関係してるはずなんだ。橋本さんもこっち側の人ならわかるだろ?」
「…………」
橋本さんは黙り込んだ。
長くて美しい黒髪の間から覗く耳が、微かにピクピクと震えている。
「橋本さん、その耳……」
静寂が部屋を包む中、橋本さんがゆっくりと顔を上げた。その瞳には、今までに見たこともないような深く暗い情念が宿っていた。
「……山田さん」
「ん?なんだ?」
「……180年前のことを、覚えていますか?」
「……え?180年前……?」
唐突な数字に、俺は首をかしげた。
「いや、180年前と言われてもなぁ……カイロスゲート通って世界や時間を越えたことはあるけど」
「……そうでしょうね。あなたにとっては立ち寄ったに過ぎないのでしょうから」
橋本さんが静かに立ち上がった。眼鏡の奥の瞳が、氷のように冷たく光っている。
「……ヒントを差し上げましょう。『世界樹』……『禁呪魔法』……そして『魔神カオス』」
「世界樹、カオス?」
脳裏の奥底、古い記憶の引き出しが橋本さんの視線によって、メキメキと音を立てて引き出されていく。
(あ……)
思い出した、魔神カオス。
すばしっこく逃げ回る魔神カオスを追いかけてゲートを居酒屋の暖簾が如く潜っていたころだ。
とある世界で追いつめたカオスに向けて、渾身の禁呪魔法を放ったのだ。
――そして、それが盛大に外れた。
はずれた魔法は、なんかデカい木――いわゆる世界樹の真芯をブチ抜いて吹き飛ばした。
なんかエルフっぽい人達が大騒ぎしてたっけ。
「あ、ヤバ」と思いつつも、逃げるカオスを追ってすぐさまゲートを潜ったはずだ。
「……あ」
「思い出しましたか?」
橋本さんがニッコリと、しかし全く目が笑っていない悪魔のような微笑みを浮かべた。
「あなたが放った魔法のせいで、我が故郷の世界樹は枯れかけ、世界崩壊の危機に瀕しました。私は世界樹を修復する術を求めて次元の狭間を彷徨い、あなたを追ってこの世界に辿り着いたのです。しかし、この世界には魔力がなく、元の世界に戻ることもできず!気づけばここで!お局と呼ばれるまで!働くハメになっていたのですよッ!」
「は、橋本さん!?それは、その節は……大変申し訳なく……!」
「ここで会ったが、180年目ぇぇぇええええッ!!」
橋本さんが両手を掲げると、十本の指すべてに眩く光り輝くルーン文字が刻まれた指輪がジャラランッ!! と一瞬で顕現した。
「死んで償いなさぁぁぁいッ!!グランド・クロ――」
「待って!?待って橋本さん!!部屋が吹き飛ぶ!!俺の命どころかここ一体が吹き飛ぶから!!話せば分かるって!!」
必死の形相で畳の上を這い回りながら命乞いをした――まさにその時。
「おーう、ヤマちゃん!新しい部屋はどないや?居心地ええ――わーお」
ガチャリと普通に玄関のドアを開けて入ってきたのは、パチスロで勝ったのかほくほく顔のミッキーだった。
部屋の中の惨状を見たミッキーは、そーっとドアを閉め直そうとしながら呟いた。
「――なぁ、帰ってええ?」




