10話 原始の風とコンビニ弁当
「よし、事情はさっぱり分からんが、傷も治った。それじゃあ気をつけて帰ってくれ」
どう説明しようか考えていたが、面倒くさくなったので
もう元の場所に帰ってもらうことにした。
追ってきていた奴らは倒したし大丈夫だろう。
「お帰りはあちらになります」
脱衣所を指さし、清々しい笑顔で言った。
「ちょちょちょ!?ちょっと待ちなさいよ!?何も説明なし!?」
「そんなこと言われても」
「じゃあなんで私を助けたのよ!」
「それはなんとなく、ノリで」
「ノリで!?」
カラフルな見た目の女はゆっくりと立ち上がり、ジッと見つめてきた。
「あなた、少なくとも追手ではないようね。
私はルビー。カイドウシティで情報屋をやってるの。
とある大企業の暗部と政治家のスキャンダルを追っててハメられたのよ。データだけでも……って、話聞きなさいよ!」
「勝手に巻き込もうとするな。悪いけど他を当たってくれ」
なんともしたたかな女だ。
「うぐぐ……! 分かったわよ、帰ればいいんでしょ帰れば!」
ルビーと名乗った女は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、脱衣所の引き戸へと向かい、ガラッと扉を開けた。
ブワッ!!
「……っ!?」
部屋の中に吹き込んできたのは、饐えた路地裏の臭いではなく――むせ返るような青臭い湿気と、見たこともない巨大なシダ植物が茂るジャングルの熱気だった。
『グォォォォォオオオンンッ!!』
遥か遠くから響き渡る、大地を揺らすような巨獣の咆哮。
巨大な翼竜っぽい何かが、赤い空を悠々と羽ばたいているのが見えた。
「「…………」」
無言で顔を見合わせ、そっと引き戸を閉めた。
「……見間違いよね?」
「ああ、幻覚だな」
深呼吸をして、もう一度ゆっくり引き戸を開ける。
『グラァァァアアアッ!!』
目の前を体長十メートルはあろうかとする二足歩行の肉食恐竜がドタドタと駆け抜けていった。
静かに引き戸を閉めた。
「……帰らないのか?」
「冗談じゃないわよ!原始時代に放り出されてたまるかーっ!」
頭を抱えて頭髪を掻きむしるルビー。
とぼとぼと二人で部屋に戻り、途方に暮れかけた――その時だった。
(グゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜ッ!!)
静寂を切り裂いて、ルビーから腹の虫の音が響き渡った。
「あ、あら……?」
ルビーが自分の腹を押さえ、急激に顔色を失っていく。
膝がガクガクと震え、そのまま畳の上に崩れ落ちた。
「頭が……クラクラする……っ。な、なにこれ……ッ!?」
「あー、さっきの薬の副作用だ。傷だけじゃなく脚も生やしただろ?その分を体内の栄養で補ったんだろうな」
「副作用の説明を……しなさいよ……っ、早く……何か……食べものを……っ」
白目を剥きかけたルビーを残し、急いで近くのコンビニへと走った。
◇
「ほら、食え」
コンビニで買い込んできた適当な弁当数個とカツサンド、それからオレンジジュースやシュークリームを畳の上に広げた。
ちなみにシュークリームは自分用だ。
「あ、ありがと……っ!」
ルビーは野獣のような手つきで幕の内弁当のシートを剥がすと、中にあった焼き鮭と豚肉の炒め物を口の中へ一気に押し込んだ。
直後――彼女の動きがピタリと止まった。
「……っ!?」
目を極限まで見開き、ポロポロと大粒の涙をこぼし始める。
「おい、どうした? 口に合わなかったか?」
「なに……これ……っ。なにこれぇぇぇっ!?? 本物の肉!?魚も!?米も……本物の穀物!? なんでこんな!?」
コンビニ弁当に何を感動しているのかわからないが、弁当を食べ終えると次々にパッケージを開けてカツサンドをハムスターの様に頬張り、その隙間からジュースをストローで喉に流し込むというマナーもへったくれもない姿で狂ったように貪り食った。
なんか日本に戻ってきた当時の自分を見ているようでほっこりした。
「うぅっ、ジュースも果物の味がする……っ!イガイガしない……っ!」
「……お前、普段どんなもの食べてんだよ?」
興味本位で尋ねると、ルビーは口のまわりにソースをつけながら言った。
「普段はワームのタンパク質を圧縮抽出したペーストペレットか、合成ビタミンゲルよ。こんな本物なんて、上層の貴族しか食べられないわ……ああ、久し振りすぎる……」
「うわぁ……」
思わず真顔でドン引きしてしまった。
昔、やむを得ず虫を焼いて食べたことがあるが最悪だった。塩漬けの干し肉がごちそうに思えるほどだった。
弁当三個とカツサンドをあっという間に平らげ、いつの間にか俺用のシュークリームに齧りついて、また涙を流していた。
まぁシュークリームはいつでも食べられるし、今日のところは譲ってやろう。
◇
ようやく人心地ついたルビーが、満足そうにお腹をさすった。
「ふぅ、生きてるって感じがするわ。……帰り方がわからないのは困ったけど。
そういえば、遅くなったけどまだあなたの名前聞いてないわ。教えてよ」
「俺の名前は山田だ。山田太郎」
「ふぅん、ねぇ山田、命も救ってもらったし、美味しいご飯もごちそうになっちゃった。私に何かできることない? これでも凄腕の情報屋兼ハッカーなの」
「じゃあ、機械には詳しいのか?」
「サイバーウェアでのハッキングなら街で一番よ」
ルビーはあぐらをかきながら、自慢げそうに胸を張った。
「それなら、このアプリについて調べてほしいんだ」
ポケットから自分のスマホを取り出し、彼女に差し出した。
画面に映る『まおこれ』のアイコンを見せる。
ルビーはスマホを受け取ると、まじまじと端末を観察して呆れたような声を漏らした。
「……何この板? 外部端子の形もヘンテコだし……私、本当に過去に来ちゃったのかしら」
文句を言いながらも、彼女は空中にホログラムを展開した。
「とりあえず、この世界の通信網にアクセスしてアプリのサーバを追うわね。……って、遅い!! なんなのこの回線速度!?」
「そのスマホ1年前に変えたばっかりなんだけどなぁ」
「あーもう埒があかない! 直接の衛星から引っ張るわ!」
ルビーの指先が高速でホログラムを打ち叩く。
次の瞬間、部屋の天井近くに、青く輝く地球の衛星軌道網――通信衛星群の立体ホログラムが浮かび上がりズームアップされた。
「それってマズいんじゃないか?合法?」
「合法合法!全チャンネルの回線を束ねて、これでギリギリ使い物になるレベルよ! 感謝しなさい!」
空中を漂うホログラム群を見つめながら、爆速で『まおこれ』のデータ解析とサーバ追尾を進めていく。
数分後。
ルビーの顔から冗談めいた表情が消え、真剣な眼差しへと変わった。
「……おかしいわね」
「何がだ?」
「応答速度の計算が合わないのよ。このアプリ、地球上の通信網から膨大なデータをやり取りしてるんだけど……サーバの応答が、地上から返ってきてない」
ホログラム画面を指先でピンチアウトした。
地球のホログラムが縮小し、その傍らにぽつんと浮かぶ、一つの天体が拡大表示される。
クレーターに覆われた、灰色の衛星。
「位置を特定したわ。月よ」




