第96話 新たな家族のために
「それで、お祖父さま、計画はどこまで進まれたのですか?」
私と前国王陛下の話が一段落し、前国王陛下が一人掛けのソファーに腰を下ろしたところで、フォール様がお義祖父さまに話を振った。
「それだが、お前達二人のお陰で大義名分が出来た」
「『大義名分』というと、『聖女の力』のことでしょうか?」
「そうだ。つい先日、王都に潜入させている『影』から「王族とバリストン公爵家が、王都の貴族連中を集め、『聖女の力』を不当に奪ったとして、辺境伯家を粛清しようとしている」という報告が入ったからな」
「っ!」
『私とフィリップ様の華やかな未来のために、私の力も返してもらった上で、あなた達には犠牲になってもらうんだから!』
――アリシア、あなた、本当に言ってしまったのね。
静かに両手を握り締める私を見て、心配そうに僅かに目を細めたお義祖父さまが話を続ける。
「だからここ数日、この辺境伯家に力を貸してくれる王侯貴族達に連絡を取り、半年後の王座簒奪の準備を進めている」
「そこまで進んでいたのですか?」
フォール様が驚くのも無理はない。
なにせ、あの騒動が起きてからまだ一か月程しか経っていないのだから。
――それだけ、前々から準備していたということでしょうけど。
「公爵が欲望を叶えるため、禁呪を使って正統な公爵令嬢の力を庶子に移して『聖女』に仕立て上げ、王族を騙して未来の国母に据えた。挙句、私的な理由で王族を唆し、この国の防衛の要を潰そうとしている。我らが王侯貴族を束ねて王族や公爵家に反旗を翻すには、これ以上ない大義名分だ。ですよね、兄上?」
「あぁ、そうだな」
深く頷く前国王陛下に、フォール様は視線を移す。
「では大伯父上、カーラを正式に我が妻として次期王妃に据えてもよろしいでしょうか?」
真剣な表情で問い質すフォール様は、急に私の手を握った。
多分、私を安心させたいからでしょうけど……そんなことをしなくても私、どこにも逃げませんよ?
「良いも何も、次期国王として覚悟を決めた君が選んだ人なら、認めない理由はない。今の私に、君たちを止める権利など、どこにもないのだから」
「大伯父上」
「陛下……」
辛そうに笑っている前国王陛下。
多分、私以上に辛い思いをされているに違いない。
だって、この場でフォール様を次期国王として認めるということは、実の孫から王位継承権を奪う決断にほかならない。
前国王としては当然の判断なのかもしれない。
私情を優先して政務を疎かにし、公爵の企みにも気づかないままアリシアを未来の国母に据えた王太子殿下に、この国の未来を担わせるわけにはいかないのだから。
けれど、一人の祖父としてその結論に至るまで、どれほど苦しまれたのか、私には想像もつかなかった。
すると、私から手を離したフォール様が前国王陛下に向き直る。
「では大伯父上。前国王陛下として、恐れ多く私の頼みを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 元王族として私が手伝えることなら何でもしよう」
「ありがとうございます」
元王族の陛下に対してお願い事?
一体、何かしら?
首を傾げる私を一瞥したフォール様が、前国王陛下に頼み事を申し出る。
「カーラの養子先を探していただきたいのです」
「フォール様?」
私の養子先を探す? 一体どういうこと?
フォール様の意図が分からず、僅かに眉を顰める。
――また、誰かに自分の人生を決められてしまうのではないか。
隣にいる彼が、そんなことをしないと分かっていても……十年間で染みついた不安が、胸の奥から湧き上がってしまう。
すると、私を見たフォール様が真剣な表情でこれからのことを話す。
「カーラ、俺はこの反乱が成功した後……現王族と公爵家の主だった者たちに、処刑をもって償わせるつもりだ」
「っ!」
辺境伯家が地方にいる王侯貴族たちを纏め、王家と公爵家、それに従う貴族たちに対して反旗を翻し、王位を手に入れることは知っていた。
でも、まさか王族と公爵家の主だった者たちを処刑するつもりでいたなんて。
確かに、王族を唆し、平民を未来の国母に据えようとした公爵家にも、それを見抜けなかった王家にも、相応の罰が与えられるのは当然のこと。
一歩間違えれば、国が滅びかねなかったのだから。
ちょっと待って、ということは……!
「ここまで言えば、聡明なカーラも分かるよな?」
「現バリストン公爵令嬢である私も巻き込まれるというわけですね?」
「さすがカーラだ」
静かに頷いたフォール様の言葉に、僅かに背筋が凍った。
今の私は、リスタット辺境伯子息を婚約者に持つバリストン公爵家の令嬢。
つまり、このままでは、私もバリストン公爵家の一員として罪に問われ、最悪の場合は処刑されるかもしれない。
――私のことを、そこまで考えてくださっていたのね。
「いくらカーラが『聖女の力』を持ち、次期王妃に相応しいとしても、バリストン公爵の娘という立場のまま王妃に据えるのは難しい。以前は現王太子の妃として『未来の国母』になる予定だっただけに、権力のために勝つ側へ乗り換えたと邪推する者も出るだろう」
確かに、反乱後、私たちが勝ち、フォール様が今の私を王妃に据えれば、『公爵家の娘が勝った側へ乗り換えただけだ』と反発する者が出るに違いない。
「だから、信頼できる家の養女となり、公爵家との縁を完全に切る必要があるのですね?」
私を守り、王妃としての立場を盤石にするために。
「そうだ。とはいえ、公爵家はカーラを我が家に送り出してすぐ除籍している。だが、念には念を入れておきたい」
「っ!」
その時、脳裏に公爵家を追い出された時のことが蘇る。
『お前の居場所はもうないと思え』
まさか、私を辺境伯家に向かわせてすぐ、本当の意味で私を公爵家から追い出していたなんて。
「……もう、『生家』と呼べる場所が無いのね」
「カーラ……」
正直、公爵家を追い出されて良かったと思っている。
だって、今の私には『辺境伯家』という大切な居場所と、これから先も共に歩みたいフォール様がいるのだから。
でも、お母様との思い出が詰まった生家を、もう自分の家とは呼べないのは……少し、寂しい。
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