第93話 前辺境伯夫妻にご挨拶!
「おぉ! フォール! 久しいな!」
「ご無沙汰しております、お祖父さま。そして、お祖母さまもお元気そうで何よりです」
辺境へ来たアリシアを追い返して約一か月後。
私はフォール様と共に、前リスタット辺境伯夫妻が暮らす、辺境伯領の奥にある別邸を訪れていた。
ちなみに、リスタット辺境伯夫妻は屋敷での用事が済み次第、こちらへ合流する予定だそうだ。
――フォール様、両親の前では砕けた呼び方をされていたのに、いざお二人を前にすると、きちんと「お祖父さま」「お祖母さま」と呼ばれるのね。
なんだか、フォール様らしいわ。
そんな私たちを笑顔で出迎えてくださった前リスタット辺境伯――元王弟殿下でもあるアーシェント・リスタット様は、『覇王』の異名を持つほど武勇に優れ、かつて隣国との戦で多大な功績を残したお方。
「あら~、あの可愛かったフォールちゃんが、こんなに立派になって~」
「お祖母さま、一体いつの話をされているのですか?」
『全く』と呆れたようにため息をつくフォール様を見て、隣のご婦人がクスクスと可愛らしく笑う。
その方こそ、前リスタット辺境伯夫人――ジェーン・リスタット様。
かつて『女傑』と呼ばれるほどの才覚を持ち、元王弟殿下と共に戦を指揮して、我が国を勝利へ導いたお方だ。
そんな名高いお二人は、高貴な気品を漂わせながらも、不思議と人を安心させる柔らかな雰囲気を纏っていた。
それにしても、辺境伯家って、代々容姿端麗な家系なのかしら?
お二方の親しみやすさも、現リスタット辺境伯家の皆様とよく似ているわ。
リスタット辺境伯家の和やかな雰囲気に、緊張していた心が少しだけ解れると、お義祖母さまの視線がゆっくりと私へと向けられた。
「フォールちゃん、その子がもしかして……」
「そうです。以前、お手紙でお伝えした、俺の愛すべき妻です」
「まぁ!!」
「っ!」
フォール様!
私、お義祖父さまたちとは初対面なのですから、突然、心臓に悪いことを言わないでください!
解れた緊張が戻ってきたではありませんか!
フォール様に肩を抱かれながら紹介され、緊張のあまり体が強張り、唇がうまく動かせないでいると、フォール様が耳元で囁いた。
「大丈夫。何があっても俺がついているから」
「フォール様……」
いつもなら、鼻先がつくほどの至近距離で顔を覗き込まれれば、恥ずかしさのあまり思わず顔を背ける。
でも、今だけは……彼の柔らかな笑みと頼もしい言葉が、緊張していた心を不思議とほぐしてくれた。
――フォール様が言うなら、大丈夫よね。
小さく息を吐いた私は、一歩前へ出て、王王太子妃教育で身につけた完璧なカーテシーと共に、お二人へ挨拶をする。
「ご挨拶が遅れ、大変申し訳ございません。この度、フォール様の婚約者となりました、カーラ・バリストンと申します。よろしくお願い申し上げます」
大丈夫。
我ながら、完璧な挨拶だった……はず。
ドレスの中で足が小刻みに震えるのを必死に堪えながら深く頭を下げると、不意に両肩へ優しく手が置かれ、思わず肩を震わせた。
「カーラ……ちゃんで良かったかしら?」
「もちろんです」
「それじゃあ、カーラちゃん。お顔を、もっと見せてくれるかしら?」
「は、はい!」
恐る恐る顔を上げた瞬間、白魚のように美しく温かな両手が私の頬を包み込み、ペリドットのような澄んだ瞳が真っ直ぐ私を映す。
すると、私の顔を見たお義祖母さまが、懐かしそうに微笑まれた。
「本当に、若い頃のソフィアにそっくりだわ」
「っ!」
お義祖母さまの一言で、涙が込み上げそうになる。
目を潤ませながら私を見つめるお義祖母さまの隣で、お義祖父さまが嬉しそうな顔で私を見ていた。
――まるで、お母様が今、ここにいるかのように。
すると、お義祖母さまがそっと私の顔から手を離した。
「ごめんなさいね。あなたを見た瞬間、娘を……あなたのお母さんのことを思い出してしまって」
「その……私とお母様は、それほどまでに似ているのでしょうか?」
お義父さまも私と再会した時、『若い頃のお母様にそっくりだ』とおっしゃっていたけれど。
「えぇ。あなたと同じように、優しそうで可愛らしい顔をしていたわ。性格は……今のあなたとは正反対だったけれど」
「は、はぁ……」
確かに、勝ち気だったお母様とは正反対かも。
……いや、幼い頃は案外似ていた?
首を傾げる私を見て、お義祖父さまとお義祖母さまは揃って笑みを深めた。
その表情に、胸が締め付けられた。
――お二人がお母様のことを心から大切に思っていたことが伝わってきたから。
だからこそ、あの男が壊した幸せの大きさを、改めて思い知らされた。
……絶対に、許さない。
公爵家を追い出された日に見たあの男の顔が脳裏を過り、私は込み上げる感情を押し殺すように、そっと拳を握った。
「さて、立ち話もなんだ。屋敷に入って話を聞こうじゃないか」
「そうですね。カーラ、行こう」
「はい」
こうして、私たちは前辺境伯夫妻が住む別邸に入った。
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